(34)月輪覚醒
月面に広がる未来都市、その無数の光が夜を切り裂き、天空の虚無へと投じられる。都市の中心に屹立するのは、ルナヴァルド社本社ビル。その外壁は黒曜石のごとく鈍く光り、頂点へと伸びる姿はまるで月面にそびえる塔。人類の進化を象徴するその巨躯は、まさに現代文明の王座であった。
そして、最上階。
そこは、世界の未来を操る決断が下される聖域。執務室に満ちるのは、重厚な静寂。唯一、卓上ディスプレイの冷たい輝きだけが、薄暗い空間に無機質な光を投じている。その光は静かに脈動しながら、新たな局面へと向かう戦場の裏側を映し出していた。
「ゼファー様とルナ様、共に世界大会への進出が決定いたしました。」
秘書ヴァイオレットの落ち着いた声が、静寂を破る。だが、その声の裏には、張り詰めた緊張が滲んでいた。
「ルミナスフローラに関してですが、リミッターを解除し、ゼファー様のソレイユヴァンガードに匹敵する出力を発揮したとの報告が入っております。」
「リミッター解除…」
低く、鋭い呟き。
ルシウス・ヴァルドがその言葉を繰り返す。それは単なる疑問ではなく、すでに全てを見通している者の確信に満ちた響きだった。
「はい。」
ヴァイオレットは静かに続ける。
「次元歪曲を伴う動作も記録されております。既存のムーンギアの枠を超えた力を発揮し、通常の物理法則を逸脱する挙動が確認されました。」
「ほう…」
ルシウスの目が微かに細められる。その表情からは、読み取れる感情が一切ない。それが満足なのか、それとも新たな計算の始まりなのか。この場で推し量れる者はいない。
「娘には、有能な協力者がいるということか。」
淡々とした言葉の奥に、わずかな興味の色が交じる。
「過去に亡命した研究者の関与が疑われます。」
ヴァイオレットの報告は冷徹であり、正確だった。その事実を、すでにルシウスは理解していたかのように、微かに口角を持ち上げる。
「なるほど…」
彼の唇から漏れた言葉は、静かに宙に溶けていく。
ヴァイオレットは次の報告へと移る。
「テロ事件を引き起こしたネザーファングですが、暴走したロードラストにより鎮圧されました。突如、想定外のエネルギー出力を記録し、テロ機体のルナドライブを完全に破壊、爆発に至ったとのことです。」
「暴走、か。」
ルシウスの目がディスプレイに向けられる。
静かな声の中に、微かに愉悦が混じる。
「間違いありません。」
ヴァイオレットが冷静に続ける。
「ロードラストは、かつて開発されながらも廃棄された次世代ルナドライブ試験機であることが確認されました。」
「ふふ…」
ルシウスの声に、確かな意図が宿る。彼の指が卓上のディスプレイを軽くなぞる。その動きは、次なる一手を思案する支配者の所作に等しい。
「このまま放置するのは危険かと存じます。」
ヴァイオレットが静かに進言する。
「ルナドライブの製造元としての権限を行使し、速やかに回収を――」
しかし、ルシウスは緩やかに首を振った。
「危険性があるからこそ、そこに価値がある。」
ヴァイオレットは微かに眉をひそめる。
しかし、すぐにその表情を整え、沈黙のまま彼の次の言葉を待った。
「世界大会で、新たな可能性を見せてもらおう。」
その言葉には、支配者の確信と、未来を制する者の余裕が滲んでいた。
ヴァイオレットが一礼し、静かに部屋を後にする。
扉が閉まる音すら、重厚な静寂に飲み込まれる。
ルシウスは再びディスプレイを見つめた。
赤黒い光を纏ったロードラスト。
青白く輝くルミナスフローラ。
それは、単なるムーンギアではない。
これは、ルシウス・ヴァルドが長年追い求めてきた「可能性」そのもの。
彼の口元がわずかに微笑の形を取る。
「未来は、未知の扉の先にある。」
低く、荘厳な声が執務室に響く。
「その扉を開く鍵を持つのは――私だ。」
まるで宇宙そのものに語りかけるかのようなその言葉は、静かに響き渡り、やがて闇へと溶けていった。
──
第二章『双月の覚醒機』閉幕
次なる戦場は、宇宙ステーション
黒銀の機体が動き出し、無慈悲な正義が闇を貫く。
──
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