第5話:とあるエルフの呟き(2)
妖精が人と共に暮らし始めて早二百年。
種族間で色々あるが、同じ街の住民として妖精が居る風景はもはや当たり前になっていた。
喫茶店の店員をしているピクシー、ビルの掃除婦をしているブラウニー、着ぐるみの振りをして人間に愛想を振りまいているコボルトやホビット。
ドワーフが道路工事をしている姿も特に珍しい光景ではない。
エルフであるスレイもまた、人間に交じって生きている妖精の一人だった。
「あらスレイちゃん。待っていたわよぉ」
東京都杉並区阿佐ヶ谷付近のどこかにある家庭菜園場にスレイが訪れると、おばちゃんと呼ばれる種類の人間女性がわらわらと出迎える。
ひょんなことからこの家庭菜園場の人間達と仲良くなったスレイは、物々交換や畑の世話をしてお礼をもらうために、最近週一回のペースでここに通っている。
「これはこれは、お嬢さん方こんにちは。頼まれていたポーションが出来上がったのでお持ちしましたよ。ハッハッハ」
「お嬢さんだなんて、もう、お上手ね」
「お世辞じゃないですよ。数百年生きるエルフの感覚としては、皆さんは丁度うら若き乙女の年頃に当たりますので」
正直スレイから見ても、おばさんはおばさんだし、おばあちゃんはおばあちゃんに見えるのだが、年齢を聞くとエルフでは少女子供なのでそのように扱ったところ、彼女達のハートを鷲掴みにしてしまったようだった。
「いやん、そうなのぉ?」
すっかり髪の毛が白くなって背中の曲がった小柄なおばあちゃんが、気恥ずかしそうに頬を赤らめる。エルフの老人には見られない初々しい反応を見ると、やはりまだ幼いように感じられて心がほっこりする。
「ハイ、そうですよ。これが中富さんの欲しがっていた、若返りに効くドリンクです。人間向けに強めにしてありますから、用法用量を守って飲んでくださいね。身体が動きやすくなって背中がシャンとしますよ」
「ありがとう。お礼のお野菜とハーブ。採れたてだから美味しいわよお」
「助かります」
見るからに新鮮な夏野菜とハーブの数々にスレイは目を輝かせる。
分けてもらう手前、毎食補う程とは言わないが、オーガニックの野菜が手軽に手に入るのはとてもありがたい。
人間は機械などの文明の利器に囲まれて暮らしているせいか、畑で作れる作物のポテンシャルを全く知らないようで、貰った作物で作る人間社会を乱さない程度の調合薬でも物凄い反響が返ってくるので、こうしていると自分が高名な魔法使いや賢者になったように感じて大変気分が良い。
更にその報酬として美味しい野菜が手に入るなんて、なんて素晴らしいんだろうと感じた。
こうしていると森で暮らしていた頃に戻ったような気持ちになる。
(まあ、あの頃は人間の方から訪ねてきてくれていたものだったがな。しかし自分から訪れるというのも、慣れると悪くない)
そう考えると戻らない昔の生活を美化し、人里で暮らすことに対して随分卑屈な気持ちを抱えていたことを反省する。
それにしても、ずっと阿佐ヶ谷に暮らしていたのにどうして彼女たちと仲良くなる機会をもっと早く取れなかったのかと、自分の周囲に対する興味の薄さを惜しく思ってしまう。
何より、新聞やニュースサイトからは得られない、地元ローカルの話題を世間話という形で聞けるのも有難かった。
(最近は『自然派』なるムーブメントが活発らしいし、彼女たちの話は記事の参考にもなる)
人間と親しくなることで生まれる恩恵もあるが、だからと言ってエルフの秘められし歴史を軽率に明かしたりは、スレイはしない。見返りは調合薬で十分に返してるつもりだ。
そんな感じで人間女性達と楽しく交流し、沢山の収穫を手にして暖かな心持ちでその場を後にした。
家庭菜園からの帰り途中のこと。
アパート近所の商店街に差し掛かると、小さな人だかりが出来ている一角があるのに気が付く。
小さな人だかりというのは見たままの表現だ。
数人の子供達が何かを囲んで何かをしていた。
(風船の、束?)
スレイが立つ位置からはよく見えないが、子供達の向こうに何かのキャンペーンで配るための物と思われる風船の束が揺れていた。
その束の下に、毛玉のような小さな影が見え隠れしている。
鈴が鳴るような可愛らしい声が助けを求めていた。
「や、やめてくださぁい」
(この声質、人間のものではない……!)
そう感じた瞬間、スレイは荷物を抱えたまま声の聞こえた方に猛ダッシュする。
「こらーーーー! ガキ共、何をしている!」
「うわ、耳長お化けニンゲンだ!」
「エルフ?! 妖精だ!!」
「逃げろ!」
子供達はスレイの気迫に驚いたのか蜘蛛の子を散らすように居なくなってしまい、後には小さく丸まった毛玉のようなモノだけが残された。
「大丈夫かっ」
スレイが頭を抱える毛玉に近づくと、腕の中からマルチーズのような顔が現れて叫んだ。
「ふええええ……チックショー、ジャリガキ共が! バイト中じゃなかったらその撫でまわす手を噛みちぎってやったのに!」
「はあ?!」
毛玉のようなものはコボルトだった。さっきまで弱々しい悲鳴を上げていたコボルトは、子供達が居なくなると別人のような荒々しさで毒づいた。
その様子にさすがのスレイも面食らう。
「う……?」
スレイの存在に気が付いたコボルトは、面食らって固まっているスレイに対して気恥ずかしそうに猫を被って……いや子犬を被って「ホホホ」と笑った。
「あらーすみません。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたあ」
「……お前、人間にいじめられていたのではないのか?」
戸惑いながらスレイがそう訊ねると、コボルトは可愛らしく小首を傾げて否定した。
「あ、すいません違うんですよぉ。今のはいじめられていたわけじゃなくて、あのジャリガキ達に犬扱いされて撫でまわされて困っていたんです。駆け付けてくださったおかげで助かりました。有難うございます」
「なんだ、そうだったのか。紛らわしい声を出しおって。てっきり今流行りの、若者による妖精に対するヘイトクライム案件かと思って焦ったぞ」
近年、都市部では伝統が途絶えて自然への敬意が失われた結果、妖精を軽んじるばかりか差別され、若者によって『妖精狩り』と呼ばれる危害を加えられるケースが増えており、街で働く妖精たちは自衛を求められていた。
「そういう意味では違いますねえ、ご心配おかけしました。ともあれ、犬とコボルトの見分けも付かずに撫でまわすなんて、人間の感性は未熟ですよね。あんな幼い子達だけじゃなく、大人もやりますから」
「はあ、まあ……そうだな。彼ら人間族は我々よりも寿命がずっと短くて、幼いまま年を取っていくから、感性が鈍いのは種族特性なんだろう」
せっかく家庭菜園場の人間女性達と触れ合って心が和んでいたのに、こんなところに遭遇して一気に現実に引き戻された気分になる。
「まったくですよお。今日の風船配りがスポットの仕事じゃなかったら、怒りの余り店ごと破壊していたかもしれません」
コロコロとした小型犬の顔に似合わず、不穏な物言いをするコボルト。
「やめておけ。妖精の犯した犯罪は人間よりも重い罪が課せられる傾向にある。ともあれ、何事もなくて良かった」
コボルトを宥めながら、いじめられている妖精もいじめている人間も存在しなかったのは良かったと思った。
「ご心配ありがとうございます~」
「バイト中なのか? 人間がムカついても、気をしっかり持って頑張れよ」
何だか気が抜けたスレイは、荷物を抱えていたこともあってそれ以上コボルトに深入りせずその場を後にしようとすると、コボルトが声を掛けてきた。
「あの。助けていただいたのも何かの縁だと思いますので、ついでと言っては何ですが、賢く智慧深いエルフ様にご意見を一つ頂けたら光栄なのですが」
「ん? 何だ、私に答えられることであれば答えよう。申してみよ」
妖精仲間とは言え、久々にエルフ扱いをされた気がするスレイは、意気揚々と返事をした。
「あたし、こういう見た目だから着ぐるみの代わりとか、そういう仕事を頼まれることが多いのですが、こんな性格でしょう。いつか人間を傷つけてしまいそうで怖いんです。もう人間の街を出て野で暮らした方が良いのでしょうか?」
そう言ってコボルトは縋るような目でスレイを見つめた。
「ふむ」
通りすがりのエルフであるスレイの一挙一動に、コボルトは息を呑んで言葉を待っているようだった。
スレイは自分の腰当たりの高さから見上げてくるコボルトの子に合わせるようにしゃがみ、訊ねた。
「ところで、お前は──女か? 年頃は?」
「え! えっと、そうです女です。年齢は十七で、名前はチロルと申します」
スレイは、はつらつと自己紹介するチロルにハッとする。背丈が小さいせいでもっと幼く感じていたが、彼女はもうコボルトとしては成人らしかった。
「それは失敬。私は君と初対面だから、異種族であるコボルトの性別や年頃まで測りきれず、幼子のように接してしまった。しかし……こんな私に、そんな人生に関わる質問をしてしまって良いのか?」
「そ、それは問題ございません。高貴なるエルフ様のお言葉であればぜひ参考にしたいです……!」
「私の名前はエルフ様ではない、スレイだ。私の言葉がそんなに欲しいのなら、くれてやらんでもない」
「ス、スレイ様! お名前も聞かずに失礼いたしました」
なおも畏まるチロルに対し、スレイは優しくモフモフした頬を撫でてやると、チロルは子犬のようにキュゥンと鳴いて、たれ気味の耳を震わせた。
「犬扱いされて、腹が立つのは当然だ。コボルトの誇りが許さないだろう。だが、そこで噛みつけば、お前だけが悪者にされる。人間も、今の私達と一緒なんじゃないのか? 意思の疎通をする気がなければ見えないことはたくさんあるし、人間は感性が未熟だと自分で言っていただろう。未熟な人間のすることに、こちらまで同じ高さで腹を立てる必要はないのではないか? 歳もまだ十七? 確かにエルフだとおねしょが治っているかも怪しい年齢だが、もう立派な大人だ。百年程度で老いて死ぬ人間に振り回されていたら、これから長い人生が持たないぞ」
コボルトは成熟こそ早いが、寿命は数百年単位だ。年を経れば、人間以上の老獪さを獲得する種族でもある。新たな同族の誕生が減ったコミュニティにとって、まだ十七歳のチロルはきっと未来の希望だろう。スレイはそんな彼女に瘴気を生むようなマイナス感情を抱えて生きて欲しくは無かった。
「た、確かに! 相手を本当に未熟な存在と思っていたら、頭には来ないかもです……」
「その、人間に対する意識を改めて生きてみて、それでも辛かったら、好きに街を捨てるでもすれば良いんじゃないか? 探せば自然で暮らしたい妖精を助ける慈善団体はいくらでもあるからな。では私はこの荷物だから、失礼させてもらうぞ」
「あ、ありがとうございました。頑張ります!」
今度こそ本当に去っていくスレイの背中に、コボルトはいつまでも頭を下げて見送っていた。
あっさりと話がまとまった。エルフの自分の言葉だったから素直にああ言ってくれたのだろうと感じないでもない。
(まるで昔の自分を見ているようだ。人間に対する文句が多いのは、私も一緒だ。偉そうなことは言えないよ)
きっとあのコボルトも根は良い子だろう。わだかまりを全部捨てきれとは言わないが、共に暮らす仲間として人間と仲良くなる日がくれば良いと思った。
背中に注がれる視線を遠くしながら、スレイは家庭菜園場のことを考えていた。
人里に出たばかりの時の自分もあのコボルトのような気持ちが強かったように思う。そのせいでいくつもの、あの家庭菜園場のような出会いを逃してきたのだ。
あの人間女性達に対しても、子供扱いするのも程々にしようと思うスレイだった。
【了】




