33話 レイヴンってば罪作りな女だね!
教会の客室へ戻ってきたレイヴン。
机の角を挟んでソファーに座るレイヴンとローランド。
「さて、レイヴン。まずは事情を聞かせてくれないか?」
「じ、実は……」
レイヴンはこれまでの経緯を語る。
黙って聞いていたローランドだったが、レイヴンが話を終えると大きなため息を吐いた。
「はぁ……。そんな事情にもかかわらず、君は一人で何とかしようとしていたのか?」
「そ、そういうことですね……」
恐縮するように肩をすくめるレイヴン。
理解できないといった様子で、ローランドは首を横に振る。
「どうして君は、あのとき私に助けを求めなかったんだ?」
「そ、それは……」
「私に会いに来ていたのはそのためだったんだろう? なのにどうして? 私にはさっぱり分からない」
ローランドの問いに、思わずしどろもどろに言い訳をするレイヴン。
「え、えっと……やっぱり迷惑はかけられないと思って……」
「そうか……そんなに私は頼りないか……」
「い、いえ、決してそういうワケでは――!」
「分かっている。君は強い女性だ。私の助けなんて必要ないのだろう」
納得したかのようなローランドのセリフ。
だが彼は不服そうに眉を顰める。
「だから――これは私の我儘だ」
そして身を乗り出すと、レイヴンの目を覗き込み懇願する。
「頼むレイヴン。私に君を助けさせてくれ。一人で何とかしようとせず、もっと私を頼って欲しい」
「ロ、ローランド様……わ、私……」
間近に見る彼の真剣な表情に、頬が赤くなるのを感じながら必死に言葉を探すレイヴン。
と、そのとき――。
「フンッ! 僕は納得できないね」
ソファーには座らず、壁にもたれ掛かったまま様子を伺っていたノアが声をあげた。
「ノ、ノア様?」
「僕は聞いたよな? 何か困ってるんじゃないかって。なのにレイヴン、お前は嘘を付いたな」
「そ、それは……」
「それだけじゃない。困った事件が起きたときに、お前は僕ではなく真っ先にその王子に会いに行った。おかしいだろソレは?」
「うっ……」
憤りを見せるノアに、思わず言葉に詰まるレイヴン。
「困ったことがあったら助けて欲しいって、お前は僕に言っていたはずだろ?」
確かにあのときレイヴンは、ノアから亡命の提案をされ最終手段としてアリだと判断し、軽い気持ちで助力を求める返答をしていた。
どうやらノアはその事を覚えていたらしい。
「なのにどうして僕を頼らない?」
「ご、ごめんなさ……」
ノアの勢いに押され、レイヴンが謝罪を口にしようとしたその時――。
「待て、どういうことだ?」
横からローランドが口を挟んできた。
「レイヴン、君は彼に『助けて欲しい』と言ったのか?」
疑問を口にする彼の眼は、何故か驚くほどに動揺している。
「私にはこれっぽっちも頼ってくれなかったのに? どういう事なんだレイヴン?」
「え、いや、それは亡命が……」
急なローランドからの圧に、思わず口ごもったレイヴン。
確かにノアにお願いはしたが、それはただの亡命目当てで、今のような深刻な危機でのお願いではなかったのだが……。
気まずい雰囲気の二人を見たノアが、苛立ちと優越感が混ざったような笑いを見せる。
「ははんっ! そんなの、お前が頼りないからじゃないのか、王子さま」
「……なんだと?」
「エンバー王国の第二王子ローランド。君の事は一応僕も知っているよ。騎士学科でも共通学科でもそこそこの成績で、そこそこ優秀な王子さまなんだろ。だけど――」
ノアは挑発するように言葉を続ける。
「僕は共通学科でも魔法学科でも常に1・2位を競う超優秀な人間だ。そこそこ優秀な人間と超優秀な人間なら、超優秀な僕を頼るのが当然だな」
「……それはおかしいな」
ノアの挑発を受け、珍しくローランドが苛立った表情を見せる。
「レイヴンが困ったとき、最初に会いに来たのは私だ。ノア司祭、君は偶然教会に来た彼女と会っただけだろう?」
「うぐっ!」
「君こそ優秀だという割に、全く頼りにされていないんだな」
「な、何だとっ!」
売り言葉に買い言葉で、二人の間に険悪なムードが漂い始めた。
「お前、生意気だぞ! そこそこのクセに!」
「君こそ困っている女性にグチグチと、子供じみた真似はやめるんだ」
「何だと! それはお前もじゃないか、クソ王子!」
「うるさいぞ、このガキ司祭」
一触即発で睨み合うノアとローランド。
「ま、待って! やめてください二人とも!」
その様子をあたふたと見守るしかできないレイヴン。
(な、何なのこの状況? どうして二人が喧嘩寸前に?)
戸惑う彼女の頭の上でニヤニヤと笑うメイプル。
『にひひっ! レイヴンを巡って二人の男性が対立する。これって三角関係ってヤツじゃない?』
『なっ!?』
『モテモテじゃん。ヒューヒュー、レイヴンってば罪作りな女だね!』
『ち、違うから! そんなんじゃないから!」
レイヴンは顔を真っ赤にして必死に否定する。
『きっとこれは……そう、男のメンツとかプライドとか、そっち方面の話だから!』
『あーはいはい、鈍感系ヒロインね』
『その態度ヤメテ! 何でも分かってますって感じヤメテ! 私は何も間違ってないから!』
そうしている間も二人の男の睨み合いは続く。
「と、ともかく二人とも、もうこれ以上言い争うのは――」
レイヴンは何とか二人を止めようと、間に割って入ろうとするのだが……。
「あーくそ! やってられるか!」
怒ったノアが部屋から出ていこうと扉に向かって歩き出した。
レイヴンは慌ててその背中を呼び止める。
「あっ、ノア様! 待ってください!」
「何だよ! 僕に何か言いたい事でもあるのか!?」
「そ、それは……えっと……」
ノアに睨まれ焦るレイヴン。
それでも何とか言葉を絞り出す。
「ご、ごめんなさい、ノア様。巻き込んでしまって……」
「……ちっ! 何で『ごめんなさい』なんだよ」
「えっ?」
謝罪をしてもなお苛立ちを見せるノアに、レイヴンは戸惑いを隠せない。
「ノ、ノア様……?」
「もういい、僕は帰る! 後はその、そこそこ優秀な王子様に何とかしてもらえばいいさ!」
そう吐き捨てると、ノアは今度こそ客室から出て行ってしまった。
(ノア様、凄く怒ってた……私、なんかやっちゃったのかな?)
理由が分からず落ち込むレイヴン。
そしてノアと入れ替わりに、一人の兵士が客室へ入ってきた。
「ローランド様、ヴァンキッシュ私兵騎士団を全員拘束しました」
兵士はローランドに状況を報告しに来たようだ。
「これで聖女様は安全でしょう、ご安心ください」
「分かった、ありがとう」
兵士に礼を言ったローランドが、レイヴンに向き直る。
「それでレイヴン。今後どうするつもりなのか、考えはあるのかい?」
「い、いえ、教会に頼るつもりでいましたが、それがダメとなると……」
「敵は君の義兄だったよね。それなら実家に頼るわけにもいかないか」
ローランドは僅かに思案したあと、レイヴンにこう提案する。
「だったらレイヴン、公爵家へ行こう」
「公爵家って……ソレイユ様の?」
「そうだ。もしヴァンキッシュ家に戻れないのなら、バーナード家が後見すると言ってくれている」
「そんな……どうしてそこまで……」
ソレイユが自分のために行動してくれていることが理解できないレイヴンに、呆れたようにローランドが告げる。
「決まっている。彼女も君が大事だからだ」
「…………」
ついに言葉を失ってしまったレイヴン。
その様子を見て困ったような笑みを浮かべるローランド。
「ここは公爵の私兵騎士団に任せればいい。私達は公爵家へ向かおう」
そう言って彼は、レイヴンを外へと連れ出すのだった。




