第3話:廃城のガーディアン
こういう無機物の話ってロマンありますよね…(凡庸なコメント)
激しく金属がぶつかり合う、鋭い音が辺りに響き渡っていた。
「ぐわっ!」
次の瞬間、男の悲鳴が上がり、それに続くように恐れ慄く複数の声が森の中へ消えていく。
後に残されたのは、大型犬ほどの青い四足の異形に体を飲み込まれる男と、人間味のない、のっぺらぼうのような容姿をした人形だった。
その背後には、大きく古びた城がそびえ立っている。
彼等が立っているのは、森と城の間を流れる河に架けられた、黄ばんだ煉瓦造りの橋の上だった。
『任務完了。不許可侵入者を排除しました』
喋る口を持たぬはずの人形から女の声が響き、彼女は手にしていた大鎌に付着した血を振り払った。
彼等――彼女等は、この城の門番であり守護者だった。
「グルルル……」
青い四足の異形が男を完全に飲み込む。男を呑むためにほぼ真っ二つに割れていた身体が閉じ、普通の四足の獣のような姿へ戻った。
しかし獣といっても、その身体に毛は一本も生えていない。代わりに、不思議な紋様が刻まれていた。
それは人形も同じだった。
顔と首元、腹部には幾何学模様が描かれている。
この模様こそ、単なる無機物だった彼等に命を与え、思考し、学習する存在たらしめている源――魔力で描かれたルーンだった。
人型人形の名はロゼッタ。オートマタと呼ばれる魔導人形の女性型である。
胸元は心持ちふっくらとした造形をしており、真っ白な身体の腰には、魔力増幅と装飾を兼ねた二つの緑の宝玉が付いている。染み一つない白い裾には華やかな赤いフリルがあしらわれ、大鎌を握る腕にも袖が備えられていた。
青い犬のような異形は、正式名称をシューティングスター・メルクリウスという。長いので、メルクリウス、あるいはメルと呼ばれている。
こちらは獣型のオートマタだ。
ロゼッタは状況に応じて、その名を呼び分けていた。
『メルクリウス、その男を早く魔力源化して私に魔力を分けてください。次の襲撃がいつあるか分かりません。準備を』
「アォン」
メルクリウスは短く吠えると、身体に刻まれたルーンを輝かせた。ロゼッタに魔力を送っているのだ。
ロゼッタも身体のルーンと宝玉を輝かせ、その魔力を受け取る。
人間一体から得られる魔力は、飲み込んだ獲物にもよるが、戦闘回数に直すと大体二回分ほどだった。
そのため襲撃がある時は、出来るだけ敵を捕獲し、メルクリウスに捕食させている。
本来、魔力は城の中枢から補給されるものだった。
だが今はそれをあまり使わず、メルクリウスに搭載されている非常用魔力生成装置を頼りにしている。
そんな面倒で効率の悪い方法を取る理由は、城にあった。
今、彼等が護っている城には主がいない。
本来の魔力供給源であり、司令塔でもあるスフィアを制御する人間がいないのだ。
主を失ったスフィアは新たな魔力を補給できず、ロゼッタとメルクリウスが存在しているだけでも、残された魔力を砂時計のようにじりじりと減らしている。
戦闘時にスフィアの魔力へ頼るのは、自分達の寿命を削るに等しい行為だった。
いつだったか、主は城を離れる時に言った。
『必ず戻ってくるから、それまで城を頼む』
だから、主が戻るまでロゼッタもメルクリウスも倒れるわけにはいかなかった。
しかし、主が城を離れてそろそろ十九万日。
人間の寿命で考えれば、とうの昔にその灯火は消え失せているはずだった。
それでも主は『必ず戻る』と言った。
だからロゼッタは、その言葉を胸に日々城の守護にあたっている。
最初はロゼッタ以外にも人形近衛兵や、メルクリウスの仲間がいた。
だがスフィアの残存魔力を考え、ロゼッタは隊長機権限で自分自身と、メルクリウスの中でも一番優秀な一匹だけを残し、それ以外の個体の活動を停止させた。
どこかへ挙兵するわけでもない。この城を護るだけなら、一般人形近衛兵数百体分とも言われる自分とメルクリウスがいれば、時々やってくる不届き者程度には十分対処できる。
そう判断したのだ。
ロゼッタは一軍の長を任されるだけあり、造られたオートマタでありながら、人間と同等か、それ以上の知能と判断力を備えていた。
実際、主にこの城を任されてから現在に至るまで、この橋から先に通した者は一人もいない。
全て排除し、護りきっている。
不届き者は毎日来るわけではない。
いや、一時期は毎日、何組もの様々なパーティが引き切りなしに押し寄せてきたこともあったが、それも乗り切り、今は静かな警備の日が続いていた。
あの時はメルクリウスの非常用生成装置だけでは魔力供給が間に合わず、貴重なスフィアの魔力に手を出すのを避けられなかった。
非常に歯がゆい思いをした。
基本的にロゼッタは、橋の入口に立ちふさがるように周囲を警戒している。
ただ最近は、城に意識を向ける生体反応がない日には橋を離れ、城の中に入って主との思い出に浸ることもあった。
もちろん、念のためメルクリウスには警備を続行させているが。
主が城からいなくなるのと同時に、主の家族も、城に仕えていた召使達も消えてしまった。
一体何があったのかは知らない。
ただ、主が城を離れる時、非常に物々しかったことは憶えている。
国から派遣されたと思われる兵士達と一緒に、主のみならず奥様も、ぼっちゃまも、お嬢様も、一家全員が馬車で連れて行かれてしまった。
でも主は『必ず戻る』と言った。
だからロゼッタは、その命をスフィアの魔力が尽きようとも貫き続けるつもりだった。
だがスフィアが力を失えば、スフィアに統べられている自分達はガラクタに帰す。
それだけが問題だった。
ロゼッタはスフィアが納められている動力室を訪れると、金糸の台座に抱かれた淡い水色の球へ念じた。
(スフィアよ……一日でも長く、この城を護らせて……)
戦うための知能はあっても、目も鼻も口もなく、本来感情も持たぬはずのロゼッタ。
だが長い時を経て様々なことを学習した結果、自分でも感情ではないかと思うものを得ていた。
今スフィアに語りかけたことは、命令の順守を超えた――きっと人間でいう『願い』なのかもしれない。
メイドは勿論、庭師すらいなくなった城は、あっという間に荒れ果てた。
どの部屋も埃にまみれ、美しかった庭園は雑草だらけになった。
戦うために造られたロゼッタだったが、主を待つうちに、このままではいけないのではないかと考えるようになった。
主がいた頃の状態へ戻し、いつでも最適な姿で帰りを待つことはできないか。
華やかで美しかった頃の様子は、ロゼッタの中に鮮明にインプットされている。
それを真似てみれば良いはずだ。
そう思い始めたのは、主がいなくなって千日を超えたあたりからだった。
しかし、記憶していても実行は難しい。
特殊金属で出来た鎌は握っても、箒など握ったことのないロゼッタは、木という脆弱な材質相手の力加減が分からなかった。
作業する前に柄を握り潰し、握る力加減を覚えても振るう力を誤り、何本も箒を壊した。
何とか使いこなせるようになる頃には、倉庫にあった在庫の箒は最後の一本を残して全て失われていた。
残った最後の箒でしばらく掃除していたが、それも経年劣化で壊れてしまい、仕方なく風魔法を応用して埃を吹き飛ばすことにした。
安易な魔力消費は戦闘にも響く。
それでも主のことを思うと、何もせずにはいられなかった。
箒での失敗から、材質に合わせた力加減が必要だと学んだロゼッタは、何を触れるにも細心の注意を払うようになった。
自分達と違い、城の品々は魔力で傷を修復できない。
壊れたら、元には戻せないのだ。
食器を拭く練習は、メイド達が使っていた食器で行った。
やはり最初は掴むだけで壊してしまったが、箒の時の経験もあり、こちらは意外と早く壊さず綺麗にするコツを覚えた。
次は洗濯だった。
相手は布。今までで一番柔な材質だ。
最初に手を付けようとした時、別の城から攻めてきた多数のオートマタ兵と戦った時より緊張したのを憶えている。
どれもこれも、主の大切な持ち物だった。
出来るだけ壊すのは避けたい。
練習で雑巾を洗濯板に当てると、洗濯板が割れて雑巾は布くずになった。
こちらも魔法で片付けるしかなかった。
風呂場に水を張って布を入れ、水と風の混合術式でかき回す。手で触れることなく洗う方法を考案し、問題は解決した。
乾燥には悩んだ。
メイド達は洗濯物にノリをつけ、シワなく干していたが、ノリを付けるためには絞る必要がある。
試したが、水を含んだままではノリは全く意味を成さなかった。
しかし濡れたままなら、逆に綺麗にシワが伸びることにも気が付いた。
ロゼッタは濡れた布を竿に通し、シワを伸ばすと、メルクリウスに熱風を作らせて乾燥させた。
するとノリを付けた時と同じくらいの仕上がりになった。
家事についてのデータを全く持たないロゼッタが、これらの方法に辿り着くまでには相当な時間がかかった。
だが、魔力さえあれば老化も劣化もなく存在していられる彼等に、経年の苦は存在しなかった。
庭の手入れは刃物仕事なので一番楽だった。
そうして城は、ロゼッタの記憶に残っている姿を取り戻していった。
布など経年劣化する素材は、この長期間で朽ち果ててしまったものも多い。
それでも守れる品々は、ロゼッタが今も丁寧に管理している。
その上で、不届き者や成らず者など、許可なく城に侵入しようとする存在の排除も、今まで通り怠ることはなかった。
とある日はプレートメイルの集団。
またある日は、凄腕の魔術師を連れた混合パーティ。
見たこともない戦術や術式に苦戦する時もあったが、今のところ、ロゼッタとメルクリウスを倒せた者はいない。
しかし、そんなある日だった。
その日もいつものように護衛の任に就いていると、今まで見たこともないような貧相な装備のパーティがロゼッタの前に現れた。
人数は三人。
戦闘装備をしていると思われるのは二人で、残り一人は剣や杖どころか防具すら付けていなかった。
なんと貧弱な。
自分を馬鹿にしていると思いつつも、ロゼッタはいつものように訊ねる。
『当城に御用ですか? 御用の方は許可証をご提示ください』
許可証は、主が特殊な紙に魔術で記述した書面、あるいは主が定めた術式により判別される。
事前に来訪者へ送られる使い切りの術式だ。
ロゼッタが返事を待っていると、パーティの中から例の防具すら付けていない少年が進み出た。
平民と思われる服装をした、金髪碧眼の少年だった。
「ロゼッタ、長い間城の護衛ご苦労様だった。お前達はよく頑張った。もう、城の護衛はしなくていいぞ」
そう言って少年は、手の中から古びた指輪を差し出した。
それを見た瞬間、ロゼッタの胸はざわめいた。
紛れもなく、主が付けていた指輪だったからだ。
細かな傷は増えている。
それでも、見覚えのある傷の場所は同じだった。
『……何故、貴方がその指輪を持っているのですか? その指輪はこの城の主の物。主が簡単に手放すはずがありません。あるはずがないのです。平民風情が、貴族の城に何用です』
ロゼッタはそう言って戦闘態勢に入った。
この者は危険だ。
今までの不届き者とは違う危険さを感じる。
(主がその指輪を他人に譲渡するはずが、あるはずがないのです。何故なら……)
無言で振るわれる大鎌を、一同は寸前で避けた。
「ロゼッタ、聞いてくれ! 僕は……!」
『主に何をしたのですか。何故その指輪を持っているのですか。速やかに主へ指輪を返却し、主を城にお戻しください』
「駄目だ。アイテム見せるくらいじゃ効果がないみたいだ」
「ていうか、むしろ逆効果?」
パーティにいた剣士装備の男が剣を抜く。
魔術師らしき女性も杖を構えた。
(ふん、そんな貧弱な装備でこの私に挑もうなどとは……とんだ愚か者がいたものです)
それにしても主の指輪。
久々に見た。
いつも中指にはめられていた、一族の紋章が刻まれた特別な指輪。
それを他人が手にしているのを見た時、ロゼッタは回路がショートしそうになった。
もしかして、これが怒りだろうか。
主の持ち物に触れていいのは、主本人とご家族だけ。
こんな見窄らしい人間達が、触れたり持っていていい物ではない。
剣士がロゼッタの姿勢を崩そうと足払いを仕掛けてくる。
意外にすばしこく、剣士は足元に潜り込むと、足の先端に触れるほどまで刃を迫らせた。
『足払いのつもりですか? 通常の物理法則で直立しているわけではない私には無駄な行いです』
「ちぃっ! これ、本当に五百年前の人間が作った兵器かよ!? 俺、初訓練でも施設で一番強いオートマタに勝ってるんだけど」
「こんな物作れちゃうから、伯爵は国に目をつけられたわけでしょ? しかもこの子、五百年無敗よ。国の討伐隊すら跳ね除けてるんだから、これ作った奴は一体どんな脳ミソしてたのかしら……トニトルス・プロケッラ・ニンブス!」
呪文と共に雷撃の渦がロゼッタに迫る。
『ネブラ!』
ロゼッタは絶縁体である純水の濃霧で、雷撃の渦を打ち消した。
「ネ、ネブラでこの雷撃を防いだ?! ネブラなんて子供が覚えるような下級呪文じゃないの。それで宮廷魔術師が束になって数十年かけて開発した呪文を防ぐなんて……話に聞いていた以上すぎ!」
大鎌を避けながら、女魔術師が驚嘆の声を上げる。
確かに、来訪者が来るたび、聞いたことのない呪文や見たことのない武器は増えていた。
だが、それ以上でもそれ以下でもない。
ロゼッタは今もこうして戦っている。
一度も負けてはいない。
負ける時は、ロゼッタもメルクリウスも破壊される時だから。
でも――そう、十九万日を年月に直せば五百年。
主はもう五百年もこの城に戻ってきていない。
奥様も、お子様も。
普通に考えれば何代も代替わりしている。常識的に考えて、主はもう生きてはいまい。
(でも、私に主から課せられた命令は、あの日のまま変わりはしない)
城を護らねば。
主が帰るまで、護り通さねばならない。
『メル!』
「ガアゥ!」
ロゼッタの背後に控えていたメルクリウスが跳躍する。
その速さは正式名称であるシューティングスター――蒼き流星そのものだ。
メルクリウスは剣士に狙いを定めると、身体を大きな顎のように割れさせ、鋭い牙で食らいつこうとした。
しかしその目の前に金髪の少年が現れて手をかざすと、メルクリウスは獣形態に戻って地面に着地してしまった。
『……?!』
目の前で起こった光景が理解できず、ロゼッタは混乱する。
メルクリウスが攻撃を止めた。
あの少年を避けた。
何故。
「おー。流石」
「……自分でも半信半疑でしたが、本物みたいですね」
剣士と少年がそんな会話を交わしている。
何を、呑気に語っている。
新しい魔術でも開発されたのだろうか。
メルクリウスの魔術回路に干渉でもしたのだろうか。
これは今までにない事態だ。
か弱い非戦闘民と侮っていた子供に、こんな能力があるなんて。
どうやら、あの少年を先に片付けた方が良さそうだ。
ロゼッタは鎌を構え直すと、少年に向かって突進し、薙ぎ払おうとした。
普通の少年が、百戦錬磨のロゼッタの攻撃を避けきれるはずもない。
少年の表情が恐怖に染まる。
だが次の瞬間、本当に驚愕していたのはロゼッタの方だった。
今頃大鎌は少年を真っ二つにしているはずだった。
なのに大鎌は、少年の身体五センチほど手前でピタリと止まっていた。
『どうして……どうして、メルの攻撃も私の攻撃も、何もされていないのに遮られてしまうのですか』
驚き戸惑うロゼッタのもとへ、少年が再び近寄ってくる。
「ロゼッタ……」
『いや、来ないで。貴方は一体、私達に何をしたのですか? 時代の進歩はもう、私達を追い越してしまったということですか? 魔術回路に干渉……?!』
時は既に五百年も経っている。
いかにロゼッタが高性能とはいえ、魔術回路で動いている限り、更なる新技術は生まれる。
そういうことなのだろうか。
「違うんだ、ロゼッタ」
鎌を手にしたまま、ロゼッタは後ずさる。
(ハッ……私が、後ずさっている? 怯んでいる? 恐怖しているというの?)
これが、恐怖?
いや、でも違う。
少年から、何だか懐かしい空気が発せられていることに気が付いた。
少年はいとも簡単に動けない大鎌を掻い潜り、ロゼッタの懐に潜り込むと、ふっと微笑む。
鼻先という近距離で見る少年の顔。
金髪と青い目に、ふと既視感を覚える。
――ロゼッタ。
(ご主人、様……)
少年は自分の中指に、最初に見せてきた主の指輪をはめ、ロゼッタをそっと抱きしめた。
「よく頑張ったね。五百年……お前の話は一族の口伝で聞いていた。しかしご先祖様が処刑され、何とか生き延びた我が一族は、彼の血と成果を守るために存在を隠さなくちゃいけなかったんだ。だから、迎えに来るのが遅れてごめんね……ずっと寂しかっただろう。一人で城を護り続けて……でも、もういいんだよ。当時は傾国と恐れられたご先祖様の研究も、今じゃ常識。我が一族ももう隠れ住む必要がなくなったんだ。だからやっと来られた。ロゼッタ、本当にお疲れ様……」
そう言って少年は、ロゼッタを抱きしめながら、指輪の刻印を首の後ろに押し付けた。
その瞬間、大鎌が落ちた。
魔術で直立していたロゼッタの身体が、繋ぎ止められていた腕が、地面にガラガラと崩れ落ちる。
(ああ……この少年は、ご主人様の……)
身体は壊れているのに、途轍もない安心感と安堵が満ちていく。
少年の持ってきた指輪は、ロゼッタ達を統べるスフィアを操るための鍵だった。
それも、ロゼッタを作った一族の人間にしか扱えない特殊な代物だ。
少年は指輪の力を使い、ロゼッタとスフィアの繋がりを絶ったのだ。
だから通常の物理法則を無視して動いていたロゼッタの身体は崩れ落ちた。
メルクリウスも蹲ったまま動く様子がない。
『貴方は、ご主人様の……子孫、なのですね……』
だから攻撃できなかった。
ロゼッタ達オートマタには、起動と同時に、事故であっても持ち主やその類縁に危害が及ばないよう安全装置が課せられているからだ。
「そうだよ。ご先祖様から数えて、大体八代目か十代目くらいで、もう平民だけど当主だよ」
『当主……じゃあ、ご主人様……ああ……私のご主人様なのですね?』
崩れ落ちた状態のまま、ロゼッタは訊ねる。
「そういうことになるね」
『ご主人様……そう、わかりました……お待ちしておりました。ずっと、ずっと……』
スフィアとの繋がりを絶たれ、意識が薄れていく。
掠れる視界に映る少年が、いつの間にか、城を離れた時の主の姿に変わっていた。
それと同時に、様々な思い出が走馬灯のように回路を走る。
――ロゼッタ、これは嫁さんに秘密なんだけどな。絶対秘密だぞ? お前の名前、実は初恋の女の子から取ったんだよ。
そう言って、子供のように笑っていた彼の姿を思い出す。
――ロゼッタ、プロトタイプの素体姿のままじゃ寂しいから、新しい身体を用意したぞ。ちゃんと女の子らしい、ドレスのついた身体だ。
そう言って与えられたのが、今の身体。
――ロゼッタ、新しいのをいくつ作っても、お前以上の出来の物が出来ないんだ。やはり最初に精魂込めて作った物は違うということだな。お前は俺の特別だ。
『特別』
そう言われて、とても誇らしかった。
そう言ってくれる主を護り通したいと思ったし、『必ず帰る』という言葉も信じた。
そしてその言葉は、嘘ではなかった。
『お帰りなさい、ご主人、様……』
ロゼッタはその言葉を最後に活動を停止した。
こうして、一時は国を揺るがすほどの力を持った魔術師の城を五百年に渡って守り続けた守護者の役目は終わった。
待ち望んでいた主人の帰還をもって、任務終了。
沈黙したロゼッタを、少年は寂しげに見下ろした。
「ロゼッタ……」
立ち尽くす少年の背後から、剣士がやってきて一言。
「顔無しか。これじゃ何考えてるかさっぱりだな。お前のご先祖、やっぱ国に狙われるだけあって趣味が分からん」
そこに女魔術師もやってきて、剣士に言った。
「そうかしら? これだけ特殊なルーンを描くなら、普通の人間の顔みたいな凹凸は邪魔だったんじゃない? それにこの子、すっごく愛されてた気がするわ。戦闘用なのに、こんなに可愛いドレスを着せてもらってるし。むしろこの表情の無さが、どういう風にも見えて、逆に表情豊かだと思うわ。そこのところどうなの? “ご主人様”?」
そう言って、二人は少年を見た。
「……分かりません。ご先祖様は妻や子供を逃がすので精一杯だったとしか。しかし、僕の先祖がこんなモノを作ってしまうような大魔術師だったなんて、未だに信じられないです。貴方達が来るまで、僕等が本当にそんな大層な血筋だという自覚すらありませんでした。この指輪も、あと三日来るのが遅れていたら、苦しい生活のために質に入るところでした。一緒にここに来たのも駄目元で、上手くいって生活の足しになれば良いくらいに思っていましたが……貴方達が来てくれて良かった。ロゼッタを、メルクリウスを、先祖の命令という呪縛から解放してあげられたから。詳しいことは知らないはずなのに、この人形達が本当にご先祖様の帰りを待っていたのは、すごく伝わってきました。多分、この指輪と僕に流れる血のせいでしょう」
「そうか……」
剣士が神妙な表情で答える。
「で、ところで!」
女魔術師がにっこり笑って、二人の肩を叩く。
「何だ?」
「何ですか?」
「んふふー。ここに来た本当の目的、忘れてない? 五百年護られ続けてきた大魔術師のお城の探索のお時間ですよ!」
「ああ、そうだったな。大魔術師の城なら、価値のありそうな物がきっとゴロゴロしてるぞ! 喜べ、君も貧乏脱出だ。むしろ一城の主にもなれるぞ?」
「こ、こんな大きなお城、うちじゃ維持費が出せませんよ! 僕は何か思い出になりそうなモノが手に入れば……あ、僕はとりあえずロゼッタとロゼッタを動かす装置を持って帰ります。こんな凄いオートマタ、誰も持ってませんし、ロゼッタもきっと喜ぶ気がします」
「ふーん。優しいのね。確かに凄いと思うけど、すっごい魔力食いそう。君って魔術訓練受けてたっけ?」
「受けてませんが、ロゼッタを動かすために必要なら頑張ってみようかな? メルクリウスも一緒にね」
そう言って少年は微笑んだ。
そして三人は城の中へと向かっていく。
彼等が本当に驚くのは、これから。
ロゼッタが護り通したのは主の命令だけではなかったことを、目の当たりにするのだ。
【了】




