31話 思いっきり厄介ごとに巻き込まれてるじゃないか
教会の奥の客間に通されたレイヴンは、そこでブライド司教にこれまでの経緯を話すこととなった。
「なんと、まさかそんな事が……」
「信じていただけますか、司教様」
「もちろんですとも聖女様」
ブライド司教は後ろに控えていた神官を呼び寄せる。
「今の話、聞きましたね?」
「はっ!」
強く返事をする神官を手招きし、彼の耳元でヒソヒソと数言話す司教。
「承知いたしました」
神官は大きく頷くと、足早に客間から出て行った。
「今の者に部屋の用意を頼みました。今後の事はこれから考えるとして、今日はこちらでお休みください」
「そ、それは助かります」
「今日は大変でしたでしょう。宿泊の準備ができるまで、この部屋でお寛ぎください。お茶をご用意いたしましょう」
「何から何まで、ありがとうございます」
司教からの申し出に、ホッと胸をなでおろすレイヴン。
精霊のメイプルも安心した様子で、頭の上をふわふわと飛んでいる。
『良かった、これで何とかなりそうだね、レイヴン』
『そうねメイプル。まだ解決したわけじゃないけど、ひとまず安心ね』
ようやく一息付けそうだと二人は安堵する。
だが――。
* * *
信者たちが帰り、ガランとした礼拝堂。
一人残ったノアが、女神像に祈りをささげていると……。
――ザワザワザワ。
何だが周囲が騒がしい。
どうやら教会の入り口に、人が集まってきているようだ。
「おい、ここか?」
「は、はい。お願いします」
そんな声と共に、教会に入ってくる数名の男たち。
その一人は、先ほど奥の客間から飛び出していった神官だ。
残りの男たちは揃いの鎧を着ており、見たところどこかの兵士のようだ。
外へ出た神官が彼らを連れて戻ってきたのだろう。
そんな突然の訪問客に、ノアは訝し気な目線を送る。
「なんだお前たちは? 教会に何か用か?」
「おい、ここに聖女がいるのだろう」
ノアの質問に、兵士たちは質問で返してきた。
さらに疑念を強めるノア。
「ああ、いるけど……それがどうした?」
「よし、案内しろ。身柄を引き渡せ」
傍若無人な兵士の態度。
だがそれ以上に、ノアには気になることがあった。
奥の客間にいるはずの、レイヴンが教会にやってきたときの様子を思い出す。
あのときの彼女の、明らかに何かを隠しているような態度――。
「アイツ、何が心配なくだよ。思いっきり厄介ごとに巻き込まれてるじゃないか」
ノアは大きなため息を吐いた。
何も言わなかったレイヴンの態度に呆れ、何もくみ取れなかった自分の迂闊さに呆れる。
そんな彼に兵士たちは不用心にズカズカと近づいてきた。
「おい、何をしている。さっさと連れて……」
兵士の手がノアの肩に置かれた。
すかさずノアがつぶやく。
「雷よ――」
――バチバチバチッ!
その瞬間、ノアの肩に手を置いたまま、兵士の体がビクッと飛び上がった
「あががががががっ!」
絶叫をあげ痙攣したかと思うと、硬直したままバタリと後ろ向きに倒れ込む。
「なっ! 貴様っ!」
「今何をした!?」
目の前で仲間が倒されたことで、残りの兵士たちが見構える。
ノアは彼らの先頭にいた兵士に向かって手をかざし――。
「走れ雷光!」
唱えた瞬間、稲光と共に放たれた球電が相手を襲った。
「ぎゃああああああっ!」
感電して倒れる兵士。
二人目が倒されたことで、色めき立つ他の兵士たち。
「コイツ、魔術師だ!」
「貴様、我々の邪魔をする気か!?」
兵士たちからの問いに、だがノアは答えない。
代わりに大きく息を吸い込むと――。
「レイヴン、逃げろ! 追手だぞ!」
奥の客間にいるレイヴンに聞こえるよう、大きな声を張り上げた。
* * *
その少し前――。
教会の玄関に押し寄せた兵士たちの喧騒が、奥の客間にも届き始めていた。
『……ねぇレイヴン。なんか騒がしくない?』
『そうね、メイプル。何かあったのかな?』
気になった二人が、礼拝堂の方へ意識を向ける。
その時――。
「レイヴン、逃げろ! 追手だぞ!」
僅かにだがハッキリと聞こえてきた叫び声。
「――っ! 今のは?」
『ノアの声だよね! これって……』
顔を見合わせるレイヴンとメイプル。
(追手ってどういう事? 教会は聖域権に守られた不可侵な場所、なのにどうして……)
思考を巡らせるレイヴンの脳裏に、先ほど出て行った神官の姿が浮かぶ。
ブライド司教にヒソヒソと指示を受けていた彼。
部屋を出て、いったい何処に向かったのか――?
「ま、まさか……ブライド司教!?」
悪い予想に青ざめながら、レイヴンは司教の方をチラリと見る。
「……おやおや、バレてしまいましたか。貴女の事は追手に報告させていただきました」
彼女の視線を受けながら司教は、いまだ柔和な笑みを崩さず密告を認めた。
「し、司教様、どうして――!?」
「……決まっているでしょう」
そして――司教の表情が一瞬にして変わる。
「『嫌がらせの聖女』などという不名誉な存在を、この世から消し去るためですよ」
「――っ!」
ブライド司教から憎しみを込めた視線を向けられ、レイヴンは思わずすくみあがった。
『レイヴン、逃げなきゃ!』
『わかってる!』
メイプルに返事をし、客室から飛び出したレイヴン。
廊下に出ると、礼拝堂からの喧騒がさらに大きく聞こえてきた。
「もう追手がいるみたい」
『レイヴン、こっちに裏口があるよ!』
メイプルに教えられ、礼拝堂とは反対側の廊下の突き当りに勝手口を見つけたレイヴンは、急いで扉を開ける。
だが――。
「――っ!」
教会の裏庭へ飛び出した瞬間、待ち構えていた兵士たちの視線がレイヴンに集まった。
彼らの鎧に描かれたヴァンキッシュ伯爵家の紋章。
(そ、そんな――!)
義兄ルシアンが差し向けた、ヴァンキッシュ私兵騎士団で間違いない。
彼らの中から、一人の男が静かに歩み出る。
「レイヴンお嬢様、見つけましたよ」
「あ、貴方は……」
レイヴンも知っているその男は、ヴァンキッシュ私兵騎士団のトップ、騎士団長を務める男だった。
「ルシアン様の命です。おとなしく捕まってください」
逃げ場はないとばかりに、彼の手がレイヴンへと延びる。
「こ、来ないでっ!」
体をひねってその手を掻い潜り、レイヴンは裏庭を闇雲に駆けだした。




