(14)星環彷徨
ドイツチームからの挑発をなんとかやり過ごし、俺たちは宇宙ステーションの広大な廊下を進んでいた。この施設のデザインはどこを見ても近未来的で、思わず足を止めてしまう。艶やかな金属の壁面に走る光のラインは柔らかく脈動し、床には足音を吸収する特殊な素材が使われているらしく、歩くたびにほとんど音がしない。そのせいか、周囲の静けさが際立ち、耳が変に敏感になる。
「…広すぎるだろ、ここ。」
呟きながら見上げると、天井には無数のホログラムパネルが浮かんでいる。そこにはステーション内の案内や広告が映し出されていた。どれも英語やフランス語、中国語などの多言語対応で、俺たちのARデバイスにも自動翻訳された情報が次々と表示される。
「迷ったらどうするんだ、こんなとこで。」
俺が半ばぼやくように言うと、隣のアヤカがニヤリと笑った。「心配いらないでしょ。ほら、そこにガイドロボットもいるじゃん。」
指さした先には、小型の球体ロボットが漂いながら、通路の端に立つ観光客らしきグループに何かを説明している。
「便利すぎるな。」
俺は感心しつつも、どこか非現実的なこの光景に違和感を覚えずにはいられなかった。
しばらく進むと、「月面物産展」と書かれたホログラム看板が視界に飛び込んできた。その文字は日本語訳とともにARデバイスに表示され、思わず苦笑する。いや、直訳すぎるだろ。もっとかっこいい名前を付けられなかったのか?
しかし、看板を超えて展示スペースに足を踏み入れると、その印象はガラリと変わった。広いスペースには、月の地表から掘り出されたという鉱石が整然と並べられている。その表面は光を受けてキラキラと輝き、まるで小さな星を閉じ込めたようだ。さらに奥には、奇抜なデザインのパッケージに包まれた食品がずらりと並び、「月から来ました」と主張するかのように存在感を放っている。
「これ、ほんとに全部月から持ってきたのかな?」
隣でアヤカが呟く。その目は興味津々で、ガラスケースに顔を近づけて中を覗き込んでいる。
「全部じゃないにしても、ルナフロントの名産品なんだろ。」
俺はそう言いながら、ふと隣にいるルナに目を向けた。彼女は誇らしげな笑みを浮かべながら、展示品を一つ一つ丁寧に見つめている。その表情から、この物産展が彼女にとってどれほど特別なものかが伝わってくる。
「これはルナリウム鉱石。月面では採掘が盛んだけど、こうして地球近くで見られるのは珍しいわね。」
ルナがガラスケースの鉱石を指差して説明する。その声は静かだが、自分の故郷について語る誇りが滲み出ていた。
物産展を後にしてさらに進むと、通路のライトが徐々に茜色に変わり始めた。それまでの冷たい白色光が温かみを帯びた色へと変化し、ステーション全体が落ち着いた雰囲気に包まれる。
「宇宙に朝昼晩があるって、相変わらず慣れないな。」
思わず漏れた俺の言葉に、少し前を歩いていたルナが振り返る。
「人間の体内時計に合わせてライトや気温を調整している仕組みです。地球に戻った時に違和感を覚えないよう、四季の再現まであるそうですよ。」
彼女の説明に、俺はただ「すげえ」と感嘆するしかなかった。こんな宇宙のど真ん中で、地球の生活リズムを再現する――その技術力に圧倒される。
「でも、それだけじゃないよね。」
アヤカが天井を見上げながら言う。「こういう演出があるだけで、なんか気分が違うっていうかさ。地球が恋しくならないようにしてるんじゃない?」
その言葉に、俺はふと足を止めた。確かにこの環境はどこか地球の延長のように感じさせる。だけど、それと同時に「ここは地球じゃない」という異質さを際立たせてもいる。この空間は、ただ便利なだけの場所じゃない。俺たちを包み込みながらも、試しているような気さえした。
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