19話 レイヴンの後方腕組み精霊の役割
(これがノア様の嫌がる事……)
ウィンドウに表示された【嫌がらせ】の内容を読み、ノアがどういう人間かを把握する。
『なるほど……。どうやら彼は、私の事を使えるコマだと考えてるみたいね。この性格……お義父様と同じタイプの人間かな』
『うぇえっ、アレと同じ人種なの? それって最低な奴じゃん!』
レイヴンの感想に嫌な顔をするメイプル。
彼女の義父――ヴァンキッシュ伯爵といえば娘を16年間ネチネチといびって来ていた毒親だ。
そんな人物と似ているとなると、メイプルの反応も当然だろう。
と、そんな時――。
「どうかなレイヴン。ずっと黙って考え込んでいたようだけど……そろそろ決意はついたかな?」
――しびれを切らせたノアが答えを求めてきた。
「亡命する気があるなら手を貸すよ? 僕に任せてくれたら万事上手くやってみせる。どうかな?」
「それは……」
悩むレイヴンにメイプルが囃し立ててくる。
『どうすんのレイヴン? 悪い奴だしやっちゃう? やっちゃうの?』
『うーん、そうねぇ……』
思案してきたレイヴンだが、ようやく彼に対する態度を決めた。
「ありがとうございますノア様、わたくしの事をこんなにも考えて下さって」
まずは頭を下げ、レイヴンはそう切り出した。
「ん……そう思うかい? だったら……」
「ですがわたくし、国を捨てるなんてそう簡単に覚悟できるものではありませんわ。なので考える時間をいただけませんか?」
「うん、それは仕方がないな」
レイヴンの提案に対して鷹揚に頷くノア。
「好きなだけ考えてくれて構わない。ただ、覚悟が決まった時は、必ず僕に声をかけてくれよ? 僕が一番君を上手く助けられるはずだからね」
「そうですね、分かっておりますわ」
そこでレイヴンはニコっとノアに笑いかける。
「ノア様がどれだけ優秀なのか、いつも競っているわたくしが一番理解しておりますとも」
「――なっ!」
ライバルからの唐突な誉め言葉に、ノアは動揺を隠せない様子。
「そ、そうなのか?」
「もちろんです。才覚のある努力家で、私のように共通学科だけでなく、魔法学科の方でも優秀な成績を収められている方ですもの」
「ふ、ふーん、そうなんだ……」
冷静を装っているが、喜びが隠しきれていないノア。
存在しないはずの尻尾がブンブンと振れているのが見える。
「わたくし、ノア様の常に努力している姿にリスペクトを持っておりましたの。ノア様のように常に上を目指し、日々精進できる人間でありたい。わたくしは常々そう考えて行動しておりましたのよ?」
「なっ、そっ、うぅっ……」
「ですのでノア様……わたくし貴方を信じております」
そしてトドメとばかりに、レイヴンはとびっきりの笑顔を振りまいてみせた。
「わたくしが困ったときは、手を貸してくださいね?」
「うっ……わ、分かった、必ず助けよう!」
「ありがとうございます。……約束ですよ?」
「あ、ああ……」
顔を真っ赤にしながら首を縦に振るノアに――。
(――ふっ、チョロいな)
――内心ほくそ笑むレイヴン。
「それではノア様、失礼します」
そうして立ち尽くすノアを残し、彼女は背を向けて歩き出す。
『どういう事さレイヴン?』
レイヴンの結論に、どうやら納得していない様子のメイプル。
立ち去る彼女の頭の上に乗っかって尋ねてくる。
『アイツの事、ガツンと分からせちゃうんじゃなかったの?』
『何で分からせるの? 助けてくれるって言ってるんだから乗っかればいいでしょ?』
『えーっ』
スカすレイヴンに、メイプルはその真意を探る。
『うーん、じゃあアレだ! 【嫌がらせ】スキルの言う通り、利用するだけして捨てちゃうパターンだ!』
『だからメイプルは何ですぐざまぁしたがるの? 亡命に関してはまだ様子見だけど、いざって時のために関係は作っておかないとダメじゃん』
『えー、でも彼、あのヴァンキッシュ伯爵と同じ人間なんでしょ?』
どうやら本当に何もするつもりが無いと知り、メイプルは不満を口にする。
『アレと同じって、それってもう悪じゃん。悪にはざまぁがデフォでしょ? やったらなくていいの?』
『デフォって何? だいたい性格が同じタイプだってだけで、同じ人間じゃないし悪でもないってば』
呆れたようにレイヴンが切り返す。
『確かにノア様もお義父様と同じように、成功を追い求めて他人を使える人間かどうかで測る。でも二人には決定的な違いがあるの』
『決定的な違い?』
『それは――ノア様は他人だけでなく、自分自身も使える人間かどうかで価値を測っているって事ね』
義父もノアも『成功を追い求める』人間であることには違いがない。
だがその成功を、自分に求めるか、他人に依存するかで、その人の在り方は大きく変わる。
『私が見るに、彼は誰よりも成功を求めるからこそ、人一倍努力をするし、とにかく結果を出そうとしている。そして自分が役に立つ人間であることを、皆に認めて欲しいと願っているの』
それがノア・ルクレールという人間だと言う。
だから成績でレイヴンに負けたときは本気で悔しがってたし、勝ったときは心の底から喜んでいたのだろう。
成績発表の時のノアの態度はその表れだったと、彼の人間性を知った今なら気持ちが分かる。
『私が彼を褒めたときも簡単にデレデレだったし、評価に飢えてる人ってやっぱりチョロいよねぇ』
『なるほど。だからレイヴンは、あんなに彼を褒めちぎってたんだ。やるじゃん』
『いやまぁ、それに関してはあまり良い方法じゃないんだけどね……』
ここにきて反省の弁を述べるレイヴン。
『本来ああいう褒め殺しって、気つけないと人によっては『男に媚を売ってる』って思われて、舐められる原因にもなりかねないんだよ』
さらに言えば『コイツ俺のこと好きなんじゃね?』なんて勘違いされることもある。
『だけどまぁ、彼の性格を考えたら、今回は大丈夫かなって』
実際彼は、レイヴンからの褒め言葉を『別の意図があるんじゃないか』なんて疑わうことなく素直に受け取っていた。
きっと努力タイプの自信家であるノアは、自分には褒められて当然の実力があると考えていて、それだけの努力を積み重ねてきているという自負もあるのだろう。
だからこそ褒められることに抵抗が無く、疑う事もしないのだ。
『そうやって簡単に手のひらコロコロできちゃうところが、このタイプの可愛いところだよね』
『そう聞くと確かに、彼も悪い人じゃない気がするなぁ』
ここまでの話を聞いて、メイプルもようやく納得したようだ。
『目標を持って努力できる、素直でチョロい頑張り家さんって感じ? 最初は腹黒系かと思ったけど、人となりを聞いた今ではむしろ好感が持てるタイプかも』
『そうね、私もどちらかといえば好きなタイプかな? 努力できる人って嫌いじゃないもの』
『へぇ、そうなんだ――』
レイヴンの発言を耳聡く聞きとがめメイプルが聞き返す。
『――つまりレイヴン、彼に惚れちゃったの?』
「ぬぁっ!?」
思わぬ指摘に声を上げてしまったレイヴン。
慌てて口を押えると、気を取り直し念話でクレームを入れる。
『なんでそうなるのメイプル! そんなわけないでしょ!』
『でもボク、レイヴンが男性を褒めてるところなんて初めて見たよ? 少なくとも周囲の男性の中では一番好感度高いんじゃない?』
『ち、違うから! そんなんじゃないから!』
『レイヴンを16年見守ってきたけど、ああいうのがタイプだったなんて知らなかったなぁ~』
『だから違うって言ってるでしょ、この馬鹿メイプル!』
必死に否定するレイヴンを見て『これは本当に春が訪れたかもしれない』と勘ぐるメイプル。
『ノアだけじゃなくローランド王子の事もあるし……これは暖かく見守っていかないとね』
そんな野次馬根性丸出しで、改めてレイヴンの後方腕組み精霊の役割を全うする決意を固めるのだった。




