(18)月影冷視
蒼く輝く地球が、透明な天井越しに静かに浮かぶ。
月面都市の冷たい空間の中、その景色はあまりに美しく、そして遠い。
広大な執務室は無駄のない設計が施され、まるで都市そのものの理想を体現しているかのようだった。中央のデスクに座るのは、この都市を統べる男、ルシウス・ヴァルド。
彼の視線は、ホログラムに映し出されたロードラストの映像を捉えたまま、微動だにしない。映像では、機体が巨大なドリルを振り下ろし、戦場を切り裂いていく。
無機質な表情の奥に宿るのは、冷徹な意志と鋭い計算。
「ルナ様が日本の全国大会に進むことが確定しました。また、タッグを組んでいた機体――ロードラストについても詳細なデータを収集済みです。」
静かに報告するのは、ヴァイオレット。
彼女は冷徹な視線をホログラムに向け、淡々と事実を述べていく。
「この機体ですが――」
一瞬、言葉を選ぶように間を置き、続けた。
「…通常の採掘用ムーンギアとは明らかに異なる挙動を示しています。解析の結果、廃棄予定だった試作機が何者かによって横流しされ、地球へ渡った可能性が浮上しました。」
短く響く音。ルシウスがデスクを軽く指で叩いた。
「試作機か。」
その一言に込められた冷たい興味が、場の空気をさらに張り詰めさせる。
ヴァイオレットは新たな映像をホログラムに映し出した。
月面の深部掘削実験――
そこに映るのは、制御不能に陥った試作機の暴走だった。巨体が荒れ狂い、岩盤や機器を次々と粉砕していく。それは単なる作業機械の域を超えた、破壊の権化だった。
「この機体は月の深部掘削用に設計され、次世代ルナドライブを搭載しています。 しかし、暴走リスクが判明し、プロジェクトは凍結。試作機は一機のみの製造で打ち切りとなっています。」
ヴァイオレットの声は揺らがない。
「横流しを行った関係者は既に特定済みです。必要であれば、処分も可能です。」
その冷酷な提案に対し、ルシウスは微かに笑みを浮かべた。その笑みは不気味でありながら、支配者としての余裕を感じさせるものだった。
「処分など不要だ。」
ヴァイオレットの指が止まる。彼女はすぐに表情を引き締め、次の言葉を待った。
「予定調和だけでは、つまらない。」
ルシウスの声には冷静な自信と、冷酷な野心が宿っていた。
「この機体の出場は、娘を見つけるきっかけとなり、次世代ルナドライブのデータも手に入る。祝福すべきことだ。」
それは計算し尽くされた策略の言葉だった。
ヴァイオレットが冷静にホログラムを操作しながら続ける。
「さらに報告です。ゼファー様がスポンサー枠を行使し、ルナ様の全国大会への参戦を決定されました。」
ルシウスの唇がわずかに弧を描く。
その笑みには、冷酷な意図が滲んでいた。
「ゼファーが…」
低く抑えられた声。その背後には計り知れない思惑が渦巻いている。
「妹への躾でも試みるつもりか。それとも、自らの力を誇示するためか。」
皮肉と支配者の確信が入り混じった声だった。
「どちらにせよ、興味深い。後継者としてふさわしいのはどちらか――この場を借りて決めさせてもらおう。」
執務室が再び静寂に包まれる。しかし、その静けさは平穏ではなく、嵐の前の静けさだった。
ルシウスはゆっくりと立ち上がる。背後に広がる透明な天井から、蒼く輝く地球が静かに見下ろしていた。美しく穏やかなその光景は、彼の頭の中に描かれる混沌と秩序の狭間を映しているかのようだった。
「進め。」
低く冷徹な声が執務室に響く。その命令は、月面都市の運命すら左右するほどの力を秘めていた。
「結果を示せ。」
静寂を切り裂くその一言。ホログラムに映る未来の戦場が、今まさに彼の計画の輪郭を描き出しつつあった。
すべては、計画された未来へと収束する。
嵐の中心に立つのは、ルシウス・ヴァルド。
その存在は、月面都市を覆う冷徹な影そのものだった。
──
第一章『蒼白の月影機』閉幕
次なる戦場は、旭川・大雪山
蒼白のルナリウムが輝き、次元を揺るがす。
──
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