宰相代行、重臣たちと軍議にのぞむ
【2-02 宰相代行、重臣たちと軍議にのぞむ】
会議のための城の一室に重臣達が居並んでいる。しかし卓を囲んで居並ぶその席次にはぽつりぽつりと寂しげな空間が開いている。暴走した勇者召喚の儀式により国の指導層も多く被害を受けたのだ。
突然の死によりいくつも開いたその役職は埋められる限りは埋めたのだが、それでも適した人材が必ずしも見つかるわけではない。ところどころに不安な空間を残したままとなっている。
そうした席を新たに埋めた新顔達もその多くは緊張に心此処にあらずといった様子でそこに居る。参政の意見などとてもじゃないが口から出るものではないと、周りの空気を確かめ古参の顔色を覗うだけで精一杯。
そうした臨時の戦時昇進を受けたものの筆頭格が古参の重臣たちの目の前に堂々と立つと王命を告げたのである。
「陛下は攻勢により敵ミルハス中枢を落とせ! とのご命令である」
この言葉に重臣たちがざわついた。
以前より戦争状態にある南の国境を接す国、ミルハス。勇者召喚の煽り、国の南部を砂漠化させたあの事故を受けてかその攻勢は今のところは止んでいる。
国力のおよそ半分を喪失したこの国の現状を考えるならば、ここは守りを固めるべき。そう考えていたものが大半であろう。しかし王より下された命令は“攻勢”。数において劣勢であるはずの我が方からワザワザ出向いて敵を攻め落とせ! とそう申し渡されたのである。
古参の重臣達よりたまらず意見が出た。
「我が方は先の勇者召喚の儀式により国力を大分減らした。このような状態で攻勢に出て、敵を攻め落とせ! とはいささか無謀ではないかな?」
「左様! ここは新たに得た地の利を生かし、粘り強く守りに当るのが最良と心得る!」
「東の回廊を堅守すべき! 枯れていた湖には毒水が湧き出したと報告がある、ならば敵の迂回も叶わずあの地に敵を拘束できよう! なにをわざわざ出向いて餌になる必要があろうか!」
重臣たちの意見は東の回廊上の地形を利用した防衛策である。砂漠化のおりに干上がった東の湖、そして湖沼群、そこより新たに人の皮膚を焼く毒水が湧き出したこともありここを守ればたとえ数の利がなくとも守りきれるとの意見である。
だが宰相代行はその多数を占める意見に反対を述べる。
「確かに東の回廊を固く守れば敵を防ぐことは可能である。だがそれでは勝てない。陛下はあくまでこの戦に勝利をお望みである。そして今こそは千載一遇の好機なのである! これをご覧あれ!」
すると宰相代行の目配せにより、小姓が卓の上に大きな巻物を広げる。それはこの国と南のミルハスを示した地図。その地図には新たに生じた砂漠はもとより、東に新たに湧き出した毒水の湖、そして東の回廊に想定される彼我の戦力配置までもが記されている。
宰相代行が指揮杖で地図を指し示した。
「諸官らの考える通り、南の蛮族どもは必ずこの東の回廊目指して攻め寄せて来るだろう。これにはもちろん、この地を守る東家※を中心とした戦力で堅く守ってもらう」
(※ 王家の分家筋。東西南北の4家あったが、勇者召喚の事故で南と西の2家を消失する)
自分達が考えていた作戦案。宰相代行がそれを事前に記していたことで、先程守勢論を唱えていた重臣達が我が意を得たりと頷く。周りの顔色を覗っていた新顔達もそれにほっとしたように合わせて頷いて見せる。
だが一部の者には『ならばなぜ攻勢などと』と疑問の念が湧き出すのである。
やはりというか、次いで宰相代行の口より流れ出た言葉を聞くにいたって皆顔色を変えたのである。
「敵の攻勢部隊はこのように東の回廊に釘付けとなるでしょう。故にここに勝機が生まれます。敵はその兵力を東に集中する。ならば残る我軍は、動ける全兵力を持って、このように砂漠を踏破! 手薄となった敵中枢を一気に攻略する!!」
宰相代行の指揮杖が砂漠の西半分を縦に横切り、南のミルハス国の王城、国土の北西にあるソレを指し示した。
場がざわめく。重臣達が皆隣同士と顔を見合わせながら、新参者でさえ口を閉ざすことを忘れて湧き出す疑問を口にした。
「大軍であの砂漠を越えろというのか!」
「なるべく距離を縮めるとしても、砂漠の西端に寄ればワイバーンの餌食だな…」
「代行どのは軍の運用が解らぬとみえる!」
そのような野次さえどこからともなく聞こえてくる。
古株の一人がたまらず立ち上がると宰相代行に意見を述べた。
「代行どの、何故にあの南の蛮族達が砂漠を越えて我が方に攻め寄せてこぬかお判りになられぬのか? 大軍では砂漠は渡れぬ。残る全軍と言われたが、東を守る兵を差し引いても、それでも5千は集まろう。その5千の兵の飲み水、食料、あの砂漠でどうやって確保なさる?」
その言葉に宰相代行が微かに笑みを口元に刻む。すると立ち上がり窓際に歩み寄ると外を、城の中庭を覗き確かめる。
「あれをご覧じあれ」
宰相代行が窓の外、中庭を指してそう言葉に出すと、どれどれと、重臣達が重い腰をあげて不満を顔に表しながらも窓際へと集まってくる。
中庭には幾人かの男が居る。その男達に向け宰相代行が腕を振り上げ合図を送った。するとその中のみすぼらしい身なりをした一人の男がこれに合図を返すと直ぐの事だった。
「「おおっ!」」
窓より外を覗き見る重臣達の口より思わず声が沸きあがった。
中庭に一瞬にして小山のように荷物が積み上がる。樽に麻袋に木箱。重臣達はもちろんその奇跡の技がどのようなものかを看破した。
「収納の魔法か! それも極めて大きい…」
「確かに凄いが、しかしあの者一人だけでは5千の兵は到底賄えぬ」
「あの者が一番の使い手。なれどあと七名、あれに準じた使い手がおります」
その言葉に重臣達が眼を丸くして宰相代行の顔を見た。いずれも驚きの顔。その顔が次には隣に立つものと顔を見合わせると自信をみせて頷きあう。
『これならば!』
すると一人の騎士が進み出てくる。
「流石は宰相代行殿、この第一騎士団長ドッジ、宰相代行殿の、いえ! 宰相殿の類稀なる軍略に感服仕りました」
掌返し。あからさまなへつらいを見せる騎士団長に対して宰相代行はこのうえもない笑みを浮かべ満更でもない風である。
散会となった軍議の帰り道、考え事をしながら廊下を歩む初老の武人に声を掛けるものが居た。
「クマナフ将軍!」
将軍、と呼ばれた男が振り返り見れば、そこには将軍にとって見たことのある顔が居る。
「これは第三騎士団長殿、この老骨に何かご用がおありか」
第三騎士団長と呼ばれた男はまだ二十台後半の偉丈夫。もちろんその体と剣技に見合った自信は滲ませてはいるがこの男はあの召喚事故以降からの団長職である。そして将軍であるクマナフは以前より王から主力の歩兵部隊を預かる身。身分立場にほぼ差は無いが、今後の出世を考えるならば騎士団長の方が立場は上となる。
「閣下はこの度の出征、いかが思われる?」
「危ういな。博打に過ぎる」
宰相代行の打ち出した画期的な奇襲案、それに中てられ浮かれる新参たちは多いがこの二人はそれとは違う。至って冷静どころか懐疑的である。
「自分も同じ思いです。確かに砂漠は渡れるかもしれない、だが後が続かない。短期に、勢いに任せて敵の王城を落とせと言われるが録に装備も持たない遠征軍でそれが可能か甚だ疑問だ」
それを聞く将軍がその顔に笑みを刻んだ。すると立ち止まり、廊下の端に体を寄せると言うのである。
「ミルハスの王城は平城、周りを水掘と城壁で固めたものだが、ワシはこれは案外簡単に落とせると踏んでおるよ」
その言葉に騎士団長の顔が驚きに歪んだ。
「いくらなんでも! 王城ですぞ、その規模はあの国でも有数のもののはず!」
騎士団長は攻城戦の手段が乏しいことを懸念している。収納の魔法で物資が収容できるといってもそれでも量が限られる。そこに攻城兵器までもが加わったならば軍を保つ物資など更に割を食うのは必至。限られた武器でしかも少ない時間で城を落とさなければならないという命題に非常に不安なものを覚えていたのだ。
だが、それとは間逆の老将軍の意見に驚きを隠せずに居る。
老将軍はその驚きを見せる騎士団長にまるで教え子を諭すかのように言い聞かせる。
「城が大きくとも守る兵が少なければ意味が無い、特に平城ではな。それに水掘を渡り城壁を抜く手段もあの代行どのは手中に収めているようであるし、そこまではなんとかなろう」
「勇者の力か? だが勇者にそこまでの力は無いと聞くが…」
「勇者の手の者の力よ。あれ程の収納の魔法の使い手を幾人も用意するなどそうでもなければ説明がつかん。そして城攻めの手段だが、あの魔法で水掘を土で埋め、城壁を仕舞ってみせたならば、城など有って無き様なものだがどう思われる?」
収納の魔法を用いた斬新な城の攻略法、これに騎士団長はハッとすると口に出す。
「そのような使い方が…。そのような方法は古今例が無いが、それはあれ程の使い手がこれまで居なかったからの事。城壁も丸ごと納められるなら砕く必要もない。確かにコレならば!!」
攻略の目処が立ったと、喜びに沸く騎士団長に老将軍は訊ねる。
「納得がいったかの?」
「はいっ、確かに! これならば敵王城を短期に落とすことも可能かと」
「まだまだじゃな」
老将軍はそう言うとフリフリと横に首を振る。それに騎士団長は己が何か間違った判断を下したのかと不安に思うと、老将軍は語るのである。
「王城を落とし、それで戦が終わるのか? という問題がある。敵の主力は東の回廊から必ず取って返すだろう。それとどう対峙するかをあの代行どのは示しておらんかった」
「軍が引けば、東家もこれに追い討ちを仕掛けるかと。それとともに敵を挟み撃てば」
「それには二つ問題がある。上手くタイミングを合わせられるか。そして東家に追撃を仕掛けるだけの余力が残されているか、だ。それを成すには我等は極めて短期に、それこそ王城に攻め寄せたその日のうちに城を落とし、次の日にはもう東を目指さなければならぬだろう。だが我等にはこれが出来ぬワケがある。判るな?」
「軍を維持する為に略奪の必要がある」
「そうだ」
これに二人は考え込んだ。大軍で砂漠を越え、敵王城を攻略した頃には物資も底を付く。もちろん後方より荷駄隊など来るはずもない軍集団は現地でこれを調達するしかない。
「攻城兵器を端から持っていかぬなら、その分多く糧秣も運べるか」
「それで増やせて一日二日かのぅ」
うーむ、と二人は考える。勝利の為にはどうにかして運ぶ荷物を増やさなければならない。




