惑わしのリーゼフォン
ニアドロイア行き馬車の発着場にて、俺はヴォルカニクス達と感動の別れをし、
一人、馬車の中で揺られていた。
ヴォルカニクス達はこの世界に不慣れな俺に対してめちゃくちゃ親切にしてくれ、
魔結晶を換金するまでにいくつか必要だろうと、路銀も渡してくれた。
出遭い方自体は一番最悪だったが、なんだかんだでいい竜人と出会えたなあと思っていた。
「お客さん、もうすぐ着きますよ」
ニアドロイアが見えてきた。
しばらくこの町で、次の場所へ行くための路銀稼ぎをする予定だ。
ここは冒険者が多く、町の性質上平均的なレベルが高い。
仲間探しをするのも、情報収集をするにももってこい。素晴らしい場所である。
――――
「で、でかっ……、しかも、かなり純度の高いものですね?」
「頑張りました」
まずは何をするにも先立つもの。
早速俺は詰め所に来て、魔結晶、それと意味合いは実質同じだが、戦闘で破壊したゴーレムの魔核を換金していた。
「うーん……中々量が多いですね」
魔結晶は後々役に立つと思ったので、手荷物として持ちきれないであろう分だけ換金しているが……。
それでも量が多く、高額になるらしい。
「しばらくこの町に滞在される予定なら、信頼金として預かっておく事もできますが、どうされますか?」
え?所謂銀行みたいな奴?マジかよそんな便利なシステムが……。
現代と違って色々信頼とか怪しいけど、まあこの詰め所はシステマティックだし……いいか。
「じゃあいくつかは換金して……あまった分をお願いします」
「わかりました」
ある程度は手持ちとしておかないとまずいだろう。
それにしてもこの金貨とかって、どこまで使えるものなんだろうか。海を渡ると使えなさそうなのが不安だ……。
しかし銀行のようなシステムがあるとは助かった。
無限に収納できるアイテムボックスとかがないので、持ち物やお金を大量に持ち歩くことになってしまうのかと、
心配していたところだ。
「そうだ、ついでに『依頼』を受けたいんですけど」
「はい、かしこまりました。もう決まっていますか?」
「はい、これを……」
掲示板に貼られていた『依頼』の紙を差し出す。
この詰め所は特性上、屈強な戦士達が集まりやすく、町の住人からの依頼も承っている。
その時の手数料等も、ここを運営するための資金になっている。
「はい、承りました。……先ほどの魔結晶から考えれば、かなり簡単な部類ですね。
あまり報奨金は多くないですけど、この依頼で間違いないですか?」
「はい、まだまだ不慣れなもんで」
「そうなんですね……珍しい方ですね」
依頼の内容は「薬草探し」だ。
この町から少し離れた森に生えている薬草を取ってきて欲しいというもの。
基本的に安全だが、ここは土地柄、強力な魔物が現れるため、森は危険なので、町の住民が一人で行くには危なっかしいという事だ。
「これが、依頼人より預かっておりました、薬草です。これと同じものを、採取してきてください」
「わかりました」
薬草技術は、現代で言う医療に近い。
先日、魔法薬学士の人に聞いた話からすると、病気などに効果があるほか、
単純に魔法力を向上させるなど、色々な使い方があるそうだ。
こういった所から知識をつけていけば、後々役に立ちそうだ。
そもそも、いくら強いからと言って最初から難しい依頼を受け、何かの間違いで加護が外れたらその場で死んでしまう。
この能力について詳しくなるまでは、危険な事はできない。
――――
森の近辺までは馬車で移動し、そこから少し歩く。
なるべく日が出ているうちにこなしたい。ここで野宿をしてもいいが、ヴォルカニクス達といた時と違い、
俺の睡眠中はスキだらけだ。町で仲間を集めてから来ても良かったのだが……。
目的の薬草はすぐ見つかった。
この依頼は、そもそも道中で現れるかもしれない魔物が危険なだけであって、
依頼内容自体はそんなに難しいものではなかったという事だ。
――瞬間、背後に物音。
「敵か!」
素早く剣を構える。そして向き直った先には――
「ひっ」
小さな、女の子がいた。
「へっ……?」
どうしてこんなところに女の子が……。
と思ったのもつかの間、女の子の背後に、ウルフ種の魔物の姿が。
「危ない!」
狂犬の魔物を素早く切り伏せる。復活しないよう、魔核を掴み取り……、
力を込める。上手くできたかはわからないが、再生しないという事は、
とりあえずなんとかなったか……。まあ、魔核を取り出した時点で瀕死のはずなので、
そう簡単には復活しないか。
「大丈夫?ていうかそもそも一人?親御さんは……」
そうだ。こんな所に何故女の子が一人で?
しかもかなり小さい、いや――、本当に、この子はただの女の子か?
気がついた時は、既に遅かった。
「ありがと、優しいんだね?お兄ちゃん」
その子は俺の耳元で囁く。
「『愚鈍なる者よ、その思考を放棄せよ。《困惑》』」
「がっ……!?」
唐突に考えがまとまらなくなる。
何も考えられず、体の力が抜けていく。
思わず膝をつき、回復しようとしたが、何をすればいいのかさえわからない。
そう――これは、罠、だ。
「まだ考える余裕があるの?すごぉい。でもそんなおにいちゃんは、こうしちゃうぞー♪」
楽しげに俺を突き飛ばす少女。
その力は弱いが、俺はあっさりと仰向けに倒れる。
「……『その枷は絡みつき、拘束する。《捕縛》』」
両手、両足に魔力の枷、一気に身動きが取れなくなる。
「おま……お前は、一体……!」
「……本当はあ、この役職好きじゃないから、名乗りたくないんだけどぉ」
着ていたローブを脱ぎながら、蠱惑的な声で囁く。
「お兄ちゃんはとっても好みだから、特別に教えてあげる!」
うきうきと、遠足に来ている子供のような表情で、彼女は続ける。
「私は『魔人十傑』が一人、惑わしのリーゼフォン!よろしくね、お兄ちゃんっ♪」
「なっ……!?」
すごくえっちな格好をした金髪ロリ……!
こんなえっちな子が……魔人十傑!?
「びっくりした?でもねー、私、今年で2012歳だから、お兄ちゃんよりとってもおねえちゃんなんだよ!
えっへん!すごいでしょ!」
「す、すごい……かわいい……」
「でしょー!?でしょ!でしょ!さすがわかってるぅー!」
くっそ……かわいい……じゃない……思考が大分ふらついている。
全く考えがまとまらない。
「き……君は、なん、何の目的で、こんな事を……」
「……決まっている」
す、とリーゼフォンの目が据わる。これが、魔人十傑の気迫か。
「お前は人間側の強力な手札だ。放置しておけばいずれ魔王軍に仇なす脅威となろう。それを放置するわけにはいかん」
なるほど……。ヴォルカニクスも言っていたが、俺はやはり、いずれ魔王軍と戦う事になるわけか、
しかし、いきなり相性最悪の相手が出てくるとは……ていうかこいつ、どうやって加護を破って攻撃を当てた……!?
「というのが建前でー!」
「建前なの!?」
「うん!ぶっちゃけ脅威とかどうでもいい!」
どうでもいいの!?いや俺すっごい強いよ!?本当に仇なすよ!?
「単に興味があったから探してたの!すっごく濃ゆい魔力だったから……すぐ見つけられちゃった……♪」
俺に馬乗りになりながら、とろん、とした表情で俺の頬を撫でる。
天国か?ここは天国なのか……?
「実際会ってみると……えへ、すごいね?あ、おっきくなってる……♪」
下半身を優しく摩る。やめてくれ!これ以上は!やめてくれ!!
「もうわかってるかもしれないけど……私はサキュバスなの。由緒正しいリーゼフォン家の末裔なのっ。
だからあ、お兄ちゃんの魔力を吸えば、とっても、とーっても強くなれると思うの」
「今で十分強いからこれ以上強化する必要ないんじゃ……」
「だめ!魔族に生まれたからには、最強を目指したいの!私は寿命ももう残り少ないし……」
こんな小さいのに寿命が近いってまたちぐはぐな……。
「だからお兄ちゃんは気持ちよくなってくれるだけでいいの。別に命まで取ろうってわけじゃないし。
まあ聖騎士としての職能はなくなっちゃうと思うけど、それはごめんね?」
…………
…………
ってダメだ!!!ごめんねじゃねえ!
完全に忘れていた。俺の職能は「童貞じゃないと使えない」んだった!?
ていうか何でその事を……!?
体に力を込める。
ピシピシと拘束が音を立てている。これなら、いけるか……!?
「……ッ、させない!『開放され、その体を休めよ、《安息》』!!」
なっ……詠唱からすると、回復魔法……!?何故今……!?
あっ わかった どんどん、ねむく――
――――
異世界転移とは、何だったのか……。
最強の能力を手に入れたはずが、絶体絶命の危機に陥っている……!
「お目覚めはいかが?お・に・い・ちゃ・ん?」
そうだ、この声は……、
魔人十傑が一人、惑わしのリーゼフォン!
ひどく長い間、寝ていたような気がする……具体的には2週間くらい……!
「かたぁい……ごつごつしてるぅ……こんなになっちゃって……苦しいよね?私がすっきりさせてあげるね?」
そういって俺のベルトをかちゃかちゃと外していく。手際が良すぎる。話が早すぎる!
確かに年上合法金髪ロリとあまあまえっちをしたい……その気持ちに嘘偽りはないが……!
「お……らあっ!!」
思い切り力を入れて拘束をはずし、リーゼフォンを突き飛ばす。
「きゃっ」
すごく罪悪感があるが仕方ない……!俺はここで、童貞を失う訳にはいかない……!
俺がやらなきゃならない事が、俺が救わなきゃいけない人々がいる……!
ベルトを締めなおし、剣を手に取る。
「あ、危なかった……来るなら来い!受けて立つぞ!」
正直勝てる気がしないが、こうする他ない。
リーゼフォンの攻めはあまりにも凶悪で、すこしでも気を抜けば完全にやられてしまう。
「すごい……あの拘束から、抜け出したの?私の『困惑』を解いて……?」
ぽかん、と可愛いおくちをあけて驚くリーゼフォン、そこまでの事だったのか。
「ふふっ、お兄ちゃん、やる気だね。いいよ?その剣一本で、魔人十傑を相手にするって事だよね?」
「うぐっ」
そう言われると確かに自信がない。ヴォルカニクス戦で理解したが、魔人十傑はケタが違う。
今のレベルではいいようにボコられておしまいだろう。しかし、まだ職能が切れていない、なら、チャンスはある。
「言っておくが、俺の剣は一撃必殺だ!一発でもお前の魔核に当たればそのまま殺せる……!
逃げるなら今のうちだぞ!」
「わあ、元気いっぱい」
すごい舐められてる。
すごい舐められてる……!
「いいよ、ためしに私の腕、切り落としてみる?」
「は……!?」
「ふふっ、冗談だよ。私の負け。降参。さ、好きにして?」
「え、は……!?お前、何を言ってるんだ!?」
「何って、言葉が通じてないの?降参……私の負けだから、殺していいよ、って言ってるんだけど」
「はあ!?いや、お前……!?」
こいつはどこまで人を小馬鹿にすれば気が済むのか。
飄々として掴みどころがない。これが、サキュバスという種族……!
「お兄ちゃん、さてはわかってないな?」
「はい?」
「ふー……敵である私が説明するのもヘンなんだけど、教えてあげる。
お兄ちゃんはもう『私に勝ってる』んだよ」
「え?つまりどういう事……?」
「あのね、私の二つ名は『惑わし』これはわかるでしょ?」
「お、おう」
「さっき使った『困惑』は一撃で相手の思考を奪う最強の魔法なの。
本来はそんなに強い魔法じゃなくて、ちょっとふらふら……そう、お酒に酔った程度なんだけど、
私のサキュバスという職能、そして魔王様からもらった二つ名によって強化され、
実質神の加護さえ貫く最強の魔法に昇華したの」
だから加護によって強化された俺にも通用した、という事か……しかし異世界チートの絶対防御なのに、
こうあっさりと破られるんだな。
「それを易々と破られた。これがどういう事かわかる?」
「あっ」
そうか。さっき使った『困惑』は職能と二つ名の併せ技、所謂切り札だった訳か。
いきなり切り札を使うのもおかしな話だが、俺が神の加護を受けた能力持ちと知っているなら不思議じゃない。
「さっきお兄ちゃんが言ったとおり。お兄ちゃんの剣が私の魔核に当たれば、それは一発で致命傷。
そしてこちらからは、『困惑』が解かれてしまった以上、もう打つ手がないの」
つまり実質……リーゼフォンにはもう攻撃の手がない、という事か。
確かに見た感じ、近接戦闘がそう強いようには見えない。いや、強いかもしれないけど。
つまり俺の裁量次第。剣の一振りで生かすも殺すもできる……。
「……いや、その」
「どしたの?」
「……殺せない、俺は、君を」
「えっ?本気で言ってる?わかってる?多分お兄ちゃんからすると私、相性最悪だよ?
ここで生かしておく利点ないよ?」
「うっ」
その通りすぎる。俺の能力は童貞である事が条件で、童貞を奪われたらおしまいだ。
そしてその童貞を奪うために生まれたかのようなめちゃかわ美少女が敵となるのは本当に最悪だ。
「君は……俺の希望なんだ」
「希望……?」
「ああ、いや、なんでもない。とにかく、殺せない……。また命を狙うなら好きにしたらいい。
俺は帰る。君もとりあえず、剣を納めて……ここから去ってくれ」
「嫌」
「ええっ!?話が終わらん……!」
「どうしても私を殺せないの?」
「そうなんだよ!だからもう見逃してくれよ……!」
「ふーん、そうなんだー、そうなんだー……♪」
死ぬほど楽しそうな顔でニヤニヤするリーゼフォン。
くそっ、可愛い……。
「じゃ、連れて行ってよ」
「は!?」
「お兄ちゃんは、旅を続けるんでしょ?つれてって!」
「いや……それは」
「なんで!」
「寝こみとか襲われるかもしれないし」
「確かに襲うかも……」
「そこは嘘でも襲わないって言おう!?」
「で、でもでも、我慢するから、頑張るから……!」
「うっ……」
この潤んだ瞳がまた……可愛い……!
何だこれは!?魅了の魔術か……!?
「何でそこまでして俺についてこようとするんだよ!」
「……楽しそうだから?」
「理由が雑!!」
「どうせ戻ったって、何もないもん」
「え?」
「私、元々魔王軍でも異端児扱いだし……。皆年下で話合わないし……、居場所ないもん」
うっ
やめてくれ、そういう……そういうシチュエーションに弱いんだ、俺は。
「……あっ」
ははーん?という表情で何かを思いついたようなリーゼフォン。
何を、何をするつもりだ!?
「いいのかな~……私を連れて行かなくて?」
「ど、どういう事だ……!?何をするつもりだ!?」
す……と指を「1」の形に示す。
「まず、私は2012歳……この世界の基本的な事を知り尽くしています」
それは正直めちゃくちゃ羨ましい。
何せこっちは着たばかりで一切の情報がない。
「そして治癒魔法や攻撃魔法等の基本魔法に長けているので、前衛としても後衛としても役に立ちます!」
えへん!と小さい胸を張る。可愛い。
「とっても連れて行くとお得だと思うんだけど、どうかな?」
「うぐぐ……」
確かに、願ったり叶ったりな提案だ。
俺は確かに強いが、正直強いだけであって、今回も簡単な罠にあっさり引っかかって窮地に陥ったので、
そのあたりはこのリーゼフォンがいるだけで話が変わるだろう。しかし……。
「だが、お前を連れて行くのは……」
「本当に、いいのかな……?」
「な、なんだ、まだ何かあるのか!」
「私、寿命が近いんだよね」
「な……!?」
そういえば先ほども言っていた、寿命が近い、と……!
「あと50年か100年くらいかな。もうすぐ……なんだよね。
もう昔の知り合いは皆死んじゃったし、私ももういいかなあ」
少し遠くを見ながら語るリーゼフォンの目に釘付けになる。
「大好きだったお父様も、仲良くしてくれた使用人も、遊んでくれた名も知らぬ人間も……もういない。
誰もいない古いお屋敷で……一人さびしく窓の外の景色でも見ながら……砂になるまで何もしないでおこうかな……」
…………ッ!
だ、ダメだ……!今、想像してしまった!
こんな小さな女の子が、2000歳超えてるとはいえ……こんないたいけな女の子が!?
一人さびしく、誰とも話さず、朽ち果てていく、姿を……!
そして、「向こう」での俺と、重ねてしまった。
消費するだけの意味のない人生、
ただそこにあるだけの無意味な存在。
彼女を、この子を、そんな風にしていいのか……!?
「ひ、卑怯な……」
「卑怯じゃないもん。事実だもん」
俺が連れて行かなければ、とってもさびしい思いをする……。
いや、もちろん嘘かもしれない。なんせ彼女の二つ名は「惑わし」相手を翻弄する事が基本だ。
しかし――
「……どしたの?そんなじっと見て。私の顔が可愛すぎて見惚れちゃった?」
嘘でもいい。この可愛い女の子が、寂しい思いをしないのならば。
俺の身が危険に晒されることによって、この子が誰かと一緒にいられるのならば。
「……これから、よろしく」
俺は、弱弱しく、手を差し出した。
「…………、やったあ!うん!これからよろしくねっ!おにいちゃんっ!」
その喜びに嘘偽りはなかった。
クリスマスにプレゼントをもらった子供のようなはしゃぎっぷりに、
思わず俺の頬も緩んだ。