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――魔法暦570年、キャメロディア帝国ミレット領――
綺麗な石畳で築き上げられたギルド協会支部では昼間だと言うのに、冒険者が酒を飲み交わしたり、真面目に次の依頼の作戦会議を開いたりと、それぞれが自由に屯していた。
喧騒に囲まれた中、青みがかった髪をした冒険者にしては軽装で簡易的な格好をしているシオン・グレイシスは受付嬢と話していた。
「Aランク到達おめでとうございます、シオン様」
「ありがとうございます」
シオンはギルド協会本部の受付にて、Aランクを証明する金色の冒険者カードを受け取る。
紅刃の大地から追放されデュランドから離れて七年以上、ありとあらゆる場所へ行きその先で様々な修行をしてきた。
血が滲む努力の末、シオンは冒険者としては誰もが夢見る最強格、Aランクに到達した。
Aランクともなると冒険者としては名実ともに最強格として認められる。
当然、依頼の危険度も跳ね上がるが、高い報酬が期待できる為、悪い事ばかりでは無い。
また、冒険者の間では最終目標がAランクと言うのも多くは無い。
その為、Aランクに到達すれば、一度誰かに知られると一日も経たずに話は広がっていき、瞬く間に有名人となる。
金色のカードを手に取り、これまでの過酷な道のりを思い返し受付を離れる。
あまりにも過酷で挫折まみれの七年間、シオンにとって感無量の極みだった。
感傷に浸りながら歩きだすと、銀髪の女の子の明るい声が飛んでくる。
「師匠ー!ついにAランクですかー!?」
シオンの弟子であり長い武術棒を背中に携えた武闘家であるノアに後ろから勢いよく抱き着かれる。
人がぶつかる強い衝撃をわき腹に受け、痛みと肺から空気が勢いよく抜ける苦しさがシオンを襲う。
「うぐっ!?っあ……ノア、危ないだろ?」
「えへへ、ごめんなさーい」
悪びれもしない無邪気な笑顔でノアが謝る。
シオンも愛弟子の可愛さに強く言えずに、可愛さに狼狽え何も言わずに頭を撫でる。
「えへへ……」
蕩けた表情のノアを困った顔で撫で続ける。
弟子に強く言えない事がここまでシオンを悩ませるとは自身も思っていなかった。
ふんわりとした仲睦まじい空間の中、シオン達の後ろから困惑した表情で近付いて来る男性がいた。
「仲がいいのは結構だが、少し大丈夫か?」
「あ、デイビスさん、どうも。どうかされたんですか?」
冒険者ギルドキャメロディア帝国支部の支部長にして、元冒険者であるデイビスが立っていた。
褐色の肌に多数の傷、制服の上からでも分かるガタイの良さは、語らずとも見るだけで元Aランク冒険者である事を表していた。
こちらが話を聞く態勢を整えると、合わせる様にかけている眼鏡を直して話始める。
「ギルド協会からの連絡でな……最近、デュランドの方の依頼が増加している上、片付いて無いらしくてな……お前にとっては面倒この上ないだろうが、引き受けてくれないか?」
思わず嫌な顔になってしまう。
デュランド王国はかつてシオンが所属していた冒険者パーティ、紅刃の大地が拠点としていた場所である。
工芸品や酪農が豊かな、商業や食品生産においても盛んな上、魔物の侵入を許さない城壁が有名な治安の良い大都市だ。
シオンにとって忌々しい思い出があるあの土地は、七年以上戻っておらず、とてもじゃないが今更戻る気には一切なれなかった。
「えぇ……普通に嫌だけど……? 第一、あそこには優秀な冒険者がいっぱいいるでしょ?特に紅刃の大地とか白光の軌跡とか……」
「その事だが……一ヵ月前に、紅刃の大地のパーティー評価がCランクまで落ちたそうだ。その上パーティーは解散寸前らしい」
衝撃の報告を受けて固まり、思わず目を見開いてデイビスを見つめる。
紅刃の大地はリーダーであるガイア・フラクトスを筆頭に、重戦士ジン、弓使いへリア、白魔術師のプリマ、魔法剣士のアリシアからなる、かつてシオンが加入していたAランク評価の冒険者パーティーだ。
デュランド王国の冒険者パーティの中でもトップクラスの実力を誇っており、特にガイアは赤い刃の双剣を使い敵陣を切り開く圧倒的な遊撃剣士であり実力者だ。
そんな優秀パーティーの二段階降格及び解散寸前の報告を聞いて思わず黙り込んでしまう。
「………マジで?」
「マジだ」
デイビスが真面目な顔で即答する。
シオンも当然デイビスが仕事で冗談を言う柄では無いと知っているため、話の信憑性がさらに増す。
「……そ、そうなんだ……大変だね」
「他人事かよ……まぁ無理にとは言わん。お前にも色々あるだろうしな……でだ、話は変わるが、新米冒険者の訓練教官をキャメロディアのギルドから一人、出さないといけなかったな……」
デイビスのぼそりと呟いた意図をシオンは理解する。
新米冒険者の訓練教官とは言葉通り、登録したての冒険者の卵を育成する指導監督の事だ。
腕が立つ冒険者や退役の熟練兵士が務める役割だが、一日九時間以上の勤務に新米冒険者の指導や相談、設備の整理を任される誰もが嫌がる役職だ。
とどのつまり、デイビスはデュランド王国に行かないならそれをさせるぞと脅しをかけてきた。
「待って、なんで今言うの……? 鬼か……?」
「いやぁ、優秀な冒険者で暇なやつがいないからなぁ……お前もデュランドに行くらしいし、なぁ……?」
ちらちらとこちらを見てくるデイビスの眼差しは悪意があった。
デュランドに行かなければ訓練教官にするぞ、と言わんばかりの視線。
実質的な脅しだった。
「くっそぉ……これがAランクに上がりたての優秀な冒険者に対する仕打ちかぁ……?」
「優秀な冒険者だから任せてたいんだよ。駄目なら仕方ないがな……訓練教官として、お前には頑張ってもらうしかないな……」
「やっぱりそうじゃないか……分かったよ、行くよデュランド……」
全てを諦めて話を承諾する。
とてもじゃないが話の落し所が見つからず、承諾以外の道が無さそうに見えたからだ。
落ち込むシオンとは裏腹に、嬉しそうな顔のデイビスとノアがいた。
「……デイビスさんはともかく、なんでノアが嬉しそうなの?」
「だって私、デュランド初めてなんです! 美味しい物がいっぱいあるって聞いてるので、すっごいワクワクします!」
輝きを放つかのような笑みが面倒事の方が多いと悩んでいるシオンを襲う。
ここまで無邪気だと流石の師匠も太刀打ちできなかった。
「お前さんの弟子もこう言ってるんだ。頼むよ」
微塵も悪いと思っていない顔のデイビスが手を合わせて懇願する。
「無慈悲すぎる……はぁ……分かりましたよ……馬車代お願いします」
「よぉし、流石Aランク冒険者だ。待ってろ、手配してやるからなぁ」
受けてくれた事を嬉しく思ったのか、普段見せない様な意気揚々とした足取りで、デイビスが受付裏に歩いて去っていく。
シオンの心境は落ちていくばかりだった。
しかしその一方でAランク冒険者パーティー、紅刃の大地が解散寸前まで追い込まれている事を不思議に思う。
シオンが追い出された時の記憶では、少なくともメンバー全員が向上心の塊の様なパーティーだった。
自ら冒険者業を投げ出し辞める事や、慢心で油断し殉職したとは思えなかった。
かと言って成績も不備がある訳では無い事はシオンが一番分かっている。
パーティーに入っていた時も、オーガ複数体を蹴散らす姿は正真正銘、嘘偽りない実力があってこそだったからだ。
だからこそ、紅刃の大地の失脚はそれ以上の脅威が襲ったからと予想できる。
災害かそれともSランク級の魔物が出たのか、今の段階では予想が付かなかった。
「本当にどうなってんだか……」
心配と不安の混じった嫌な予感がシオンの中で渦巻く。
――続く




