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鋼月の軌跡  作者: チョコレ
第三章 黒銀の断罪機
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(43)月宙黎明

 世界大会が終わり、宇宙アリーナの喧騒も徐々に落ち着きを取り戻していた。各国のチームが帰国の準備を進める中、俺たちはまだアリーナ内に残っていた。


 周囲では、互いに健闘を称え合いながら、お土産を交換する選手たちの姿があった。彼らの明るい笑い声が響く中、俺は肩を落とした。


「やべえ…日本から何も持ってきてねえ。」


 ぽつりと呟いた俺に、アヤカがくすっと笑いながら肩を叩いてきた。


「じゃあさ、次の月面大会では、日本からみんなをびっくりさせるようなものを持って行こうよ!ね、ルナちゃん、何かいいアイデアない?」


 アヤカらしい、どこまでも前向きな提案に、俺は少しだけ気が楽になった。でも、その穏やかな空気は、一瞬で張り詰めたものへと変わった。


 足音が響いた。


 振り返ると、そこにいたのは月面評議会のセレナ・ラグランジュ。まるで月そのものが歩いてきたかのような威圧感。その存在だけで、周囲のざわめきが遠のいていくように感じた。実際に静かになったわけじゃない。けれど、それほどまでに彼女の持つ空気は異質だった。


 完璧な立ち姿、寸分の隙もない歩み。そして、何より――鋭すぎる瞳。


 俺は思わず息を呑んだ。まるで心の奥まで覗き込まれるような錯覚に陥る。この人、何を考えているのか分からないのに、すべて見透かされている気がする。


「テロとの戦闘……拝見させてもらったわ。」


 静かでありながら、場を完全に支配する声。その響きには確かに称賛が滲んでいた。だが、それだけじゃない。ただの賛辞ではない。そこには、冷徹な評価と、隠しきれない興味が混じっていた。


「特に印象的だったのは、バスターディガー改のオーバードライブモード。破壊力と大胆さ――どちらも見事だったわ。」


 アヤカが自信満々に胸を張る。「へへん!どんなもんよ!」と誇らしげに笑ったが、その直後、俺はゾクリとした。


 セレナは微笑んでいた。だが、それは温かいものではない。冷静に観察し、分析する者の微笑みだった。


「けれど…地球側がこんな技術を持ち込めるとは、正直、驚いたわ。」


 そう言いながら、彼女の視線が俺に向けられる。その瞬間、まるで心臓を素手で握られたような感覚が走った。


「おそらく、月の技術者があなたたちを支えているのでしょうね。そう――ルナヴァルド社を去った月の亡命者、というところかしら?」


 思わず息を呑んだ。


 何気ない言葉のように聞こえる。だが、その一言一言が、鋭利なナイフのように核心を抉ってくる。俺たちの動揺を、試すように――いや、確かめるように、彼女の目は鋭く光っていた。


 何も答えられない。口を開けば、余計なことまで言ってしまいそうだった。


 俺たちの沈黙を確認すると、セレナは淡々と続けた。その表情には、微かな満足すら滲んでいるように見えた。


「これまで、月面大会で地球側が入賞したことは一度もない。それは、技術の差――越えられない壁を示していた。」


 言葉の一つひとつが、鋭い刃のように突き刺さる。


「ルミナスフローラも、確かに優れた機体よ。故レイラ氏が手掛けた白銀の名機。その魂は今も受け継がれている…けれど、基幹が旧型のままでは、どれほど武装を強化しようと、装甲を改めようと、リミッターを解除しようと、超えられない壁がある。もし今回、テロの乱入がなかったとしたら? そのままアメリカと戦っていたなら…残念ながら、勝機はなかったでしょう。」


 グサッと胸の奥に突き刺さる。


 正論すぎて、言い返せない。実際、俺たちがベストエイトに残れたのは、運が大きく左右した結果だった。実力だけでここにいるとは、とても言えない。


 ルナの顔色がわずかに曇る。これまでずっと戦いを共にしてきた母の機体を、冷徹に否定されたのだから無理もない。俺ですら悔しいんだ、ルナにとってはなおさらだろう。


 でも――その次の瞬間。セレナの瞳に、微かに光が宿る。


「それでも…私はあなたたちに期待しているの。」


 え?

 思わず、息をのむ。


「月面大会は、ただの競技の場ではない。人類が新たなフロンティアへ進むための象徴…そこにおいて、地球側が何を成し遂げられるか。それを見届けるのが、私たち月面評議会の役割でもある。」


 彼女の視線は、遠くを見据えているようだった。その瞳には、何か大きな使命感が宿っているように見えた。


「ルナフロントは、人類の未来が交差する場所。そこに立つ資格があるかどうかを――あなたたちには証明してもらいたいの。」


 そして、最後に静かに微笑んだ。


「ルナフロントで待っているわ。新しい時代の幕を開ける場所で。」


 そう言い残し、彼女は踵を返した。歩き去る背中からは、月を背負う者の孤高さが滲んでいた。


 俺たちは、その場で立ち尽くすしかなかった。彼女が残した言葉が、胸の奥でずっと響き続けていた。

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@chocola_carlyle

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