29話 ローランドとルシアン
足早に去っていくレイヴンを、呆気にとられながら見送るローランド。
男子寮の前にポツンと取り残された彼は、腕を組みながら状況を整理する。
(……おかしい。レイヴンは何がしたかったんだ?)
彼女の服装はまるで平民のようで、特徴的な黒い髪も、茶髪のカツラで隠されていた。
明らかに正体を隠すための変装をしていて、まるで何かに追われているような……。
(ひょっとして、昼間のアレに関係あるのか?)
彼の言うアレとは、暴漢に襲われているレイヴンを助けたあの出来事だ。
(レイヴンはあのとき捕まえた魔術師の事を聞いてきていた。いま彼女の身に起こっている事は、もしかして奴らに何か関係あるのか?)
暴漢を連行した衛兵の詰所に行けば、何か分かるかもしれない。
ローランドは話を聞きに詰所へ向かった。
* * *
「何だって! 釈放した?」
思わず声を荒げ、詰所にいた衛兵に詰め寄るローランド。
身柄を預けた暴漢の所在を尋ねたところ、もうこの詰所には居ないという答えが返ってきたからだ。
「いったいどういう事なんだ?」
「は、はい。その、身元保証人が来られて……」
戸惑いつつも衛兵はローランドの質問に答えてくれた。
だがそれは意外な内容で、思わずローランドは首をひねる。
「保証人だって? 誰とも知れない暴漢に? いったい誰が……?」
「そ、それが……」
そこで衛兵は、驚くべき人物の名を口にする。
「ヴァンキッシュ伯爵家のルシアン様です」
「なっ――!?」
頭をガンと殴られたような衝撃を受けるローランド。
(レイヴンの義兄さんが? どうしてレイヴンを襲った暴漢とつながりがあるんだ? ま、まさか――!)
嫌な予感に背筋が凍る。
思い返されるのは、男子寮の前で会ったレイヴンの顔。
――彼女は私に助けを求めに来ていたのではないのか?
――だが何も言えず、問題を一人で解決しようとしているのではないのか?
――そして私はまた、彼女の危機を見過ごしてしまったのではないのか?
そんな想像にローランドの鼓動が早くなる。
(早くレイヴンを保護しないと! だがいったい何処を探せば……?)
必死にレイヴンの行方を考える。
何かヒントは無いか、彼女の言葉を思い返す。
――友達のところからの帰りです。ソレイユ様のお茶会に参加してて……。
(――っ! そうだ!)
ソレイユ――その名で思いつくのは同級生のバーナード公爵令嬢だ。
レイヴンは彼女の事を友達と呼んでいた。
ならば私の次は、その友達に助けを求めに行くかもしれない。
(公爵家の屋敷なら場所は分かる。――よし!)
次に行くべき場所を定め、ローランドは夜の街へ飛び出した。
* * *
――ガンガンガンッ!
激しく扉を叩き、ソレイユの名を呼ぶローランド。
バタバタと慌ただしい足音が近づき、やがてゆっくりと扉が開く。
中から現れたのは、執事に先導されたソレイユだった。
「ま、まさかローランド様? いったいどうしたのですか?」
「こんな時間に済まない、ソレイユ嬢。ここにレイヴンが来ていないだろうか?」
挨拶もそこそこに、ローランドはレイヴンの行方を尋ねた。
彼の切羽詰まった声色に、ソレイユも戸惑いを隠せない。
「レイヴン様? いいえ、昼には来ていましたが、もうとっくにお帰りになりましたわ」
「そ、そうか」
期待とは違う答えに落胆の色を隠せないローランド。
強く唇を嚙んだあと、さらに質問を重ねる。
「つかぬことを聞くが、君はレイヴンと友達なのだろう? いま彼女が何処にいるか、心当たりはないだろうか?」
「えっと、お待ちくださいませ。いったい何があったのですか?」
彼のただならぬ様子に、ソレイユにも不安がこみ上げてくる。
「私にも確証はないし、詳しく話している時間もない。だが彼女に危険が迫っているかもしれないんだ」
「まぁ、何ですって!?」
ソレイユは思わず口元を押さえた。
「わ、分かりました。でしたら私にお手伝いさせてください。爺や、お願い!」
「はいお嬢様、何なりと」
主人の呼びかけに即座に答える老執事。
「公爵家の私兵を、今動かせるだけ大勢動かして、レイヴン様を探してください!」
「承知いたしました。すぐに手配させましょう」
彼は深く一礼すると屋敷の奥へ駆けていった。
その様子にローランドは安堵を覚える。
このまま自分一人で探し続けても、レイヴンを見つけることは困難だっただろう。
「……ありがとう、ソレイユ嬢」
感謝の言葉を述べたローランドに、だがソレイユは首を横に振る。
「ローランド様の為ではありません。レイヴン様の為ですわ」
そう言い切る彼女の瞳には、友を思う強い意志が込められていた。
* * *
ローランドが衛兵の詰所へ行くよりも一刻ほど前。
先にルシアンが、詰所から捕まっていた魔術師を引き取っていた。
「も、申し訳ありません、ルシアン様」
震える声で謝罪したのは、助け出された魔術師だ。
「まったくだ。連れていたのがゴロツキたちとは言え、たった一人に逃げられるとは」
ルシアンは苛立ちを隠そうともせず、冷たい目線を彼に向ける。
「そ、それは予想外の邪魔者が――」
「言い訳はいい。これ以上失敗するな、それだけだ」
「し、承知いたしました……」
有無を言わせぬ口調に、魔術師は慌てて頭を下げ沈黙する。
「ともかくレイヴン本人に気付かれた以上、穏便に動いていても意味がない」
ルシアンは周囲に目をやる。
場所は伯爵家の庭園、そこにズラッと兵士が立ち並んでいた。
その軍団の先頭に立つ男にルシアンは命を出す。
「おい騎士団長。伯爵家の私兵騎士団を総動員して、レイヴンを捕らえろ。最悪殺してしまっても構わない」
殺してもいい――その言葉に場の空気が凍った。
「ほ、本当によろしいのですか、ルシアン様。レ、レイヴン様は仮にも義妹ですよ? しかも聖女に対してそのような事をしてしまっては……」
「構わん、アイツは偽物の聖女だ」
おずおずと質問する騎士団長に対し、ルシアンは吐き捨てるように答えを返す。
「それにレイヴンを罰するのは王太子の命。ここにクリフォード様からの特令書もある」
そう言って一枚の書状を見せる。
そこにはしっかりと王太子の名が記されていた。
「我らは忠実な臣民、王族の命は絶対だ」
「わ、分かりました……」
言葉を飲み込み従う騎士団長を見て、ルシアンは満足そうに頷いた。
「さぁ行け! 正義は我らにある! レイヴンを見つけて連れてこい!」
「はっ!」
号令と共に動き出す騎士団。
その様子を眺めながら、ルシアンはゆっくりと口元を歪ませる。
「逃がさんぞレイヴン。今日で貴様は終わりだ」
その目には――獲物を定めて追い詰める捕食者のような、昏い執念が浮かんでいた。
* * *
かくして動き出したローランドとルシアン。
一方は聖女を救うため――。
一方は聖女を葬るため――。
衝突の時は刻一刻と迫っていた。




