(19)月影交錯
ルシウスの重厚な挨拶が終わると、アリーナ全体が拍手と歓声に包まれた。けど、俺はその盛り上がりとは裏腹に、なんだか落ち着かない感覚に囚われていた。何かが引っかかる――けど、はっきりとは言えない。
そんな考えに浸る間もなく、アヤカが俺の背中をポンッと叩いた。
「ほら、次はルナちゃんと同じルナフロント出身の解説者だってさ!」
「ん?あ、マジか……」
虚数次元のことを考えていたせいで、完全に意識が飛んでた。慌ててスクリーンを見ると、そこに映し出されたのはセレナ・ラグランジュ――月面評議会の文化交流担当官。
白いスーツに身を包み、艶やかな黒髪を後ろでまとめた姿は、まさに月面都市 ルナフロント そのものって感じだった。余計なものが一切ないシンプルな装いなのに、どこか洗練されていて、まるで高級なガラス細工みたいに隙がない。
「ご挨拶申し上げます。私は月面評議会のセレナ・ラグランジュ。この度、世界大会の解説を担当させていただきます。」
透き通るような声がアリーナに響く。そのトーンは抑揚を控えめにしながらも、不思議と耳に残る。威厳があって、強くて、けどどこか冷たい――そんな感じだ。
「ムーンギアバトルは、単なる競技ではありません。」
スクリーン越しにセレナの視線が観客席をゆっくりと巡る。その動作ひとつで、ざわついていた会場がシンと静まり返った。
「ここで繰り広げられるのは、地球と月の技術が共鳴し、未来を照らす灯台となるものです。」
…すげぇな。なんか、言葉に重みがある。詩を朗読してるみたいな喋り方だけど、不思議と説得力がある。こういう話し方って、どうやったらできるんだろう。
次の瞬間、スクリーンには各国代表のムーンギアが映し出された。まずはドイツ代表機。セレナはそれを見て、流れるように解説を始める。
「こちらはドイツ代表の機体です。その精密な動きと制御技術は非常に洗練されています。しかし、注目すべきは、その基盤となる技術が月面開発の知見に基づいている点です。」
…なるほど。って、ん? なんか、ちょっと引っかかるな。
一見、中立的な解説に聞こえるけど、よく考えたら「月の技術がなきゃ成り立たない」って言ってるようなもんじゃないか?やんわりとだけど、地球側の技術力を否定してる気がする。
次にスクリーンに映し出されたのは――ロードラスト。俺の機体だ。
すると、セレナはわずかに微笑んで、こんな言葉を口にした。
「ジャンクから復活させたと噂のロードラスト。この機体に搭載されたスラスター制御技術や軽量化の工夫は、地球側技術者たちの創意工夫の結晶です。」
一瞬、「おっ」と思った。でも、なんだろう。この言葉、素直に喜べない。確かに褒めてはいる。けど――「地球はがんばってるね」っていう、上から目線が透けて見える。まるで、「どれだけ努力しても、月の技術には届かない」と言わんばかりの言い方だ。胸の奥に、じわじわと熱がこみ上げてくる。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、セレナは言葉を区切り、少し意味深な笑みを浮かべた。
「ムーンギアバトルは、これで終わりではありません。」
会場がざわつく。
「我々月面評議会は、世界大会の後、ルナフロントにて大会を主催する予定です。そして今回の大会で三位以内に入賞された皆様には、次回大会への参戦権とともに、ルナフロントへの居住権 が贈られます。皆様、この世界の戦いを見届けた後は、月でお会いしましょう。」
その瞬間、観客席が爆発したみたいに盛り上がる。
「ついに、月に行ける時代か!」
「絶対に三位以内に入ってやる!」
「月なんかに負けてたまるか!」
世界中の言語が飛び交い、リアルタイム翻訳が追いついてない。熱狂と歓喜と闘志が入り混じった、すさまじいエネルギーが渦巻いていた。
セレナ・ラグランジュ――。
この人の言葉には、月の野心が巧妙に織り込まれてる。俺は無意識に拳を握りしめた。知らないうちに、俺たちは月が描いた舞台の上に立たされてるのかもしれない。
でも、それでも――。
俺たちが、俺たち自身の力で、この未来を証明してやる。
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