10話 かつてSNSを見てはキラキラ疲れを起こしていた自分
「私って転生してから今まで狭い世界で生きてきたからね。自分が本当にやりたい事なんて考えた事もなかったよ」
『16年間キミを見守ってきたけれど、ずっとそんな感じだったよね。だったら……そうだ!』
ポンと手を叩き、メイプルが思い付きを進言してくる。
『ねぇレイヴン、キミに前世での心残りとかはないの?』
「心残り?」
『例えば……カウンセラーとか?』
人差し指を立て、メイプルが得意げに提案する。
『キミは前世で心理学を学んで、将来はカウンセラーになるつもりだったんでしょ? そういうのをコッチの世界でやってみたいとかはないの?』
「うーん、特にないかな?」
『ないの?』
思ったのと違う返答に目を丸くするメイプル。
やれやれと言った感じで肩をすくめると、レイヴンは当時の心境を吐露する。
「だって私って、そもそもカウンセラーに憧れてたわけじゃないし。病院を就職先に選んだ動機は、心理学を学んでいったら心理士に行きついた、みたいな?」
『そ、そうなんだ……。じゃあキミは、どうして心理学を学ぼうと思ったの?』
「心理学を学んだキッカケかぁ……何だったかなぁ……」
メイプルの質問に、レイヴンの思考が過去へと飛んでいく。
「……そうだ。私が心理学を学んだのは、もしかしたら母さんのせいだったのかもしれない」
自らを深掘りしていけば、見えてきたのは母親の姿だ。
レイヴンの前世である楓の母親は、本当に善性の人だった。
自己犠牲もいとわず他人のために尽くし、それを自分の幸せに変えられる、そんな素敵な人間だった。
そんな母親の性格が、楓には正反対の人間のように感じられていた。
どうすればそんな人生を送れるのか、全く理解できなかったのだ。
「母さんをとても善良な人だと思っていたし、羨ましいと思う事もあったけど、共感できたことは一度もなかったんだよね」
自分とは違う存在の、ちっとも分からない人間がすぐ傍にいる。
それが不思議で、どういうことか知りたかった。
「きっとそんな小さな疑問が私の根底にあったから、進路を決める時に心理学を専攻したんだと思う」
『なるほど、そんな影響があったんだ』
「だから心理学は学んだけど、特にカウンセラーをやりたいとか、そういう気持ちはないかな?」
それが今のレイヴンの率直な意見だった。
「てかさ、そもそも向いてなかったんだよねぇ。私にカウンセラーなんてさ」
『そうなの?』
「研修で実際経験してみたけど散々だったよ」
就職活動当時の事をしみじみと思い出すレイヴン。
浮かぶのは苦労と失敗ばかりの記憶だ。
「だってカウンセラーって、親身になって他人の話を聞く仕事だよ? 母さんのような他人優先の性格だったら向いていたかもしれないけれど、私みたいな自己主張の強い人間には難しいって」
『そう言われたら……』
「私の場合、例えばディベートで相手を論破して、自分の意見を押し付けるような会話だったら得意なんだけどね」
『あー、分かりみが深い……』
「いや、そう簡単に分かられると遺憾みがあるけど……でもまぁ自己分析したらそうなるよね。」
メイプルの物わかりの良さに、ちょっぴり納得いかない様子のレイヴンだったが、話を続ける。
「だから私としては、異世界転生してまで心理士まがいの仕事はしたくないかな?」
『それじゃ他にやりたかったことはないの? 何か前世に未練とかさ?』
「未練ねぇ、特に思いつかないかなぁ? せいぜいが『あの漫画の続きが読みたかったなぁ』くらい?」
『うわぁ……寂しい人生だなぁ』
「し、仕方ないでしょ! 勉強が楽しくてのめり込んでて、他の事がおざなりになってたなって、今なら反省くらいはしてるけど……」
『ひとつの事にしか目がいかなくなっちゃうのは、今世も前世も変わらないんだね……』
同情の視線を送るメイプル。
『それじゃレイヴンは、前世で恋人の一人でもいなかったの?』
「いるわけないじゃん。男が寄ってくる程の美人でもなかったし、かといってこちらから積極的になれるような性格でもなかったし。だから…………って、ちょっと待って」
何かを思い立った様子のレイヴンは、ベットから飛び出し鏡台へと向かう。
覗き込んだ鏡に映っていた自分は――。
「……うん、すっごい美少女だよね?」
つややかな黒髪に整った容姿。
可愛いと言うよりはキレイ系で、将来は妖艶な美女になりそうな、その途中過程のうら若き娘。
前世だろうが今世だろうが、どのような価値観で見てもきっと絶世の美少女だろう。
「前世のパッとしない平凡な容姿とはレベルが違う。我ながらアイドルも目じゃないくらいの美人さんだよ。婚約破棄された今、これは男が放っとかないかも……」
そして……レイヴンはニヤリと笑う。
(いける……これならきっと素敵な恋ができる。前世でも今世でも縁のなかった、素敵なカレシが出来ちゃうかも。それに――)
レイヴンの妄想がどんどん広がっていく。
(前世のSNSで見た、インフルエンサーのキラキラした生活。当時の私はクソ陰キャで、キラキラ投稿を見るたびに圧倒されてたけど……。でも今の私なら、彼女たちのようなキラキラ女子になれるかもしれない)
かつてSNSを見てはキラキラ疲れを起こしていた彼女。
前世でも今世でも、心理学や妃教育といった勉強ばかりに人生を費やしていて、おおよそ女の子らしい青春は送ってこなかった。
その事を後悔しているわけではないけれど、それでも別の生き方もあったのではと、そんな風に悩むこともあったのだ。
(人も羨むキラキラな人生なんて、きっと自分みたいな性格には向いてないって思ってたし、今もそう思ってるけど……。でも婚約破棄で人生リセットされた今、いままでやってこなかった事に挑戦してみるのもいいかもしれない)
レイヴンの中で、目指すビジョンが徐々に見えてきたようだ。
「決めたよメイプル、今後の方針」
『ホントに? どんな方針?』
「ふふん、よく聞きなさい」
そして胸を張って答えるレイヴン。
「取り戻せ青春、目指せキラキラ女子! ――これが私のこれからの指標だよ」
『それ目標ってよりただのキャッチコピーじゃ……?』
「そのくらい分かりやすい方がいいの! それじゃ具体的な行動を考えていきましょうか」
ウッキウキな様子でレイヴンはこれからのプランを練り始める。
「まずは恋人探し……いいや、その前に友達作りかな? 一人でも友人を作ってボッチ脱却、一緒に買い物とかランチとか、お家に招いて女子会とかやったりして。あ-でも、この家に友達なんて呼べないよね、あの毒親に何言われるか分からないし。だったら自立が先? ヴァンキッシュ伯爵家や王家に頼ることなく、自分の力で生きていける道を探す。それと並行して友達や恋人も探しながら学生生活も謳歌するって感じかなぁ。うーん、やらなきゃいけない事がいっぱいあって目が回りそう。私ってひとつの事に打ち込むのは得意だけど、手広く色々やるってのは苦手なんだよねぇ。でもどうせやるなら全部完璧にやり遂げたいし。そのためには……まずやるべき事をノートに羅列して、それをToDoリストにまとめて……」
ブツブツと構想を呟きながら机に向かうレイヴンに、やれやれとメイプルは肩をすくめる。
『まぁでも、レイヴンが楽しそうならそれでいっか』
メイプルに優しい目で見守られながら、レイヴンは楽しそうに計画を書き連ねていくのだった。




