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32話 まるで物語のヒーローみたい

「待てっ! 逃がすなっ!」


 怒号と共に背後から足音が迫る。

 ガシャガシャと鎧の音がすぐ後ろに聞こえ、振り返る余裕もなく必死に走る。


(もう少し――あそこまで!)


 もうすぐ裏庭を抜けて通りに出られる――そう思った矢先だった。


「あっ!」


 逸る気持ちで進めていた足先が、土の僅かな段差に引っかかり、体が地面へ投げ出された。


「きゃあっ!」


 体の半分に痛みが走る。

 慌てて顔を上げるも、兵士たちはすぐ目前まで迫っていた。


(ダメ、捕まる――!)


 先頭の兵士がレイヴンに手を伸ばす。

 指先が届く――その瞬間。


 ――ガシッ!


 その腕が横から伸びた手に強く掴まれた。


「大丈夫か、レイヴン!」

「ロ、ローランド様――!」


 兵士とレイヴンの間に割って入ってきたのは、ローランド王子だった。


「なっ!?」


 兵士は慌てて腕を振りほどこうともがく。

 ローランドが手を離すと、相手は勢い余ってたたらを踏む。

 その隙にレイヴンと兵士たちの間に入り、彼は壁のように立ちはだかった。


(ど、どうしてローランド様が……?)


 突然現れたローランドに、戸惑い以上に大きな安心感を覚えるレイヴン。

 体は痛み、息も切れ、鼓動も早鐘のようになり続けている。

 そんな状態にもかかわらず、思わず彼の背中を見入ってしまう。


(まるで物語のヒーローみたい――)


 そんな場違いな感想が、レイヴンの頭をよぎった。

 そうしている間にも、どんどんと集まってくる兵士たち。


「貴様、我々の邪魔をするつもりか!?」


 彼らの間から一人の男が歩み出る。

 ヴァンキッシュ私兵騎士団団長――彼は鋭い眼光でローランドを睨み据えた。


「その家紋……ヴァンキッシュ家の私兵騎士団だな」


 兵士たちを一瞥し、相手を把握するローランド。

 騎士団長の方は、突然現れた彼に訝し気な目線をやる。


「何者かは知らんが我々の邪魔立てをするな」

「聖女を攫おうとしている連中が何を言う」


 ローランドが一歩前に出る。


「レイヴンは聖女だ。しかもお前たちが仕えるべき主だろう」

「お嬢様の身柄確保はルシアン様……いや、クリフォード王太子のご命令だ」

「兄上の命令だと……?」


 クリフォードの名に反応するローランド。

 その態度に騎士団長は眉を顰める。


「今、兄上と言ったか? まさか、貴方はローランド王子?」


 騎士団長の方も、彼が何者かようやく分かったようだ。


「私の事を知っているなら話は早い。ここは引いてくれないか?」

「主命に背けと?」

「私の指示という事で構わない。責任は私が持つ」


 だが騎士団長は鼻で笑う。


「それで納得しろと? 失礼だが貴方は庶子。王族とはいえそんな権力があるとは思えない」

「ならバーナード家との連名ならどうだ?」

「……何故ここで公爵家の名前が?」

「現在バーナード家が聖女の保護に乗り出している。このままだと公爵家を敵に回すことになるぞ?」


 騎士団長の表情が僅かに曇る。

 だがそれも一瞬で消えた。


「悪いが信じられませんな。それが本当だとしても、任務を放棄する理由にはならない」

「それでは何としても聖女を捕らえると? それが正義と思っているのか?」

「正義ではなく職務です。兵士はどんな命令だろうとそれに従う義務がある」

「だが――」

「もういいでしょう」


 問答を続けるローランドを遮るように、騎士団長は鋭い言葉を放つ。


「これ以上は話をしても無駄です。聖女を引き渡してください、ローランド様。さもなくば力づくで職務を全うします」

「そうか……確かにこれ以上の問答は無用だな」


 静かにつぶやくローランド。

 だがその口元には、僅かな笑みが浮かんでいた。


「……? 何がおかしいのです?」

「いや、間に合ったようだからな」

「何?」


 騎士団長が眉をひそめた、その時だった。


「ヴァンキッシュ私兵騎士団に警告する!」


 夜の路地に号令が響く。


「我々はバーナード家の私兵騎士団! 目的は聖女レイヴン様の保護! これ以上の狼藉は、我々に対する敵対行為とみなす!」


 四方から次々と裏庭に入ってくる兵士たち。

 彼らの鎧にはバーナード家の家紋が、月明りに鈍く光っていた。


「なっ! これは――!」

「現在この教会は我々によって包囲されている! 無駄な抵抗はやめて投降しろ!」

「い、いつの間に……」


 公爵軍と伯爵軍――爵位の違いが両軍の規模にも表れている。

 多勢に無勢のヴァンキッシュ騎士団は、公爵軍によって次々と捕縛されていった。

 その光景を唖然と見守るレイヴンに、ローランドが手を差し伸べる。


「大丈夫かい、レイヴン」

「は、はい。大丈夫です」


 彼に引き起こしてもらったレイヴンが改めて礼を言う。


「ありがとうございました、ローランド様。でも、これって……」

「ソレイユ嬢が手配してくれたんだ。君のためにね」

「ソレイユ様が……!」


 今日友達になったばかりのソレイユ公爵令嬢。

 ローランドだけでなく、彼女まで自分を助けようとしてくれていた事に、思わず想いが込み上げるレイブン。

 と、そのとき――。


 ――ガシャアアアアンッ!


 教会の窓ガラスを突き破り、裏庭へ人影が飛び出してきた。


「ぐへぁっ!」


 潰されたカエルのような声を上げ、地面に放り出された男。

 よく見るとそれはブライド司教だった。


「この勘違い司教が!」


 続いて現れたのはノアだ。

 割れた窓を飛び越え地面に着地すると、仁王立ちで倒れた司教を見下ろす。


「権力を持って勘違いしたか? 貴様に聖女をどうこうする資格なんて無い!」


 その様子に気付いたレイヴンが声を上げる。


「ノ、ノア様!?」

「おいレイヴン、大丈夫か……って」


 レイヴンの声に反応したノアは、その後ろにいたローランドを視野に収めた。


「お前は……」

「君は……」


 レイヴンを挟み、睨み合うノアとローランド。

 二人の男たちの間に、ピリッと僅かな緊張感が走る。


(……え? な、何この空気?)


 そんな雰囲気を壊すように兵士の報告が届く。


「ローランド様、ヴァンキッシュ私兵騎士団を押さえました。教会の中は安全です」


 ローランドは「分かった」と大きく頷くと、レイヴンに手を差し伸べた。


「レイヴン、一旦中へ入ろう。話はそこで」

「わ、分かりました」


 彼に促され、レイヴンは教会の中へと戻るのだった。


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