北の城にて王は悲観に暮れる
第二章、始めます。
第二章 【2-01 北の城にて王は悲観に暮れる 】
王は一人ぽつんと座り続ける。お付の者さえ遠ざけた自室に失意にその身を支配された姿で。
手入れを忘れた大分に白髪の占める髪、それに相応しい皺の刻まれた不健康な青ざめた顔、その姿はまるで10年は老けたかに見える。
王は手に愛娘の形見となったティアラを持ち、それを日がな一日何するでもなく見つめている。
王の脳裏を延々巡るものは過去に下した己の決断。勇者召喚の儀式。
その結果と代償は今なお王の心を蝕み病み衰えさせる。
『我が愛娘が一片の骨も、一筋の髪さえも残せず灰となり消えてしまった…』
王は黙然と思い巡らせ座り続ける。
カツカツカツと廊下に響く足音がある。それは王の居室の前に一度留まると護衛の衛士と短く言葉を遣り合い、人払いを命じたはずの部屋へとズカズカと入り込んでくる。
この上質な身形をした男はこの国の宰相代行・サーヴァ。勇者召喚の儀式に巻き込まれ消滅した前宰相の代わりに急遽任命されたこの男、頭に白いものこそ混じり始めているが長身痩躯のその体は王とは逆に活力に満ちている。
宰相代行は己に見向きもしない王の傍に立ち止まると遠慮も見せずに王に声をかける。
「我が王よ、いつまでそのように女々しく立ち止まっているおつもりか!」
以前の王であるならば「無礼であろう!」と叱りを受けるであろうその言葉、しかし王はこれに応えない。それどころか宰相に眼を向けることさえなく意気地を無くした眼で亡き姫の残した形見のティアラを見つめたままである。
「我が国にとって此度のことは確かに被害甚大、南部の有力貴族達はほぼ壊滅し臣民たちの多くのものも親兄弟親戚たちを失いました。だがまだ終わった訳ではないのです!」
勇者召喚に要した代償は王にとって、あるいは国を動かす臣下たちにとっても想像以上のものであった。
勇者召喚の場となった大神殿。そこを中心とした半径15レガ※の円の内側、そこに存在した総ての生物、そして魔法的存在がその力を失い灰と化したのである。(※レガ:この国の距離の単位。人が道を1時間歩いて進める距離にほぼ等しい)
その人的損害は膨大なもの。神殿に儀式を行っていた姫と宮廷魔道士達、近衛騎士団の一部、護衛の騎士団と兵たち、神官たちと神殿に仕えるものたち等々、その場に居た者達は皆文字通り全滅、いや魔力を根こそぎ奪われ遺体も残せず灰となって消滅した。
その土地に住んでいた者達も例外ではない。豊かな土地ゆえに人口も多い。臣民、貴族、王の一門衆、そして重臣たちも。数多くの様々な者達が此処に住んでいたが為に皆暴走した召喚の儀式に魔力を奪われ死体も残せず灰と化した。
この神殿を中心とした地域はこの国の豊かな穀倉地帯でもあったが、その土地そのものが存在魔力を奪われ砂漠と化したのである。
残った物は魔力の特性を失った石と砂、灰のみ。この地が以前の姿を取り戻すのにどれほどの時間が掛かるのかは、この世界に住む優れた賢者でさえも計る事は叶わないだろう。
宰相代行の力強い言葉が部屋に響く。だが王はそれにも心動かされること無く黙ってティアラを見つめ続ける。宰相代行は構わず続ける。
「幸い南のミルハス国にまだ動きはありません。新たに生じた砂漠は敵の大軍を寄せ付けぬでしょう。西の山脈、飛竜の住みかも同様、なれば敵は軍を動かすならば東の海に面した回廊、ここより他に攻め寄せる場所はありません。我等、力は半減したといえどもこの地の利さえあれば! いえっ! “姫様”がそのお命を代償に召喚された勇者たちの力を用いるならば逆に南を攻め獲ることさえ可能と判断します!」
「宰相代行よ…」
熱く語る宰相代行の言葉を始めて王が止めた。
『ふふん、やはり姫を出しにすれば喰い付いてくるか』
宰相代行はそう心の中でほくそ笑む。
王はそれまでかたくなに形見のティアラに向けていた眼をギロリ、宰相代行に向け睨むと語り始める。
「あのお主に預けた勇者とやらだがお主の期待通りの働きを示すと本気で思っておるのか? 我が愛しのアーマティがその全てを代償に呼び寄せたあの者、だがしかしあやつは身体強化と多少の魔法が使えるのみではないか。余にはあれに見合った価値があるなどとは、とても思えぬ…」
敵対する南の国に対抗する為、歴史に埋もれていた勇者召喚の儀式を行った。しかしそれはあくまで魔術に秀でた者たちの魔力を対価にした集団魔術のはずであった。宮廷魔術師達とその長、騎士団長、神官長とその配下の者達、そして術の要に王家からは姫がこれに参加し術を復活させる。
だがその結果は悲惨の一語。国を滅ぼしかねない大損失を招き、その末に得た者はといえば、弱体化した勇者が一人に録に戦えもしない言葉も通じぬその手の者達のみである。
宰相代行は反応を示した王の姿に少し気持ちが昂ぶると自信を持ってこれに応える。
「価値はあります、十分に。勇者の持つ奴隷達はその殆どが魔法の袋の術をそれも高い水準で使いこなすものばかりです。この特性を生かし、砂漠を越え一挙に南の中枢を攻め滅ぼすのです!」
「向うは大軍で砂漠を越えられぬが、こちらは砂漠を越えられる、か」
「左様にございます。南を攻め落としたならば、召喚の犠牲となった尊いお命も浮かばれるものかと」
南が神殿に寄越したとされる騎馬集団も北の騎士パリカーが指揮した騎馬集団もともに小規模のものである。これは馬の行軍を維持できる程の魔法の道具、あるいは使い手がそう多くはいないからであり、また馬そのものも数が限られている為である。
現地補給の効かない砂漠越えはその運用集団規模が大きくなれば大きくなるほど必要とされる物資の量、そして非効率化していく移動速度から不可能に近づいてゆく。
仮に無理を通して強行軍で突破してもそこを迎え撃たれたならば疲労消耗した軍では容易く撃退、全滅の憂き目にあうだろう。
だが、マジックボックス、あるいは魔法袋といった物資輸送に適した魔法が使えるならば、これらの事情も大きく変わってくる。
水、食料、飼葉、燃料、武器、そういったものがふんだんに用意され無理なく運べたならば、何も無い砂漠といえどもそこはもはや多少暑くて歩き難い平野でしかない。
「好きにするがよい…」
「御意」
王はそれだけ呟くと再びその視線を形見のティアラへと向ける。それに宰相代行は『得るものは得た』、と野望と喜びを胸に隠すと一礼し部屋を出たのである。




