勇者ですか?
【 26 勇者ですか? 】
朝。赤い光が乱舞する。
見るものも居ない石床の上を、赤い光の霧となって無数の光が流れそして集まる。
社員はいまだ夢の中。人知れず光は集まり、東より差し込む光を切欠にそれは人の姿を取り戻した。
何も纏わぬ若い男の裸体。それが両手を支えにムクリと起き上がる。石床の上にペタリと座るその姿がハッと何かを思い出したように顔をあげると立ち上がった。
周囲を見回し、北の壁近くに眠る社員達の姿を見つけると、ぺたり、ぺたり、とそれは近づいてゆく。
社員達は深い眠りについたまま、まだ誰も目覚めない。
ぺたり、ぺたり、ぺたり。近づき上から、眠り続ける顔を男が見つめている。
「違う…、こいつも違う…」
裸体の男はそう呟きながら、一人一人眠る社員たちの顔を見定めてゆく。そして最後の一人の顔を見定めると、この大きな石の建物に響き渡るほどの大声を張り上げた。
「うおおぉぉー! 何処だ! 俺を殺したあいつは何処に居るー!!」
怒りの言葉とともに、その両手からは眩く雷光がほとばしる。しかし、それは以前に比べるならば、か細く頼りなげな輝きでしかない。
「うるせーぞ…」
言葉と同時に魔法が複数飛んでくる。びちゃん、バチャン、とそれは大声を張り上げた若い裸の男にぶつかり男を石床に吹き飛ばした。
吹き飛ばされゴロゴロと石床を転がる男は痛みに声もない。石床の上に伸びるとそのまま、気を失った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「唐沢、おい唐沢」
ゆさゆさと肩を揺すられ、俺は目を覚ましました。
石の上に寝るのは体が痛いです。寝ている間に体にダメージが溜まりますよ。すると目の前、俺を起こした楠木さんが言ってきます。
「アレ見なよ」
「ん?」
楠木さんがアゴで指し示した先には頭だけ出して毛布に簀巻きにされた男が見えます。どこかで見た顔…、ゲッ、まさか!
「気付いた?」
「まさかアレ支店長?! 前より更に若返ってるけど、それどころじゃない! 本当に復活したのかよ!!」
驚きに言葉に地が出てしまいました。下っ端ですから不味いですね、反省反省。
楠木さんは俺の言葉に頷くと言います。
「唐沢は今までグッスリ寝ていたようだから判らないだろうけど、今朝方ひと暴れしたみたいだぜ。でも以前に比べたらだいぶ弱くなっていたって」
ひと暴れって、アレ支店長ですよね? 電撃の魔法で俺達かなりヤバい目に遭わされそうになったハズですけど、でもああして簀巻きにされているからには本当に弱くなったのかな? あっ! ひょっとして小場先輩に例の魔なんとかの玉を抜かれたから弱くなったのかも。今度斉藤に聞いてみよ。
そうやって遠巻きに簀巻きにされた支店長を見ていたら、今度は南壁側から浅田のやつがやって来ます。ダンボール箱を幾つもかかえるその顔にはなにやら不気味な笑みが浮かんでますけど、その口から垂れ流す言葉は人の悪口です。
「あいつら本当に食料だけ残して消えちまったよ! しかもたったコレっぽっち。これじゃ三日と持ちやしねえ!」
そう言ってドンッとダンボール箱を降ろします。
南側の壁に目を向ければ、あのテントが見当たりません。元自の人たち本当に食料だけ残して行ってしまったのですね。
でも考えてみればソレが本当ですよね。仲間が危険に晒されてるかもしれないのに何もしないで此処に居る方がおかしいはずなのに、俺を含めてダメ人間です。
さっそく大先輩たちが箱を開けると中の物を手に取ります。
俺も野次馬根性発揮して中を覗き込みますが箱の中には緑色の包装パックがずらり並んでいます。その中の一つを手に取り眺めてみれば、ちょっと変わった漢字で“单兵自热食品”と書かれてあります。
「レトルト食品かこれ~?」
さっそく中身を取り出した近藤さんがそう言えば、浅田がこれに応えます。
「たぶんそう。なんならひとつ中身を空けてみればいいよ」
「どれどれ」
ひとつといわず先輩達手にしたソレをさっそく開けに掛かります。中には更に袋が二つ、その中にはそれぞれ銀色のアルミパックが入ってますが、コレ開けなくても中身わかりますよ、漢字で“炒飯”って書いてありますもの。
「五目御飯かこれ? でも硬ぇな~」
そう言いながらさっそく開封したソレを上尾さんそのまま齧ってますが、それを目にした浅田が言います。
「お前たちどこの野蛮人だよ、コレ暖めてから食うもんだぞ」
「裏に説明の絵が載っていますけど、この内袋に水を入れて暖めるみたいですね」
「最初に言えよ~、もう開けちまったよ!」
「俺は“ひとつ”って言ったぞー! なんでみんなして開けてんだよ」
「開けたコレどうしよう?」
けっきょくレトルトパックは開封してしまったものについてはまとめて浅田が鍋を使って炒めることになりました。
「これ中国製か?」
「いやなら食うなよ、その分俺が食ってやるから」
「じゃあ俺コッチの英語が書かれてる箱のやつでいいや」
文句を言いながら、あるいは言われながらも浅田がレトルトチャーハンを鍋で暖めます。するとこれが意外でした!
「「「これ美味ぇ~!!」」」
皆さん絶賛です。しばらく米の飯から遠ざかっていたから猶更なのでしょうが皆さん貪り食ってますよ。美味い美味いってただのレトルトチャーンを涙を流しながら食べてます。でも本当に美味しいです。特に付属のタレを掛けたところなんか最高!
まさか中国製品をこれほど有り難がる日が来るとは思いもしませんでした。
でも美味いから、まあいいか。
食事の後、姿を消した元自の二人の事に話が向きましたが結局、待つ。ということになりました。
「追いかけて行き違いになったら拙いだろ」
「そもそも俺達歩いて追いつけると思えません」
「食料置いていったんだから、その食料食べきるまでには帰ってくるでしょ」
皆さんやはりというか消極策です。良く言えば “ 信じて待つ ” 悪く言えば “ 何も出来ない ” です。でも仕方ないですよね、俺たち何十キロも歩く訓練なんて受けてないですもの。
そんな感じでただ待つだけの日々を送ると決めた俺たちですが。砂漠の先にまた見つけたんです。立ち昇る砂埃。
見つけたそれを見に皆さん集まってますけど、今回は前回とは逆の北側です。
元自の三人が飛べなくなった飛行機で砂の上を走ってくるのならたぶん西側からですから、これたぶん違いますね。
不安な気持ちを胸に待っていれば、やはり砂埃は元自の三人などではなく、この世界の住人のようです。前回同様に今では馬とその背に乗る人の姿が見えます。
でも、これ喜んでいいのかな? 前回みたいに襲われでもしたら、元自の三人がいない今の状態だととてもじゃないけど防ぎきれないですよ!
「みんな、とりあえず集まれ!」
班長の下へ俺たち急いで集まります。
「とりあえず、最初は相手を刺激すねようにだな」
「だからといって何もできないのもダメだ。斉藤! そして…唐沢! イザという時はお前たち二人の魔法でなんとかしてくれ。斉藤は攻撃、唐沢は例の風を操っての守り。できるな?」
「他の人たちはどうするんですか! 二人だけでなんて無理ですよ!」
「無理です!」と答える前に斉藤に言われてしまいました。いくらなんでも無理ですよね。自分で自分を守るので精一杯です。それさえ出来ずに逃げるしかできないかもしれないのに他の人たちまで守れだなんて。
すると班長言います。
「他の人たちはもちろん自分の身は自分で守ってもらう」
「おめだち二人は他の者より魔法の力さ優れているようだから、出来たらでいいから助けでくんろ。えぇが、他の者だちも足手まどいさならねよう、できる限り自分の身は自分で守ってけろ。ええだか?」
班長のその言葉を聞く俺ら社員達ですが、悲壮な顔で頷きます。今まで魔法の練習を積み上げて来ましたけど、戦いとなったらそんなもの全部ふっとんじゃいますよね。でもやるしかないんでしょうけど。
するとその時です。
「永倉班長! 高橋班長!」
二人を呼ぶ声がします。二人の班長が振り向きます。声は簀巻きにされているあの人があげたもの。その信用を失った支店長が言いました。
「縄を解いてくれ。俺が交渉に向う」
その言葉に二人の班長が顔を向き合いました。もちろん俺たち平の社員達も「どうする?」と顔を向け合いひそひそとやっています。
尚も支店長が言ってきます。
「お前たちでは交渉もまとまらん。いや! 交渉することさえできん! ここは俺を信じて任せて欲しい」
さあどうすべえ、と皆が考えます。
確か先輩が言ってました、「信じるものは騙される」って。しかも騙される人って二度三度と騙されるんですよね。案の定というか俺たち社員の中からも、支店長を解放しようと言い出す人がチラホラと。
「だいぶ弱くなってるから大丈夫でしょ」
とは近藤さん。
「おめだち、この前の騒ぎさもう忘れたか」
支店長に聞こえないようそう小さく呟くのは永倉班長。班長もう完璧支店長のこと見限ってますね。
「でも交渉ごとなら経験ある分、支店長に任せた方がいいんじゃないか」
高橋班長そんなこと言いますけど肝心なこと忘れています。
「交渉だったら分会長の方が、あっ! 言葉通じないじゃん!」
楠木さん気付きましたが、そうです。前回もですが俺たち言葉がわからず交渉も出来ずに攻撃受けたんですよね。
「ということは」
「交渉なんて端から無理」
「口からでまかせってことだな」
皆さん顔を見合って頷きます。支店長の待遇が今決定しました。簀巻きのままです。
そんな事を相談しているうちに、砂煙を上げ接近する集団はもう間近にまで迫って来ています。
「とりあえずみな集まれ! 向うの出方がわかんねがら、気だけは抜くな!」
永倉班長の言葉に皆さん気を引き締めます。
もう相手の顔姿が見える距離です。前回みたいに騎馬に乗った姿。でも前回と違ってみなさん鎧姿ばかり。ローブを着た見るからに魔法使いっぽい人は、少し居ました。後ろの方に見えますがほんの少しです。
全体でも鎧姿、魔法使い合わせて20人ぐらいでしょうか。その人たちですが、今回はこの建物の周りをヒャッハーしながら走り回るなどという野蛮なことはしないで近くで馬から下りるとその馬を引いて歩いてきます。
すると代表者っぽいいかにも偉そうな人が近づいてきます。
近づいてくると判ったのですが、どうもその人女性っぽいですよ。兜を被っているため顔はまだ良くわかりませんが鎧の胸の部分が、オッパイの部分ですよ、膨らみを帯びたデザインになっています。
「女騎士キター!」
後ろよりそう斉藤の声が小さく聞こえてきます。その女騎士は俺たちの目の前、5~6mほど前に立ち止まると俺たちのことを見定めるように見つめてきます。
互いに黙ったままの時間が過ぎていきます。女騎士の後ろに立ち止まる鎧姿も動かず指示待ちのようです。
女騎士がこの建物に入って来ます。我々とは一定の距離を保ちつつ、しかしこの建物には興味があるのか中に入ってからもキョロキョロと中を見定めています。
その女騎士の顔が俺たちに向くと話しかけてきます。
「??????????」
やはりというか日本語ではありません。聞いたことも無い言葉。ちなみに俺たち顔を見合わせ「判る?」と疑問を口にしますが、
「あ、あいきゃんと すぴーく 異世界言語!」
「秋田弁なんて判んねーよ」
「誰かいまの判った人!」
「にずなーゆ」
誰一人意味が判った人は居ないようです。
首をかしげる女騎士がまたも言葉を投げかけてきます。
「??????????????」
もちろん誰も判りません。そう思ったその時でした。
「??????」
横から聞こえたその短い言葉に女騎士が振り向いた。視線の先には…、支店長。その支店長ですが簀巻きにされた顔だけ出した姿で俺たちには理解できない言葉で女騎士になにやら話しかけてますよ!
「????? ??????????」
「?????????????????????」
「???????」
女騎士はツカツカと支店長の元に歩いていくと、なにやら大げさに跪くような、これはきっと礼を示しているのですね。まるで王様に拝謁するかのように肩膝をついて頭を下げてます。
そして二言三言言葉を交すと、短剣を抜いて、縛ってあるロープを切った!
支店長が立ち上がるとパラリと毛布が落ちて、あっ、素っ裸じゃん。
なにやら驚いたような、それでいて視線をずらしながらもしっかり見ていますねアレ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そこの騎士よ!」
簀巻き姿の支店長が唐突に投げかけた言葉。それに女騎士パリカーが振り向いた。兜のせいでわかり難いがその奥に隠された顔には驚愕と希望の色が見えている。
捜し求めていたものの一つが見つかった。女騎士パリカーはツカツカとその声の主に歩み寄ると、確認の為の言葉を投じる。
「我らの言葉を解される貴方は何者か?」
「暗黒の中に光り輝く神よりこの地に使わされた者」
「我等が希望、我等が光明、勇者さま…」
失われたと思われたその中にただ一つ残されていた希望。女騎士パリカーは支店長こと勇者の前に膝を屈すると深々と頭を垂れた。
少ししてパリカーは頭を上げると目の前の奇妙な姿となっている支店長、もとい勇者に尋ねる。
「その奇妙なお姿には何か意味が?」
「いや、誤解を受けてな。社員たちによってこのような目に」
勇者は笑いを浮かべてそのように告げる。これにパリカーが顔を強張らせて聞き返す。
「社員達とはあそこで呆けたように立ち尽くしているあの気の抜けた者達の事ですか? まさかあの者達に刃向かわれたと?!」
怒気を含んだ女騎士パリカーの言葉、勇者はこれに少し妙だと思いながらも言葉を返す。
「あれでもこの私の部下だ。手荒な真似はよして欲しい」
「部下ですか、これは出すぎた真似を」
これも勇者にだけ与えられたスキル、翻訳が強めに働いた結果である。
「ときに勇者さま、この神殿に居られたハズの姫様はいずこに?」
その問いに勇者は首を横に振る。そして不安な様子で集まり固まる社員の中の一人、高橋班長を呼ぶと彼に命じる。
「班長、ティアラがあったな? アレを出せ」
支店長のただならぬ雰囲気に押され、班長高橋もすなおに命じられたままにティアラを取り出す。支店長はそれを受け取ると女騎士へとそれを差し出した。
「我々がここへと現れた時、人の姿はどこにも無かった。ただ灰の中に埋もれ、これらがあったと聞いている」
「これは姫様の!! …」
女騎士は兜を脱ぎ捨てると、震える手でそのティアラを受け取り、捧げ持つ。
その眼からは止め処なく涙が流れ落ち、嗚咽に紛れてかろうじて声が絞り出されてくる。
「灰となって…。姫さまは、姫さまは総てを代償に、使命に殉じられたのですね…」
女騎士が涙に暮れる。勇者と呼ばれるようになった支店長も言葉の判らぬ社員達も黙ってその姿を見つめている。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
唐沢です。
幸い前回のような殺し合いになることもなく、俺たちは穏便に扱われていますけど、なにか妙です。
言葉を話せるという違いは確かにありますけど、なにやら俺たちと支店長の待遇が全然違うような。
それを皆さんに言ったら言われましたよ。
「そりゃアッチはもともと支店長だもの。平社員の俺らとは端から違うさ」
その支店長ですが、交渉を見事まとめ俺たち城へと向かうことになりました。
なんか色々とありましたが、城から捜索隊が来てからは支店長人が変わったかのように紳士です。
以前のあの姿はまるで想像できないくらいです。散々刃向かった俺たちに復讐する気配もお仕置きする気配も無いんですよ!
それを皆さんに言ったら、笑われました。特殊すぎる状況が一時的に人を狂わしたんだろう、なんて高橋班長に言われてしまいましたよ。高橋班長のセリフじゃないですよねコレ。
この砂漠の砂ともこれでようやくお別れです。
でも元自の三人はまだ帰ってきてないです。彼らを待つことなく城へと向かうそうですが、大丈夫なんでしょうか?
いえ、きっと大丈夫ですよね。だって小場先輩飛行機で城を見つけてますもの。ここに居なければ探しに来るでしょうし、メッセージのひとつも残していけば大丈夫ですね。
会えます、きっと…。
十五おやじ、第一部 これにて終わりです。
第二部は入城してからのお約束なアレコレ。ですが姫様も既におらず騎士団・魔法師も半減しているなど城は大変なようです。
それではしばしのお別れを。またいつの日かお会いしましょう。ダスビダーニャ。




