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20話 SIDE:ノア・ルクレール小司祭(やんちゃ系司祭)


 ノアは父が誇りだった――。


 精霊教の最高指導者であり、クレール教国の現聖王であるオズワルド・ルクレール。

 この世界で最も重要な人物と言っても過言ではない存在、それがノアの父親である。


「僕も父上のような立派な人間になりたい――!」


 そう望んだ幼いノアは、父親を目標に努力を続けた。


 8歳のときに見習い神官として聖王庁に入庁してから、めきめきと頭角を現したノア。

 日頃の努力が実り、たった14歳という若さで司祭の位を拝命。

 それからは親しみを込めてノア小司祭と呼ばれるようになった。


 彼と同時期に司祭になった、二つ年上のレグルス・オブシディアンという人物がいる。

 彼はとにかくノアの事を目の敵にしていた。


 理由は彼の父親と、ノアの父親である聖王オズワルドの確執から始まっている。

 オズワルドが聖王に選ばれた際、権力闘争に敗れたのが彼の父親だ。

 だから彼――レグルスはずっと父親から「聖王の息子にだけは負けるな」と言われて育ってきていた。


 ライバルとして対立する存在――。

 だがそれは、ノアにとって心地の良い環境だった。


「僕だってレグルスには負けない――!」


 お互い相手に勝ちたいと、切磋琢磨しあえる間柄。

 父のような立派な人間を目指し、己を高める事を望むノアには理想的な関係だった。


 これからもライバルと共に努力を続け、いつかは父のような人間になる。

 ノアはそんな未来を無邪気に信じていた。

 だが――ノアにとっての幸せな環境が壊れる事件が起きる。


 それはノアが司祭になって、初めて受け持った大きな仕事でのこと。

 仕事の内容は『聖女拝領』という儀式の進行を務めるというものだ。

 聖女拝領とは――歴史上一人目の聖女であり、クレール教国を興した初代聖王の故事を来歴に持つ式典である。

 今でも大聖女として崇められる彼女は、かつて困窮する民に『おにぎり』と『味噌汁』という、今まで見た事もない料理を振舞ったのだという。

 そんな聖女の逸話に習い、建国記念日に神職から信者に聖給食として『ライスボール』と『ミソスープ』を配るというのがその式典の趣旨だ。


「このイベントを成功させて、さらに評価を伸ばすんだ――!」


 ノアの尽力もあって、儀式自体は順調に終わった。

 問題が起きたのはその後――。

 なんと聖給食を食べた信者の一部に、食中毒を起こす者が現れたのだ。

 原因を調査した結果、ミソスープに使われたトーフという食材の一部に、間違って腐ったモッツァレラチーズが混じっていたらしい。


「そんなはずはない! 食材は念入りに手配したはずだ――!」


 そう訴えるも信じてもらえず、責任はノアにあるとされてしまった。


「ど、どうしてこんなことに……」


 落ち込むノアのもとへ、ライバルであるレグルスがやってきた。


「やあノア、残念だったね」


 労う態度を見せるレグルスだが、その口元は愉悦で歪んでいた。

 そして彼は、決定的な失言をしてしまう。


「トーフに腐ったチーズが混ざっていたなんて、ノアもとんだミスをしたものだ」


 食中毒の原因がチーズだという事実は、ノアと調査に関わった一部の人間しか知らないはずだ。

 もし他に知っている者がいるとすれば、それはトーフをチーズにすり替えた犯人だけだろう。


「――レグルス、どうして? 信じてたのに!」


 互いを認め合ったライバルだと――。

 このまま正々堂々と競っていけると――。

 切磋琢磨して互いをもっと高めていけるのだと――。

 ノアはそう信じていたのだ。だが――。


「ライバルだと思ってたのはお前だけ。俺にとっては邪魔なゴミでしかなかったよ」


 レグルスからそう言われた瞬間、ノアの意識が飛んだ。

 気付くとレグルスに殴りかかり、大勢の人間に取り押さえられていた。


 式典の失敗、暴力事件――。

 二つの罪によって、ノアは聖王庁での立場を無くした。

 尊敬する父、聖王オズワルドから処分が言い渡される。


「ノアよ、お前にはエンバー王国への留学を命ずる。遠い異国で学ぶと共に、しばらく距離を置いて頭を冷やしてくるのだ」


 こうしてノアは、エンバー王国にあるアーケイナム貴族学園へ進学する事となったのだ。


「今に見てろ! こちらで手柄を立てて、必ず聖王庁に舞い戻ってやる!」


 そう決意をするノアが、目を付けたのが聖女レイヴンだ。

 いつも共通学科の成績でノアと1・2位を争っている生意気な女。


 彼女と競い合うのは楽しかった。だが仲良くなろうとは思わなかった。

 レグルスのようにまた裏切られるかも――と考えると、これ以上近づく勇気は出なかった。


 そんな聖女が、婚約破棄されたと噂に聞いた。


(これは手柄を立てるチャンスかもしれない――!)


 聖女を味方に付けることができれば、精霊教において大きなアドバンテージが持てる。

 さらに教国に連れて帰ることができれば、聖王庁での評価はうなぎ上りになるだろう。

 何とか味方に引き入れられないかと、ノアは彼女に接触することにした。


「レイヴンは僕の国、クレール教国へ亡命する気はないか?」


 そう言ってみたが、聖女の反応は薄い。

 考える時間が欲しいと言われてしまった。


(急な話だし仕方がない。まぁ時間はあるんだ、これから距離を詰めればいい)


 自分がどれだけ優秀かが分かれば、聖女もきっと認めるはずだ。

 ノアはそう考えたのだが――。


「ノア様がどれだけ優秀なのか、いつも競っているわたくしが一番理解しておりますとも」


 聖女の口から、ノアを賞賛する言葉が出た。


(な、なんだ。すでに僕の実力を分かっているなんて、やるじゃないかこの聖女)


 思えば母国で失敗してから、周囲の評価は落ちっぱなしだった。

 久しぶりの賞賛に、ついつい悦に入ってしまうノア。

 それに……気になることもある。


「わたくし、ノア様の常に努力している姿にリスペクトを持っておりましたの」


 聖女はノアの成果ではなく、その努力を褒めたのだ。


(そんな風に僕を褒めるやつなんて、今までいなかったな……)


 ノアは聖王の息子だ。

 あの方の息子なのだから出来て当たり前。

 そんな評価ばかりだった。


 だけどこの聖女は違う。彼自身を認めてくれている。

 それがなんだかこそばゆかった。


(コイツはいい奴だ。同じライバルでもレグルスとは違う――)


 かつてのノアは、認め合えるライバルを求めていた。

 レグルスに裏切られた今でも、その気持ちは残っていた。


(仕方がない、僕もコイツを認めてやろう。僕と張り合えるくらい、聖女として努力しているレイヴンを)


 ノアは初めて聖女ではなく、レイヴンという女性として彼女を見た。


「わたくしが困ったときは、手を貸してくださいね?」


 そう言って笑いかける彼女に、思わず見とれてしまった。


(し、仕方がない、約束だからな。レイヴンの事は僕が守ってやろう)


 ノアはそう決意する。

 現状はまだ、ライバルとして。

 お互い認め合える存在として。


 その関係がいずれ変化していくのか……?

 今はだた二人を見守るしかないだろう。


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