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囚われの聖女は自分の足で歩きたい  作者: 春海さくら


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3/6

03. あなたの心を育てるもの




 祈りの時間は一日に三回ほど。

 これは大司祭が私に課した制約だ。


 狭い部屋の中で目を引く一際大きな台座には、この国で古くから信仰されてきた神───グウィン様の像が祀られている。

 グウィン様の一番有名なお姿は、狼の姿だ。

 美しい毛並みを持つ狼の神さまに、私は今日も今日とて祈るのだ。



「⋯⋯何をしている」



 祈祷は精神力を使う。

 どこにも姿を見せない神に祈るのにも、私はほんの少しだけ疲れてしまう。

 祈りが終わり、ぼんやりとした私は薄汚れた窓辺に上って空を見上げていたのだけれど、そんな時に重い扉が開かれた。


 また、来た。王子様だ。



「⋯⋯そらをみているの」



 幾分、声を出しやすくなった喉でそう言う。

「空?」と王子様は尋ね、私のそばに歩み寄ってきた。


 体の大きくて眼光の鋭い彼は、怖い。

 ほんの少しだけ身を捩る。

 また、王子様はあの表情をする。



「この窓は、外が汚れているな。この部屋の掃除はいつも誰が?」

 

「⋯⋯わたし」


「そうか」



 掃除が上手じゃないと言われてるみたいで癪になりながらそう答えたけど、王子様は別の感想を抱いたようだ。



「国に身を捧げ奉仕している聖女が部屋の掃除を自分でしなければならないとは、何たる待遇だ。城の者にすぐに、」


「まって、これでいいの」



 思わず声を上げてしまった。

 王子様はびっくりした目で私を見下ろす。

 お前、大声が出せたのか。と言われてるみたいでなんとなく嫌だった。



「へやに⋯⋯ひとがはいってくるのは、いや」


「⋯⋯そうか。食事はいつもどうしている?」


「とびらの、こまどから⋯⋯いつもだれかがいれてくれる⋯⋯」



 小さく古びた扉を指差すと、彼はそちらに視線をやって、なんとなく顔を顰めた。ような気がした。



「代々、聖女と接触することを許された一族が食事を担当している⋯⋯との記載があったが、なるほど」



 変なの。王子様なのに、そんなことも知らないなんて。

 でも、すぐに思い直した。

 

 聖女の扱い方は古より決まっている慣習。

 

 王様は普段聖女がどうやって生きているかなんて気にしないし、聖女の管理は大司祭が一任していて、聖女を世話する一族も何百年も前からその役目を遂行し続けている。

 王子様が知らないのも無理はない。



「俺がこの部屋に入ってくるのも、お前は嫌か」



 真っ直ぐに尋ねられて困惑した。

 

 そんなこと聞くまでもなく、もちろん嫌だけど⋯⋯彼の瞳の奥に、不安げな光が揺れ動いているような気がして、直接言うことは憚られた。

 このひとは、傷付いてしまうかな。それはなんとなく、いやだなあ。



「⋯⋯わからない」



 王子様は、私の言葉が嘘であると見抜いただろう。

 そうか、と小さく呟いた彼が諦めたように眉尻を緩めたから。

 ちょっとだけ、怖いのは。

 私の感情が、思いが、全部この人に筒抜けのような気がするから⋯⋯なのかもしれない。


 ふと、王子様がさっきから手に持っている布袋に視線がいった。

 何を持っているんだろう。



「気になるか? これが」



 また王子様は私の思考を先回りしたみたいに言った。


 そして布袋を近くにあるテーブルに置き、中を広げてみせる。

 彼が取り出したのは、一冊、二冊、三冊の⋯⋯本?



「こちらは、隣国クレニアのリュークという者が書いた御伽話集⋯⋯こちらは、この国の者が書いた詩集だ。そしてこれは、」



 本。本だ、でもどうして、王子様は本を私に?


 私の不思議そうな視線に気が付いたのか、彼は説明を中断し、「この部屋には本が少ないようだったからな」と言った。



「暇潰しの足し⋯⋯あるいは、お前が好きだろうかと思って、持ってきた」


「⋯⋯ほんなら、わたしも、持ってる」


「あれは聖職者のための聖書やこの国の歴史書だろう。そんなものを読んで何になる。お前には、物語や詩の方がきっと似合う」



 部屋に元からあった本は、言葉が難しくてあまり読んでいない。

 でも王子様が持ってきた本にはなんとなく興味を持って、窓辺から降りて王子様のいるテーブルに近付き、一冊の青い背表紙の本を手に取る。

 「ああ、それは」と王子様が口を開いた。



「探検家ガスパールの冒険記だ」



 たん、けん、か。

 聞いた事のない言葉だった。

 けれどどうしてだろう、心を惹かれた。



「探検家とは、世界中を周り、人類が未だ足を踏み入れていない未踏の地までもを旅する者のことだ。

 ガスパールは有名なこの国の探検家でな、その者が書いた冒険記は国境を越えて瞬く間に人気となり、今も尚人々の心を掴んでいる」



 王子様はそれから、「なによりこの男の賞賛されるべきところは、年齢が未だ二十であり、熟練の冒険家をも凌ぐ腕前を持っているということだ」と淡々と続けた。


 二十歳。私より二つ程年下。

 それなのに、私よりも遠くて広い世界に住んでいる。



「⋯⋯その本が気に入ったか?」



 期待するような眼差しを向けられ、下を向いた。

 わからない。ただ、この胸に広がるじゅくりとしたものは一体何なのだろう。



「全部やろう。そして、本を読むことが出来たら、また感想を教えてくれ」



 王子様はそう言い、いつものように「また来る」とだけ言い残してこの部屋を去っていった。

 

 カチャリとかけられるカギの音。

 そして、私の手元には三冊の本。

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