14話 SIDE:ローランド第二王子(オカン系王子)
「勘違いするなよローランド。残念だがお前は庶出の王子だ。思い違いをしているとすぐに立場を無くすことになるぞ」
父である国王は、幼いローランドにそう警告した。
「ごめんなさいローランド。母の身分が低いせいで、貴方に苦労ばかりかけて……」
病に罹った母は、亡くなるまでそう謝り続けていた。
「周りの人達に迷惑をかけないようにしなさい。それは貴方が世間に認められるために必要な事ですよ」
教育係の先生は、授業の合間にそう教示した。
「認められたいなら役に立たないと。でなきゃクビになってしまいます」
面倒を見てくれていたお付きのメイドは、そんな持論を語っていた。
国王の血を引きながら、平民の母を持つローランド。
微妙な立場の彼は、周囲の人間から様々な意見を聞いて育ってきた。
彼らから学んだことは、自分の立場は非常に不安定で、常にわきまえた態度でいなければならないという事。
結果人に嫌われないよう、大人の顔色をうかがってばかりの子供になっていた。
他人の言葉に耳を傾け――。
他人の感情を敏感に感じ取り――。
相手が望むような人間として振る舞い――。
人に好かれるためにどんな努力も惜しまず――。
そうやって成長してきたローランド。
彼の『他人を優先し、自分の事は顧みない』という人格はこうして形成されたのだ。
そんなローランドだったが――彼に対する周囲の印象は非常に良いようだ。
「いつもニコニコと笑顔で明るい子」
「困っていたら自然に手を差し伸べてくれる」
「王族なのに下の者にも気遣いができる優しい子」
――など、城の使用人たちからは慕われ、可愛がられていた。
また官僚や貴族たちからも――
「幼いながらちゃんと己の立場をわきまえている」
「察しが良くて、何も言わずともこちらの意図を汲み取ってくれる」
「我儘で怠け者の兄と違って、賢く努力家で能力も高い」
――と噂されるほど、評判の良い王子であった。
そんな彼が10歳の時、ある一人の少女と出会った。
レイヴン・ヴァンキッシュ伯爵令嬢――。
兄であるクリフォード王太子の婚約者で、最近になって妃教育の為に王城へ通い始めたらしい。
華やかな容姿と、精霊から祝福を受けた証の黒髪を持つ少女。
聖女として愛されてしかるべきその少女は、だがいつも愁いを帯びた表情をしていた。
(どうして彼女は、いつも悲しそうなんだろう?)
その姿に『人助けしたい』という欲求が刺激されたのだろう、その日以来ローランドはレイヴンに興味を持つようになった。
ここまで興味をひかれた人間は初めてで、いつしか自然と彼女の姿を目で追うようになってゆく。
そんなある日、庭園の片隅にうずくまっているレイヴンを見かけた。
「こんにちは、レイヴンさん」
「ロ、ローランド殿下……」
顔を上げた彼女の頬に、涙の跡が残っている。
それを見た瞬間、ローランドの胸がギュッと締め付けられた。
「もしかして泣いてたの……?」
「あ、これは……何でもありません、忘れてください」
「……そうはいかないよ」
必死にごまかそうとするレイヴンを見て、同情を禁じえないローランド。
彼女を放ってはおけない――そんな親切心が湧いてくる。
「レイヴンさん、何か嫌な事でもあった? ボクに話してくれないかな?」
「いえ、本当に何でもありませんので……」
「本当に? 無理してない? 困っているなら正直に言って欲しい」
「そ、それは……」
レイヴンは迷っている様子でなかなか本心を語ってくれない。
何とかしなければと、口調に思わず熱が入るローランド
「ボクはキミの力になりたい。キミを助けたいんだ」
「わ、わたくしは……」
口ごもり逡巡するレイヴン。
悩んだ末に、ようやく彼女が何かを口にしようとした瞬間――
「おいお前達、こんなところで何をやっている!」
――そんな怒声が飛んできて、レイヴンは慌てて口を閉じる。
やってきたのはローランドの1つ上の兄、クリフォード王太子だ。
「わ、わたくしはこれで失礼します……!」
王太子の顔を見た途端、話を終わらせ逃げるように去っていくレイヴン。
唖然と見送るしかないローランドの後ろから、尊大な態度のクリフォードが歩み寄って来る。
「俺様の顔を見て逃げ出すとは、聖女のくせに情けないな、あの女」
レイヴンの背を眺めながら悪態をつくクリフォード。
その嫌な目つきが、今度はローランドに向けられた。
「貴様も何をやっていたんだ? あの女は俺様の婚約者だぞ? それを分かって手を出そうとしていたのか?」
「これは兄上、ごきげんよう。手を出すだなんてそんな。ただ彼女が落ち込んでいるようだったので、声をかけさせていただいただけです」
「あんな奴を気にする必要はない。態度がなってなかったのでキツく言ってやったらあのザマだ。それよりもローランド」
レイヴンを鼻で笑ったクリフォードが、次に矛先を向けたのはローランドだ。
「あんな女でも俺様の婚約者だ。出来損ないの王族のお前が、今後気安く近づくな。分かったな」
あまりにもの言い方だが、庶子であるローランドが王太子に言い返せるはずもない。
「承知いたしました、兄上。全て兄上の言う通りに」
泣いていたレイヴンを思い返しながら、何もできない無力な自分を自覚するローランド。
結局その日が、彼女とまともに話した最後となった。
それから6年――。
言われた通りレイヴンとは接点を持たず、城や学校などですれ違ったときに挨拶を交わす程度の間柄となっていた。
だがある日、レイヴンが兄に婚約破棄されたと聞いて、居ても立っても居られなくなり彼女に会いに行った。
そして6年前のように「私は君の力になりたいんだ」と伝える。
今度こそレイヴンを助けたい、その一心で。
だが――。
――今のわたくしの目標は自立した女性。男性の助けが無くても生きていける、そんな強い女性を目指しておりますので。
そう言って彼を拒絶したレイヴンは、あの日のようにか弱く泣くだけの少女ではなかった。
ローランドの助けなど必要ないくらい強い女性になっていた。
(いや……強くならなければいけなかったのか? あの日、私は彼女に対し何もできなかった。兄上に言われるがまま彼女から距離を置いてしまった。だから彼女は6年間、一人で戦うしかなかったのかもしれない)
ローランドの胸に、今さらながらに自責の念が押し寄せる。
(強く自立した今の彼女にとって、私はもう必要のない人間なのだろう。今さら力になりたいなんて、余計なお世話なのも分かってる。だけど……私はもう後悔したくないんだ)
婚約が破棄された以上、兄のクリフォードに気を使う必要はもうない。
これからは影ながらでも彼女を見守っていこうと決意する。
(今になってようやく分かった。きっと彼女は、俺にとって初恋だったんだ)
もし手助けができる時がきたら、今度は絶対に間違えないと心に誓うローランドだった。




