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――レヴァンス山道、ガンデル渓谷――
激しい揺れが、シオンの寝ぼけた頭に響いて来て、意識が徐々に戻ってくる。
馬車の中では、ノアとマッシュとレイナが楽しく話している声が聞こえてくる。
「うちの師匠はお寝坊さんなので、朝はお世話しないと駄目なんですよ」
「そうでしょうね……それよりノアさんはいいんですか……?抱き着かれて動け無さそうですけど……あと涎も……」
「いつもの事なので大丈夫です!」
「いつもの事なんすか!?」
三人の会話に聞き耳を立てつつ、ゆっくりと目を覚ます。
「ん、んん……今どこら辺……?」
「あ、師匠、おはようございます!今はガンデル渓谷に入ったところです!」
「そっか……」
ノアから現在地を聞いて寝ぼけた頭を搔き、まだそんな所かとため息が出る。
レヴァンス山道は南からルバンス川、ガンデル渓谷、アーゴン森林、サブウェル坑道の四区画に分かれている。
ルバンス川は道は舗装され、見晴らしのいい短い区間の為、かなり安全な区画だ。
サブウェル坑道も、デュランド側の宿場町であるハルマットにいる炭鉱夫達の協力もあり、道は整っており魔物が出る心配も無い。
問題はガンデル渓谷とアーゴン森林だ。
ガンデル渓谷は崖や大岩で、アーゴン森林は木々やぬかるんだ土で、道中の環境がとにかく悪い。
石が混ざった地面の上や、車輪が嵌りやすいぬかるんだ土は、徒歩でも馬車でも、移動する者達の体力を根こそぎ奪っていく。
だが、それ以上に厄介なのが盗賊と魔物の存在だ。
盗賊はまだいい。
危険地帯に出向かされる様な団員は下っ端が多い。
実力なんぞ、たかが知れている。
問題は魔物の方である。
ガンデル渓谷にはロックゴーレムやグレムリン、アーゴン森林にはサーペントやゴブリンなどの厄介な魔物が多い。
さらには、時折ドレウス山岳やゼレス岳から降りてくる、オークやグリフォンと言った危険な魔物すら現れる。
その為、運が悪ければ様子見の野営で三日以上足止めをくらう場合がある。
若い冒険者達がどれほどの実欲を持つかは知らないが、何も起こらないことを祈るしかなかった。
ただし人間というのは、不都合は来るなと思えば来るらしい。
外から岩が落ちる音がし、馬車が急停止する。
「な、なんっすか!?」
「うわあぁぁぁ! ま、まずい! グレムリンの群れだ! 助けてくれぇ!」
御者が悲鳴を上げる。
それを聞いた若い冒険者達と共に、馬車の外に出る。
渓谷の岩肌に覆われた道には、馬者を足止めるため、何者かが落としたであろう岩が道を塞いでいた。
誰の仕業かと考える暇も無く、上空からキキキッと下卑た笑い声がした。
空を見上げると、石と木で作った武器を手に持つ、何かが飛んでいる。
深い緑の肌、尖った耳に、腕から腰に伸びた羽を持つ醜い人型の魔物、グレムリンがいた。
シオンはもう一つの馬車に駆け寄り、商人の無事を確認する。
馬車の隅で蹲っているため、無駄に逃げ惑う事は無さそうだ。
外ではグレムリンが、六体飛び回っており、出てきた冒険者達を挑発している。
グレムリンには、お粗末な出来とは言え、武器を作るほどの知能がある。
どうやらグレムリンの目的は馬車の食料らしく、落石で足止めして奪おうと考えているようだ。
そうはさせまいと、御者の助けに応じてマッシュと槍使いが武器を構え、三人は戦闘の体勢に入る。
「ここは任せてくださいっす! レイナ、雷魔術で落としてくれ! 俺とアルトで落としたやつを仕留める!」
「はい、撃ち落とします……!」
マッシュの号令に応じる様に、レイナが杖の魔石に魔力を集中させて、淡く光る魔法陣を出す。
「サンダースフィア……」
伝わった魔力が杖の先に集まり、雷の魔力球が作られ、グレムリンに向けて発射される。
しかし弾速は遅く、グレムリン達もにやけ面のまま易々と避ける。
やっぱり新米の冒険者かと、シオンは落胆し肩を落とす。
だが、外したと思っていたレイナの放った魔力球は、空中で留まり続けていた。
「弾けて……」
シオンの落胆は勘違いだったようだ。
レイナの合図と共に、雷の魔力球が弾け、グレムリン達に感電していく。
レイナは無鉄砲に魔術を撃ち、見事に外したわけでは無く、端から全体に攻撃するためだった。
「へぇ、魔力のコントロールが出来てるのか……優秀だねぇ」
わざと避けさせ油断させる戦術に思わず感心する。
感電したグレムリン達は、ショックで翼を動かせず、地面に激突する。
地面に打ち付けられたグレムリン達は、受け身を失敗して腕や足を折ったり、背中から落ちて呼吸できずに、もがき苦しんでいる。
その好機を近接職の二人は見逃さなかった。
呻いてるグレムリン達に剣士のマッシュと槍使いがとどめを刺していく。
汚い悲鳴と共に濁った黒に近い血が噴き出し、グレムリン達が次々に討伐されていく。
グレムリンは抵抗しようと、落とされてダメージを負った体で、槍使いに不意打ちをしようとする。
しかし、マッシュの見事な一閃が、不意打ちを仕掛けたグレムリンの武器を弾く。
そのまま槍使いの槍が振りかざされ、グレムリンの身体を真っ二つにする。
「やりぃ! ナイス、アルト!」
「いや、何てことない。レイナの魔術ありきだよ」
「お二人とも、お疲れ様です。マリーさん、そっちは大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですぅ!」
後ろから魔防壁で馬車を守っていた、マリーと呼ばれた白魔術師の女の子の返事が聞こえた。
マリーはグレムリンが倒され、周囲を確認すると魔防壁を解き、三人の方へと駆け寄り無事を確認する。
シオンの不安は、ひとまず払拭されたと言えるだろう。
三人の動きは悪く無かった。
マッシュはリーダーとして、前線を張りながら周りを見ている。
アルトの槍捌きや、レイナの魔術を見ても、本当にDランクかと思うほどの実力と的確な判断力だった。
「師匠、私達何もしなくて良さそうですね!」
ノアが先輩風を吹かせたいのか、上からの物言いで四人を判断する。
そんな事言える立場か?と内心思ったが、流石にCランクであるノアの方が実力で勝っているため、言い返すことも無く肯定の意を持って頭を撫でる。
「いやはや、よかったよかった……お前さんらを雇って正解じゃわい……さて、ここにいて別の魔物が来たら堪らん……先を急ぐとしようか」
一安心した御者は嬉しそうな冒険者達を乗せ、再び馬車を進めて行く。
―――続く




