1-2
――キャメディア帝国、ミレット領、冒険者ギルド――
全てを諦めてギルドに設けられた椅子に深く座り込む。
デュランド王国に向かうのが嫌すぎて溜息がとめどなく出てしまう。
遠い目をして項垂れていたのを心配したのかノアが下から覗き込んでくる。
「師匠、やっぱり不安なんですか?大丈夫です、ノアがいますよ!」
無邪気な笑顔の、可愛い愛弟子が励ますため、小さく跳ねている。
自分の師匠に、まして冒険者としてもランクが上の人間に何を生意気な、とも思ったがやはり可愛さに負けノアの頭を撫でまわす。
「そうだね、デュランドに着いたら美味しい物食べようか……でもその前に、今晩は僕のAランク昇格祝いでもしますか」
「本当ですか!?やったぁ、わーい!」
相当嬉しいのか、ノアがこれでもかと言わんばかりに、輝く笑顔をしている。
はしゃぐ弟子を温かい目で見ていると、書類を持ったデイビスが受付から出てくる。
「待たせたな。書類は二つ、こっちはデュランドのギルドに着いたら渡してくれ。推薦状だ。で、こっちは乗る馬車の御者宛だ。俺の紹介状だから、タダで利用できるだろう。馬車は明日の朝出るから寝坊するなよ?」
二枚の羊皮紙の書類をデイビスから受け取り、丸めてバッグに入れる。
こんなに無機質で軽い紙が重く煩わしく思うのは人生で初めてだろう。
「はいはい、明日の朝ね。まったくどこまでも人使いが荒いなぁ……」
苦言を言い残してギルドを後にしようとするシオンにデイビスが声をかける。
「そんな事を言いなさんな……
なぁシオン、勘付いてると思うが、最近ジャックス盗賊団の被害が頻繁に報告されている……
行かせる手前、こんな事言うのはあれだが……気を付けろ」
本当にその通りだよ、と言い返したかった。
しかし、シオンにも不可解に思う事が多く、忠告を素直に受け取る。
「そうですね、気を付けます」
そのままノアを連れてギルドを後にする。
――キャメディア帝国ミレット領、宿屋ワンダーライム――
ギルドを出てから明日のデュランドへの移動のため、必要な物を買い足していたら夕暮れ時になる
日が沈む前に、キャメディアで普段利用している宿「ワンダーライム」にノアと二人で入る。
綺麗な漆を塗られた樫の木の床と、石畳の壁で作られた上質な宿屋だ。
何よりもいいのは、酒場が併設されている。
酒場の中はすでに冒険者や商人、大工などの仕事終わりの人で溢れ、声が掻き消されるほどの喧騒で賑わっていた。
女の子の店員に案内され、ノアと共に席に着く。
メニューは決まっていたので案内してくれた店員にそのまま注文を頼む。
「すいません、ムッコラ牛のステーキを二つ、バゲット二つ、フレッシュサラダ二つ、それとゴールドビールと果物水を一つずつお願いします」
店員はシオンの軽装な見た目からは予想できない、豪快な注文の仕方に面食らいながらも、すぐさま笑顔を取り戻しは厨房へと向かう。
本来は祝賀会のはずだったが、ギルドにて余計な事が増えたのもあり全面的に祝う気にはなれなかった。
それでも昇格は昇格、何とか切り替えて豪勢にと、ムッコラ牛ステーキを愛弟子の分も含め二つ頼む事にした。
「師匠、いいんですか?私も食べて?」
涎を垂らしたノアから純粋な質問が飛んでくる。
ムッコラ牛はキャメロディアの東にある牧場の街で育てられた肉牛だ。
赤身が多いが柔らかく、噛めば噛むほど脂が旨味として広がる高級品である。
ステーキにすれば100グラムで銀貨十五枚以上はする為、並の冒険者では手を伸ばすことも厳しい。
「いいんだよ、僕のAランク昇格のお祝いだから。それに一人じゃ寂しいだろ?」
「そうなんですね、意外と乙女っぽいですね!」
純粋な笑顔から放たれる言葉の棘がシオンの心に突き刺さり、徐々に広がる痛みがシオンを襲う。
「ノア、師匠にそういう事言うもんじゃないよ?それにいいの、デュランドに行くにあたって、元気を出す為の前祝い的なものだから」
ノアにと言うより自分に言い聞かせる塩梅の方が大きかったが、それでもなお真っ直ぐにノアを見て言い放つ。
「そんなに嫌なんですか?デュランドに行くの」
「嫌だね」
脊髄反射で即答をしてしまう。
賑やかな酒場で静寂を感じる程、お互いに見合って黙り込む。
「いや、ごめん……嫌なのは本当に嫌なんだ。昔いた、まぁ、わけあってクビにされたパーティーがいる所でね……」
「師匠がクビ……!?こんなに強いのにですか!?」
無垢な顔でノアが驚愕する。
修行して強くなる前のシオンを知らなければ無理もない話だ。
「まぁ、当時は弱くて役に立って無かったからね……魔力タンクなんて言われて他のメンバーに魔力を渡す役割だったよ?」
当時のシオンはそうだった。
魔法剣士でありシオンの元恋人、アリシアが優秀な冒険者として紅刃の大地に誘われた時、パーティー加入条件として相棒であり恋人の錬金術師兼冒険者のシオンも加入してほしいと提示して、半ば無理やり入れてもらった。
その後は錬金術師が冒険者に向いて無い事が露呈していき、魔力タンクとして他メンバーに魔力を供給するのが主な仕事になった。
そんなある日、紅刃の大地はダンジョンにて、魔力を貯蓄でき使用の際には増強する魔石「英霊の藍宝石」を手に入れる。
そこからは、魔力に困る事が無くなったため、当然シオンの役目は無くなった。
そこからは干され、追い出されと淡々と物事は進み、今現在に至る。
「そうなんですねぇ……なら、今行ったら仲直り出来るんじゃないですか?師匠、今こんなに強いんですもん!」
「うーん、どうだろうね……?」
Aランクへの昇格が決まってから、そう思ったことはある。
しかし、元恋人がいる所に戻るのはあまりにも気まずさが勝ってしまい戻ろうにも戻れない。
いくら実力を付けたとしても精神的な苦労の方が多いと思い行く気は微塵も無かった。
無かったんだ。
ノアと雑談をしていると湯気の立つ皿を乗せたワゴンを引く店員が来る。
「お待たせしました!ムッコラ牛のステーキに、バゲットとサラダ、こちらがゴールドビールで、こちらが果実水になります!ごゆっくりどうぞー!」
「うわぁ……すごぉい……」
店員が皿を置くや否や、ノアの視線がムッコラ牛に釘付けになり涎を垂らし身を乗り出す。
最早我慢の限界なのだろう。
ナイフとフォークを手に持ち、足を前後に揺らしていた。
ひとまず制止させ、ノアに果実水のジョッキを持たせる。
「落ち着きなって……じゃあ、Aランク昇格を祝って……」
「「かんぱ―い!」」
――続く




