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鋼月の軌跡  作者: チョコレ
第三章 黒銀の断罪機
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(28)正義動揺

 試合が終わった直後の控室は、まだ戦いの熱が残っていた。空調が効いているはずなのに、微かな熱気が肌にまとわりつく。大型モニターには「WINNER JAPAN」の文字がくっきりと浮かび上がっている。俺たちは、確かに勝ったのだ。


 ブラジル戦は激戦だった。いや、ギリギリだったと言ったほうが正しい。 試合中はただ夢中で戦っていたけれど、今振り返ると、あの怒涛の攻撃を耐え凌ぎ、最後のカウンターで決めたのはまさに紙一重の勝利だった。


 アヤカが大きく息を吐きながら、椅子に深く腰を下ろし、頭をかきむしる。

「はー…本当に危なかったね。ブラジルのあのスピード、反則級でしょ。」


 思わず苦笑する。確かに、ブラジルの機体は速かった。反応速度も機動力も桁違いで、何度も背後を取られた。もし最後のカウンターが決まっていなかったら、勝敗はどうなっていたかわからない。


 「でも、最後のカウンターはお見事でした。」

 ルナが微笑みながら冷静に言う。その額には汗が滲んでいるけれど、彼女の表情に動揺はない。試合後とは思えないほど落ち着いていて、こういうところがルナらしい。


 俺は水を一口飲んで、胸の内を整えるように深呼吸をした。

「確かに。途中で完全に押されてたけど、なんとか持ち直したな。でも次はもっと慎重にいかないと…」


 口には出せないけれど、俺の頭をよぎるのはロードラストのことだ。装甲や武装を御影が整えてくれても、それだけでは限界が来るのは明白だ。暴走させるリスクを負ってまで戦うべきなのか?いや、それしか道がないのか――。


 そんな思考を断ち切るように、控室の扉が音もなく開いた。そこに現れたのは――ゼファー。白地に金の刺繍が施されたルナヴァルド社の公式ジャケットを身にまとい、堂々たる雰囲気で立っている。その後ろには、氷のような目をした付き人の女性二人。あの嫌味と皮肉の達人たちだ。


「お前たちも、ベストエイトに残ったか。」

 ゼファーの低く響く声。その口元に、一瞬だけ笑みが浮かんだように見えた。


「いったい何の用よ?またルナちゃんを叱りに来たっていうの?」

 アヤカがすかさず突っかかる。彼女らしい態度だ。


 だが、ゼファーはそれを受け流し、穏やかに口を開いた。

「いや、今日は礼を言いに来た。日本の全国大会のことだ。あの時、お前たちがあの混乱に立ち向かってくれたおかげで、私たちは無事だった。アイリスやエレスティの機体が破壊され、私のソレイユヴァンガードも危機に瀕していた。お前たちがいなければ、私はここにいなかっただろう。」


 その言葉に、俺たちは一瞬言葉を失った。ゼファーがこんな風に感謝を述べるなんて、想像もしていなかったからだ。


「…当然のことをしただけです。」

 ようやく絞り出した声が、自分でも驚くほど弱々しかった。


 ゼファーは軽く肩をすくめる。

「謙虚なのは結構だが、勇気と力がなければ、ここにはいなかった。そのことを忘れるな。」

 その目には誠意が宿っていた。だが、その余韻を壊すように付き人の一人が冷笑を浮かべて言った。


「まあ、確かにあの状況で立ち向かったのは勇気があると認めるべきでしょうね。ただし、次の試合ではそれだけでは足りないわ。」


 さらにもう一人が言葉を重ねる。

「そうよ。次の相手は昨年、世界大会で優勝を飾ったアメリカ。あなたたちの勇気がどこまで通用するのか、楽しみにしているわ。」


 アヤカが立ち上がろうとする。

「あんたたち、いい加減に――」


 その怒りを、ルナが軽く手を上げて制した。

「お兄様、私はこの世界大会で勝ち、月に戻ります。そして父を――止めてみせます。」


 彼女の言葉には確固たる決意が込められていた。だが、それを受けたゼファーの反応は意外なほど静かだった。


「まだそんなことを言うのか。」

 ゼファーの瞳が僅かに細まる。彼の表情には、諭そうとする冷静さと、どこか哀しみを感じさせる影があった。


「ルナ、お前は本当に父の言葉を理解しているのか?」

 彼の問いは、鋭い刃のようにその場の空気を切り裂いた。


「母が掲げた理想――『ルナリウムの恩恵を全ての人々に』という言葉。それは確かに美しい理念だ。だが、その理想に囚われすぎるあまり、父の言葉──『ルナリウム解放計画』を勝手に曲解してはいないか?」


 ルナの瞳が揺れる。それでもゼファーは続けた。


「父の開幕挨拶を思い出せ。父は詩人だ。そして理想家だ。彼は人類を次のステージに押し上げようとしている。それをお前の目には、なぜ陰謀として映る?お前は母の理想に囚われ、その影に飲み込まれたまま、父を悪役に仕立て上げているのではないのか?」


 控室に重い静寂が降りる。ゼファーの言葉に感情の抑揚はない。それでも、その一言一言が持つ重みは確実にルナを揺さぶっていた。


 ゼファーの言葉が胸に刺さる中、俺は思わず声を上げた。

「でも、ゼファーさん…虚数次元のことが――」


 その瞬間、ルナが手を上げた。その仕草は鋭く、俺の言葉を断ち切るには十分だった。

「リュウトさん、それ以上は言わないでください。」


 彼女の声は低く、だが力強さを秘めていた。それだけで俺は口を閉ざすしかなかった。


 ゼファーは少しだけ肩をすくめ、軽く首を振った。

「ルナ、もし本気で父を止めたいと言うなら、まずは自分が何に囚われているのかを見つめ直せ。そして、自分が掲げる正義が本物かどうか確かめるんだ。」


 彼は扉に向かって歩き出す。そして、付き人たちが扉を開ける直前、再びこちらを振り返った。

「アメリカに勝ったなら、次は私たちが相手だ。その時、お前の正義とやらの答えを見せてもらう。」


 その言葉を残し、ゼファーたちは去っていった。その背中には確固たる意志が漂っていた。


 彼らが去った後、控室には重い沈黙が漂っていた。彼の言葉が胸に重く残り、俺たち三人の間には、言葉にならない感情が渦巻いていた。


「…次はアメリカだな。」

 俺は小さく呟きながら拳を握りしめた。その声に、アヤカとルナが静かに頷く。


 俺たちは次なる戦いに向け、気持ちを新たにした。今はただ、目の前の戦いを全力で乗り越えることだけが、俺たちにできる全てだった。

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@chocola_carlyle

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