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囚われの聖女は自分の足で歩きたい  作者: 春海さくら


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08. さあ、この手を取って




 牢獄の鉄格子に鍵を掛けるように重い扉を閉める。


 暫くその場に立ち尽くしていたが、知らぬ内に拳を握りしめていた。



『貴方たちが閉じ込めたくせに、今更、今更出て行けなんて言わないで』



 瞳を潤ませてどこか泣き出してしまいそうな彼女にそう縋られた時、何も言えなかった。

 彼女の言う通りだと思った。

 この城に、この国に、この残酷な檻に。

 お前を閉じ込めたのは俺だ、アイリス。


 扉を背に、その場を立ち去る。

 トントン。

 塔の中の永遠と思われるような石造りの螺旋階段を降りていく。

 日の光の入らない階段は酷く暗く、吊るされたロウソクだけがぼんやりと空間を照らしている。



「⋯⋯」



 時間は稼いだ。

 大司祭ファブリスが己の欲望のままに個人的な祈りをアイリスに命じていたことをダシにして脅せば、奴は何も言えなかった。

 ファブリスは俺の言う通りにアイリスに二日の休暇をやった。

 その間⋯⋯ファブリスがこの塔に訪れない二日間の間で、アイリスを説得し、彼女を塔から連れ出す算段だったというのに。

 

 タイムリミットは今日だった。

 

 今日中に説得して、今日の夜、連れ出す筈だった。

 失敗だ。彼女はもう俺と会おうとはしないだろう。


 俺の言葉は、彼女に届かない。

 当然だ。アイリスからしてみれば、俺は彼女をこの国に縛り付けた大司祭と何ら変わりない。

 俺は彼女の気持ちを理解出来ていなかったのだろう。

 だから、彼女を傷付けた。


 この城を出ればいいなどと、安易な言葉で。



「⋯⋯俺では駄目か」



 無意識の内に呟いていた。



 □



 頭の中がぐるぐるする時は、毛布を被るの。

 そうしたら何も感じないから。

 私だけの世界に逃げ込んで、その世界は辛いことなんて何にもなくて、ただただ時間だけが過ぎていくの。


 毛布で視界を被って、苦しくなるくらいシーツに顔を埋めた。

 ⋯⋯だめ。大抵の事は平気だったのに。

 どうしよう。苦しいのが止まらない。



『⋯⋯すまない』



 なんで王子様が謝るの。

 謝るべきは、私だった。

 だってきっと私のために言ってくれたのに。


 王子様が来るようになってから、ご飯のメニューが変わるようになった。

 この前なんて、ふわふわのパンが出てきたの。

 美味しかった。王子様にありがとうって、もっと早く言っておくんだった。


 酷いことをたくさん言ったような気がする。

 王子様は私に怒鳴られても怒った顔をしなくて、ただただ眉尻を下げて悲しそうな顔をしていた。


 王子様。

 もう、この部屋には来てくれないかな。



「おうじさま」



 ぽつりと呟いて、ふと毛布から顔を出した。

 窓から西日が覗いている。

 空が赤く染まって、窓から差し込んで私の手元を照らす光も、オレンジ色で。


 太陽はすごく遠い。太陽って、あったかいのかな。

 あれに近付くにはどうしたらいいんだろう。



「⋯⋯近付けるわけないのに」



 外の世界を見てみたいだなんて思ったことなかった。

 ずっとこの狭い部屋だけが私の全てだったから。

 それで良いと思ってた。多くを望んでなどいなかった。


 ただ、惨めに生きていたかったの。



『ペガサスに、会いに行くか』



 ふと思い出す。

 私にそう問い掛けた彼の声は、どこか緊張していたようだった。


 なんで王子様が緊張するんだろう。

 そうか。彼はずっと、私を外の世界に連れ出そうとしてた。

 あの言葉はきっと、恐る恐る、けれど懸命に彼が心の内から絞り出した言葉だったに違いない。


 昨夜は夢を見た。

 私が両手を広げて、壮大なお花畑を歩いている夢だ。

 その隣には⋯⋯誰かがいた。誰だったのかは、分からない。

 けれど、外の世界で私の隣で歩く人は、王子様がいいと思った。



「⋯⋯」



 馬鹿、アイリス。

 王子様はこの国を守るひと。

 私となんて一緒に来てくれないよ。



「ばか」



 ぽつりと呟いたその刹那、タンタンタンと部屋の外で誰かが慌ただしく階段を登ってくる音がしてびくりと身体を震わせた。

 誰? まさか、ファブリス。

 ⋯⋯ううん、足音が違う。それに今日は私の所へ来ることが出来ない筈、なら、



「アイリス」


 

 ───扉が勢いよく開かれた。

 そんな風に私を呼ぶ人はひとりしかいない。



「共に行こう」 



 エメラルドみたいな瞳が私を真っ直ぐに捉える。

 

 私は驚いて声も出なかった。

 どういう、こと?

 王子様が私と。どこに? まさか、外の世界に。


 そんなのだめ、と私の心は叫んだ。

 そんなことだめ。王子様はこの城に居なきゃ。


 そう言いたいのに、叫びたいのに。

 「だから、来い」と私の手を優しく引く王子様をただ見上げていることしか出来なかった。


 だって嬉しかった。

 王子様が私のものになったみたいで。

 私と生きてくれるって、言ってくれたみたいで。



『───ペガサスに、会いに行くか』



 ふと、彼の声が思い出される。

 そして気が付いてしまった。


 彼は、最初から一緒に行こうと言っていたことに。

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