17話 SIDE:ソレイユ公爵令嬢(いいなり令嬢)
――聖女とは人の心が見えるものなのだろうか?
教室で、大勢の取り巻きに囲まれているソレイユに、たった一人で立ち向かうレイヴン。
ソレイユがそう思ってしまうほど、その時の彼女の言葉は正鵠を射ていた。
「忠告して差し上げましょう、ソレイユ様。そうやって優柔不断なまま流されて生きていると……本当に大切なものを守れませんわよ?」
その言葉にソレイユは、心臓をギュッと握られたような衝撃を受けた。
見て見ぬふりをして生きてきた、彼女の人生を見透かされたのではないかと感じた。
(――だけど、仕方ないじゃありませんか)
そうやって生きてくるしかなかったのだ。
それがバーナード公爵家に生まれた者の責務だと、ソレイユは振り返ってそう考える。
――――――
――――
――
「バーナード家は王家に次ぐ高貴な一族だ。その家格に相応しい人間になりなさい」
父であるバーナード公爵からそう言われて育ったソレイユ。
幼い頃の彼女には、その言葉の意味が理解できていなかった。
本当に理解できたのは、とある事件がキッカケだった。
ソレイユにはアネットという幼馴染がいた。
父の部下であるグランヴィル子爵の娘で、将来はソレイユの側近となる同い年の少女だ。
彼女とソレイユは、姉妹かと思うほど親密な関係で育てられた。
事件が起きたその日も、二人はバーナード家の屋敷で共に過ごすこととなっていた。
ソレイユの部屋へやってきたアネット。
彼女の手に握られていた一体のぬいぐるみ。
ピンク色の洋服を着た可愛い女の子の人形だ。
ソレイユは何故だかとても羨ましくなってしまった。
「お願いアネット、その人形を頂戴!」
頼み込んだがアネットは首を縦に振らない。
先日の誕生日に、両親から贈られた大事な品だからと。
どうしても譲ってくれないアネットに、ソレイユは「もういい!」と怒って部屋から追い出してしまった。
翌日――。
ソレイユのもとにピンクのお人形が届けられた。
アネットの父であるグランヴィル子爵が、ソレイユに手渡してくれたのだ。
「ありがとう! 嬉しいわアネット!」
無邪気に喜ぶソレイユだったが、アネットを見てハッと我に返る。
何かに耐えるように口を一文字に結び、今にも涙が溢れてきそうな表情のアネット。
自分が彼女にそんな顔をさせているのだと知った途端、ソレイユは途方もない罪悪感に襲われた。
慌てて人形を返そうとする。だがそれは父であるバーナード伯爵に止められた。
――上の立場の人間が、コロコロと態度を変えてはいけない。
――自分の発言がどれほど影響力があるのか、理解した上で責任を負いなさい。
父に叱られソレイユはようやく理解する。
―― バーナード家に相応しい人間になりなさい
その言葉の意味を、彼女が心から理解した瞬間だった。
その事件以降、ソレイユは自分の感情を出せなくなった。
また誰かを傷つけてしまうのではないか、そう思うと怖くて何も出来なくなった。
周りに合わせてニコニコと笑っているだけのお人形――。
そんな人間になるしかなかったのだ。
――――――
――――
――
聖女レイヴンが出て行った教室で――。
ソレイユの頭の中で、彼女の言葉がグルグルと回る。
聖女曰く、このままではソレイユは大切なものを失ってしまうらしい。
そんなはずはない――とは言えない自覚はあった。
だけど……では、どうすれば良いというのだろう?
『貴女はもっと怒るべきなのです。怒りとは二次感情、その根底には別の感情が隠れている。自分にとって本当に大切なものが何なのか、怒ることで分かりますのよ?』
聖女の言葉が思い出される。
――怒ればいい、それは本当だろうか?
――私が怒れば、それで大切なものが何か分かるのだろうか?
ソレイユの中で疑問が膨らんでいく。
そんなとき――。
「な、何なんでしょう、あの聖女は?」
ソレイユを取り巻く女生徒から、聖女を非難する声が上がった。
「あの態度はまるで悪役令嬢でしたわ」
「あんな人が聖女だなんて信じられない……」
「だって『嫌がらせの聖女』ですもの。仕方ありませんわ」
「アレは聖女じゃなく悪女ですわ。あんな――」
その言葉を聞いたソレイユに、何か湧き上がってくる感情があった。
それが何かを把握しないまま、感情のままに声を荒げる。
「――やめなさい!」
その途端、取り巻き達の非難が止まった。
彼女の一言で、周囲の空気がズンと重くなる。
こうなるのが嫌で、何も言わずにニコニコしていたはずだった。
人形を奪ってしまった時のアネットの顔が頭をよぎり、あの時と似た罪悪感がソレイユを襲う。
だが、それでも――。
「私はこれ以上、誰かの悪口を聞きたくありません」
そう言った彼女の胸の奥には、後悔だけではなく僅かな達成感があるように感じていた。
* * *
その日の放課後――。
帰宅する馬車の中で、アネットと二人きりになったソレイユ。
ソレイユは思い切って、昔の出来事について謝罪をしてみた。
「ごめんなさい、アネット。あのとき人形を奪ってしまったこと、今でも後悔しているの」
アネットは目を丸くしたが、すぐに優しい顔になった。
「ソレイユ様、私も後悔しておりました。あの日からソレイユ様は、作り笑いをするようになって、自分の気持ちを何も話さないようになってしまわれて……。あの日、私がもっとソレイユ様に寄り添えていたらと、ずっとそう思っていたのです」
アネットの言葉を聞いた瞬間、ソレイユの瞳から涙が溢れだす。
――何も言えなくなった自分。
――謝れなかった後悔。
――人を傷つけてしまう恐怖。
涙と共に押し込められていた感情が湧きあがり、気付くとアネットに抱きついていた。
「アネット……アネット……大好き……」
「……私もです、ソレイユ様」
これまでのわだかまりが全て溶けていく――。
そんな多幸感の中でソレイユは思う。
――確かにレイヴンは、悪役令嬢のような立ち振る舞いをしていた。
でもそれは、ソレイユに苦言を呈する為。
自分が悪者になってでも、相手の間違いを諭そうとする気高い姿勢。
ソレイユにとってレイヴンは、誰よりも聖女らしい聖女だった。
(私は……あの方とも仲良くなりたい)
様々な乙女心を乗せ、馬車は夕暮れの街を進むのだった。




