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――レヴァンス山道、ガンデル渓谷、森林前――
ガンデル渓谷を抜け、アーゴン森林の境界線である開けた場所に出る。
目の前にはアーゴン森林の鬱蒼とした木々が広がり、時折魔物の鳴き声らしき怪音が木霊している。
これからここに入っていくと考えると、気分が落ちるのは免れないだろう。
魔物や人の気配が無かったため、商人達の身体を労わり、昼食も兼ねた小休憩を取る事になった。
シオンは近くに綺麗な水が流れる川があったので、何故か汚れていたノアの頭を川の水で洗う事にする。
ノアを仰向けにさせ、石を枕代わりにし、髪だけを川に浸ける形にして洗ってあげる。
「あぁぁぁ……気持ちいいですぅぅぅ……」
ノアがひんやりと冷たい川の水で癒されている。
気持ち良さから声は震え、顔がだらしなく蕩けていた。
一方で、若い冒険者組はそれぞれの仕事に取り掛っていた。
マッシュとアルトは周辺の見張りに入り、レイナとマリーは昼食のため、簡易的な調理キットを組み立てている。
ノアの頭を洗い終わり、タオルで頭を拭きながら調理組の二人に近寄る。
「何作るの?」
「あ、シオンさん。今から根菜と干し肉のスープを」
「いいじゃん。野営にしては上々だね」
ノアと一緒にレイナの横に座る。
レイナの調理は手慣れており、ジャガイモやニンジンを手早く切って鍋に入れていく。
「手慣れてるね」
「はい、子供の頃は親が農作業につきっきりだったので……物心ついた時から、家事は私がしてました」
「へぇ、偉いね。こっちも見習ってほしいなぁ」
ノアの髪をタオルで拭きながら、嫌味を吹きかける様に言う。
当の本人は意にも返さず、髪を拭いてもらって嬉しそうにしている。
こっちも楽しくなり、ノアの頬を優しく抓んだり撫でたりする。
「可愛いなお前は」
「??? はい!」
ノアが突然褒められたと思い、こちらに笑顔を向ける。
調理組が呆れている様な気がした。
ノアの髪を拭き終え、料理が出来るまで手持ち無沙汰になる。
退屈しのぎにノアを二人に預け、見張りへと向かう。
野営地から少し歩くと、見張りをしていたマッシュがいた。
「どう? なんかいた?」
「シオンさん、どもっす! 今の所は、何も無いっす!」
「いい事だ……さてと、マッシュ君、ちょっとお話しいいかい?」
「はい、いいっすよ。どうしましたか?」
シオンはマッシュの近くに寄り、気になった事を話す。
「ジャックス盗賊団、気になるかい?」
昨日の店での反応が気になり、試しに揺さぶってみる。
「え!? な、なんすか、急に?」
マッシュが目に見えて動揺していた。
どうやらジャックス盗賊団に対し、何か思う所があるようだ
「昨日、店で盗賊団の話をしてた時、明らかに感情を抑えてたよね?」
「……そ、そんな事……」
マッシュの声が微かに震え、普段の明るい雰囲気が無くなる。
しかし目は真っ直ぐ向け、何かを訴えたそうにしていた。
「……俺の村、あいつらにやられたんす……」
震える声でマッシュが話し出す。
「親父が冒険者だったんで、憧れで冒険者になりたくて……十二の時にアンセルト剣術訓練所に、親のツテで入れてもらったんすよ」
聞いた事がある施設の名前が出る。
アンセルト剣術訓練所はウラノエス大陸の東側、サンヴェルク王国にある訓練施設である。
名の通り剣士を育てる訓練所であり、訓練所長であるジェイク・アンセルトが立ち上げた、冒険者から騎士まで幅広く剣士は世話になる施設だ。
「……それで」
「俺はそこに四年間いたんすよ……親父に国の兵士でも傭兵でも冒険者にでもなれる様にって……めちゃくちゃ厳しい所だったんすけど、皆と過ごした日々は、楽しかったっす……」
話が進むにつれ、マッシュの声に張りが無くなってくる。
気付けばマッシュも隣に座り、握りこぶしを震わせ話を続ける。
「それで卒業して、久々に故郷の村に帰ったら……村は廃村になってました……ジャックス盗賊団にやられて、家族も友達も……」
マッシュが泣き出しそうになるのを堪える様に俯く。
故郷を失った辛さは、計り知れない。
感情が沈む中、シオンはその話を聞いて、思い当たる節があった。
「もしかして、アンバル村?」
「えっ…!? 知ってるんすか…!?」
アンバルの村はウラノエス大陸の西側にあった村である。
昨年にジャックス盗賊団の被害に遭い、有名だった蚕産業ごと燃やされ、廃村になってしまった場所だ。
「知ってるとも。村一つ丸ごと盗んだ、ってギルドでは持ち切りだったからね」
当時は盗賊団に関する話題でとにかく埋まっていた。
アンバル村の一件を境に、盗賊団による被害は徐々に増して行った
そのため盗賊団の幹部は勿論、下っ端団員ですら懸賞金が懸けられる程だった。
酷い時には無関係の者が、免罪で下っ端だと吹っ掛けられ、懸賞金を目的とした無法者が現れるほどの社会現象となった。
「そうだったんすね……でも俺、辛くて……親父やお袋も死体すら無くて……俺……」
堪え切れなかったのか、マッシュは堰を切ったように静かに涙を流す。
親の死に目にすら会えなかった辛さを思えば、当然と言える。
普段から明るくしていたのは、この事を隠す為だろう。
辛い思いをしたであろうマッシュを見て、シオンも思うところがありマッシュの背中をさする。
「すんません……そっからは、ジャックス盗賊団をとっ捕まえる為、冒険者になった感じっす……」
マッシュが涙を拭い取り、真っ直ぐ向いた明るい表情に戻る。
それを見たシオンも安心したのかマッシュから手を離して空を見上げる。
「そっか……もしかしたら近い内、盗賊団を襲撃する作戦がギルド協会で出るかもしれない」
「そ、そうなんすか!?」
「噂だけどね」
盗賊団を襲撃する噂は、あくまで噂であるが、ほぼ確定だろう。
デイビスが言うに、年々被害が酷くなっていくジャックス盗賊団を取り締まるべく、拠点を見つけ次第、襲撃作戦を予定していると話ていた。
今の所は拠点を突き止め切れず、被害だけがどんどん重なっていってるらしいが。
「だから、それまでにもっと上のランクに行って、討伐部隊に選ばれる様にしとかないとね」
「は、はい!俺、もっと頑張ります!」
激励の意を持って、マッシュの肩を拳で軽く小突く。
そう言われたマッシュは涙の跡など嘘の様に笑顔で返事をする。
「マッシュ……何泣いてんだ? てか見張りは? まさかサボってた訳じゃないよな?」
後ろから呆れた表情で、槍使いである黒髪の青年アルトが近寄ってくる。
座り込んで話していた為、マッシュをサボりだと思われていた様だ。
それに付き合わせてたのもあり、シオンもアルトから睨まれてしまう。
「あ、わりぃ、ちょっと話しててな!どうかしたか?」
「はぁ……そろそろ昼飯だ、集まってくれ」
「おう、分かった!シオンさん行きましょうか」
マッシュ達に頷き昼食の方へと進む。
馬車に揺られていただけとは言え、時間が経てば腹は空く。
昼飯に在り付けようと足を進めると、腕を組み立ち竦むアルトに睨まれる。
「えっと、何か用かな?」
「ん?どうしたんだアルト?」
動かないアルトを気にし、マッシュが振り向き声をかける。
少し重たい空気の中、アルトがゆっくりと口を開く。
「マッシュ達から聞きました……Aランク、なんですよね?」
思っていたより直球な疑問がアルトから飛んでくる。
確かにアルトから見れば明らかな軽装な上、武器らしい武器も持っていない。
Aランクですと言うには余りにも説得力が無さ過ぎた。
マッシュも小声で失礼だろと止めに入るが、アルトは振り払い立て続けに質問を投げかける。
「俺は姉も兄も冒険者で、兄に関してはあんたと同じAランクです……失礼なのは承知ですが、冒険者としては細いし、何より防具らしい防具は服の下の鎖帷子だけですよね? とてもじゃないですが、信用ならなくて……」
「おいアルト!マジで失礼だって!」
マッシュがアルトの肩を掴む。
アルトもマッシュの手を払いのけ、こちらを睨み続ける。
冒険者同士で揉め事を起こすと面倒なので、二人を軽く宥める事にする。
「まぁまぁ、落ち着いて。仕方ないさ、こんな格好してるんだし。冒険者カードだけじゃ疑問にも思うよ、普通」
自分で言ってて虚しい気持ちになる。
Bランクの時からそうだった。
この手の疑問を投げかけられるたび、きちんとした装備をしようと考えてた時期もあった。
それでも、自分の戦闘スタイルを崩してまで身なりを優先する気になれなかった為、最近は気にしないでいた。
アルトの目がさらに懐疑的になる。
隣にいるマッシュですら、実はそう思ってましたと言わんばかりに、気まずそうに目線を逸らす。
「でもまぁ、いつか見せてあげるよ。冒険者やってたら、その内見せれると思うし」
「……そうですか……失礼しました。昼飯行きましょう……」
微塵も納得がいってない表情のまま、アルトは踵を返して昼食へと向かう。
どうしたものかと悩みながらも歩き出し、マリーに餌付けされているノア達の元に向かう。
―――続く




