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幕間③ 帝都の流儀、笑顔の首輪

そのころ、帝都。

アルヴェイン侯爵家の新年の集まりは、表向きこそ静かだったが、空気はわずかに荒れていた。


原因は明白だ。

レオの件。

新大陸へ追いやった三男坊の件が、まとまった報告として正式に議題へ上がったのである。


広間は暖かい。

香も焚かれている。

酒も料理も、一流だ。


だが、それでも席に着く者たちの顔はどこか硬い。

侯爵家当主カイゼル=アルヴェインは、露骨ではないにせよ機嫌が悪かった。


杯を持つ手に乱れはない。

声も荒げない。

だが、知る者が見れば分かる。

面白くないのだ。


「改めて申し上げます」


控えていた家令が、報告書を広げる。


「新大陸の開拓村」

「現在、一定の農地を確保」

「水路を整備し、鍛冶場、湯場、錬金術師の工房まで稼働」

「人の流入も始まっており、小規模ながら定住希望者が増加」

「また、ハルト商会と定期取引の形が整いつつあります」


その言葉の一つ一つが、広間の空気を少しずつ重くしていく。

寄子衆の貴族たちも、さすがに顔を見合わせ始めていた。


「そこまで、ですか」


「思ったより、形になっておりますな」


カイゼルは黙っていた。

だが、その沈黙自体が苛立ちを含んでいる。


本来なら、ここで笑い話になるはずだったのだ。


分家として切り離した三男。

辺境へ送った厄介払い。

失敗すれば、分家が勝手に潰れたで終わる話。


だが、それが終わらない。

終わるどころか、じわじわと形になってきている。

それが面白いはずがなかった。


「一番の問題は、あれですな」


年嵩の寄子が、慎重に言葉を選んで口を開いた。


「レオ殿が、すでに分家として独立していること」

「しかも、新大陸の開拓村ごと」


広間の全員が頷く。

そこが最大の厄介だった。


本家の三男坊。

それだけなら、まだどうとでもなる。

家の中の話だ。

潰すも、拾うも、表の理屈は作れる。


だが、独立した分家となれば違う。


家も名も別。

そして、領地も別だ。


たとえ侯爵家といえど、そこへ本家があからさまに手を突っ込めばどうなるか。


「帝都で雀どもの餌になりますな」


別の寄子が顔をしかめる。


「宮中でも面白がられましょう」


「侯爵家、成功しかけた分家を横から食うと」


「笑い話にするには、少々あからさますぎる」


カイゼルは、その言葉にも表情を変えなかった。

だが、指先が机を一度だけ軽く叩いた。


不快なのだ。

だが、不快であると同時に、それが正しいのも分かっている。


正面からの介入は難しい。

難しいどころか、下手を打てば帝都と宮中で格好の餌になる。


侯爵家ほどの家が、分家一つを呑み込むのに手こずっている。

そういう見え方になるからだ。


その時だった。


「なら、婚姻で首輪をつけましょう」


静かにそう言ったのは、寄子の一人である子爵だった。


新大陸の話には最初から深く乗らず、力を残したまま様子を見ていた男だ。

強かと言うべきだろう。

目先の熱に浮かされず、損もしていない。

だからこそ、今ここで口を開く資格がある。


広間の視線が一斉に集まる。


「婚姻か」


カイゼルが短く返した。


「正面から手は出せぬなら、家の中へ入り込めばよろしい」

「妻の家を通せば、圧はかけられます」

「名目も立ちます」

「本家として、兄として、新大陸で苦労している弟のため、良縁を世話したと」


何人かが、そこで小さく息を吐いた。

それは、あまりにも侯爵家らしい案だった。


露骨ではない。

だが、確実に効く。


妻の家を通して意見を入れる。

人を差し込む。

子ができれば、なおさら血の理屈が絡む。


正面から領地へ介入するより、はるかに上品で、はるかに粘つく。


そして何より、善意の顔ができる。

弟を案じる兄。

辺境で孤立している分家を支える本家。

新天地へ嫁ぐ高貴な令嬢。


言葉だけ整えれば、美談にすら見える。

だからこそ、嫌らしい。


「候補はあるのか」


別の寄子が問う。


「さすがに、寄子から嫁を出すのは露骨すぎる」


「そうですな」


「帝都で笑いの種です」


「陛下の覚えも悪くなる」


「侯爵家、自分の分家へ寄子の娘を押し込むでは」


「いかにも、ですな」


子爵は、そこでゆっくりと口元を上げた。


「ですので、もっと良い家があります」


その言い方に、広間の空気がまた少し変わる。

カイゼルも、今度は露骨に顔を上げた。


「どこだ」


「ウインザルフ公爵家です」


場が静まり返る。

誰もが、その家名の重さを知っているからだ。


帝国有数の大公爵家。

宮中での発言力も強い。

そして、あの婚約破棄騒動の中心にいた家でもある。


「ウインザルフ公爵家だと?」


「ええ」


子爵は平然と頷いた。


「件の、婚約破棄されたご令嬢、帝都での呼び方は悪役令嬢でしたな」


今度は、露骨にざわめきが広がった。


「待て」


「本気か」


「あの家だぞ」


「こちらから口が届く相手ではない」


「届きます」


子爵は静かに言った。

その声には、妙な確信があった。


「なぜだ」


カイゼルが問う。


「理由は二つございます」

「第一に、公爵家は今、あの令嬢の次を急いでいるはずです」

「傷を負わせられたままでは置けない」

「家格に見合う再配置先が必要」

「それも、ただの慰めではない」

「婚約破棄されてもなお、良縁へ収まったと見せられる先が」


それは、あまりにも貴族社会らしい理屈だった。


感情ではない。

名誉だ、配置だ、家の面子だ。


娘本人の意志など、そこにはほとんど出てこない。

美しく飾った札を、どこへ置けば一番損が少ないか。

その話でしかない。


「二つ目は?」


子爵は、少しも崩れずに続ける。


「新大陸です」

「公爵家ほどの家であれば」

「ただ帝都で頭を下げて次の縁談を待つより」

「新天地の立て直しに娘を送り込むという物語の方が、美しい」

「しかも相手は、分家とはいえ侯爵家の血筋」

「まだ若く、これから伸びる領地」


「何より、あのご令嬢が帝都に居るのを、第一皇子殿下は疎ましく思われております」

「加えて、いまのままだと第二皇子殿下が政治的な当て付けとして利用しかねない」

「すでに、公爵家には非公式ながら打診もあったとか」


「ウインザルフが呑むとは思えんな」


カイゼルが言葉を落とす。


「突っぱねはしましょう」

「ですが、第二皇子殿下のご気性を考えると、次を急ぎたいはずです」


そこまで言われて、広間の何人かの顔色が変わった。


見えてきたのだ。

これは単なる押しつけ婚ではない。

見せ方次第では、両家にとって都合がいい。


侯爵家は分家へ首輪をつけられる。

公爵家は傷ついた令嬢へ、新しい立ち位置を与えられる。

しかも、新大陸という舞台が、その全部を前向きな話に見せる。

面倒な帝室の揉め事とも、距離を置ける。


「面白い」


と、誰かが小さく言った。


「面白いではなく、使える、でしょう」


子爵は涼しい顔で返す。


カイゼルは、しばらく黙っていた。

酒の匂いも、香も、今はもうどうでもいい。

広間の全員が、その沈黙を待っている。


兄として、当主として、どう考えるか。


「ウインザルフが乗ると思うか」


沈黙の末、カイゼルがようやく言った。


子爵は間髪いれずに答えた。


「可能性はあります」


「高いか?」


「そこは、交渉次第でしょう」


「今の公爵家が欲しいのは、ただ傷物を押し込めたと見える縁談ではない」

「格があり、名目があり、未来がある縁です」

「レオ殿の村は、まだ小さい」

「だからこそ、これからという物語が作れる」

「それに、ウインザルフ家を経由すれば、こちらも新大陸の利へ再び絡めます」


侯爵は、そこで初めて小さく息を吐いた。

面白くはない。

だが、使える。

それが顔に出ていた。


「問題は、レオが素直に受けるか、だな」


「その点も、悪くありません」


「なぜだ」


「新大陸です、村を大きくしたいなら後ろ盾のある家は魅力的に映る」

「しかも公爵令嬢」

「表向きは、本家が苦労している弟を案じた形で出せる」

「断る理由が薄い」


広間の空気は、そこで確かに傾いた。

誰も、露骨すぎるとはもう言わない。

代わりに、それがどれだけ効くかを考え始めている顔だ。


婚姻、笑顔の紐、上品な首輪。

しかも、断れば断ったで使い道がある。


兄の厚意を拒む薄情な弟。

名門公爵家の令嬢を退ける不遜な分家。

新天地で少し回り始めただけで、身の程を忘れた若造。


そういう物語にも、簡単に仕立てられる。


侯爵家の貴族的な嫌らしさとは、つまりそこだ。

善意の顔をしたまま、相手に断る自由すら上品に奪う。


カイゼルは軽く頷くと、全員に向けて言う。


「公爵家の空気を探れ」


「かしこまりました」


「レオの方も、今の村の状態をもっと詳しく寄越せ」


「承知いたしました」


広間の一同は、深く頭を下げた。

新年の集まりは、そこでようやく一つの形を取った。


正面からは触れない。

なら、婚姻で絡め取る。


帝都の貴族らしい、上品で、面倒で、実に粘ついた結論だった。

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