第79話 卵番シスター
卵の管理の話へ移ると、真っ先に手を挙げたのはアリスだった。
「レオ様!私が守ります!」
広場の空気が、少しだけ止まる。
アリスは昨日の無茶の反省がどこかへ飛んでいそうな勢いで、一歩前へ出た。
「飛竜の卵ですよね?」
「そうだ」
アリスは胸を張りながら続ける。
「私なら、何かあってもすぐ動けます!」
「見張りもできます!」
「祈りもできます!」
「子供が近づいたら止められます!」
「そこは大事だな」
ガレスがぼそりと言う。
確かに、その通りだった。
卵の管理に必要なのは、ただ座って見ていることではない。
温度を見る。
人を近づけない。
異変があればすぐ動く。
何かあった時に、最低限の対処ができる。
そう考えると、アリスは意外と悪くない。
「どう思う」
レオが横のガレスへ話を振る。
「適任かもしれんな」
「何かあっても、アリスなら初動で止められる」
「そうだよな」
「問題は、ちょっと張り切りすぎるとこだ」
「それは問題だな」
テオドールも、そこへ実務を乗せる。
「では、卵の管理はアリス殿を中心に」
「ただし単独ではなく、交代制にしましょう」
「補助として、昼はリーナかサラ、あるいは女衆から」
「夜は見張り組と連携」
リーナとサラが頷く。
ガーネットも、構わないという表情だ。
「あと、記録も取らせましょう」
「記録ですか?」
「卵の温度、殻の変化、揺れ、何でもです」
「そんなにですか!」
「そんなにです」
「あと、字は丁寧にお願いします」
「が、頑張ります!」
「そこはサラに見てもらいましょう」
「了解です」
サラがすぐ応じる。
こうして、卵の管理は「アリスが守る」を中心にしながらも、きちんと村の役目へ落とされていった。
飛竜の卵という、とんでもないものを抱えたはずなのに、こうして少しずつ仕事へ落としていくと、村の空気は落ち着いていく。
それが、この村の強さなのかもしれなかった。
そしてその日のうちに、湯場裏に急ごしらえの卵部屋が作られた。
火の魔石を使った小さな熱源。
温度が逃げすぎないよう、板と布で囲いを作る。
さらに、人が不用意に触れないよう、その外側に簡易柵まで設ける。
湯場の熱も拾える。
見張りもしやすい。
何かあればすぐ、村の中心へ報せられる。
そこへ、飛竜の卵がそっと運ばれた。
大人が数人かり出される重さだ。
だが、誰も雑には扱わない。
卵が置かれ、布が整えられ、アリスがまっすぐ立つ。
「守ります」
卵に向って、アリスが小さくささやいた。
アカネたちが、その周りをうろうろする。
新入りが気になるらしい。
冬の入口で、村はまた一つとんでもない役目を抱え込んだ。
その中心に立ったのは、聖騎士志望のじゃじゃ馬シスターだった。
卵部屋の段取りがひとまず落ち着いたところで、レオはアリスを呼び止めた。
「アリス」
「はい!」
「卵番の前に、もう一つだ」
「なんでしょう」
「魔法について説明しろ」
「何ができるのか」
「はい!」
アリスは、そこで少しだけ背筋を伸ばした。
さっきまでの「卵を守ります!」という勢いとは少し違う。
隠していた札を、きちんと表へ出す時の顔だった。
周りにいたのは、レオ、ガレス、テオドール、エルマー、それにガーネットだ。
イルゼも、少し離れて腕を組んで見ている。
「まず、なんで黙ってた」
「最初に言った通りです」
「聖属性魔法の使い手だなんて、教会にばれたら面倒だからです」
「どう面倒なんだ?」
「囲われます」
「騎士修道会に取られるか、特定の派閥に抱え込まれるか」
「少なくとも、ただのシスターではいられなくなります」
「聖属性魔法はいわば神の奇跡、教会にとってもかなり価値が高いわけですね」
テオドールが納得したように言った。
「なるほど、母親の言いつけもあるし黙ってたと」
アリスは真っ直ぐ頷いた。
「お母様からは、聖騎士になるまでは、教会にこのことを言っては駄目だと言われてました」
「聖騎士になればいいのか?」
「聖騎士になれば…教会が何か言ってきても、突っぱねるだけの権限があるからです」
「ほう」
ガレスが興味を示すのを見ながら、アリスは続ける。
「教会の中では、司祭より上の位階です!」
「戦時権限もありますし」
「独自行動もかなり認められます!」
「だから、そこまで行けば縛れないんです!」
「なるほど、お母様賢いんだな」
「はい!」
アリスは胸を張る。
「そこ、お前が誇るんだな」
「誇ります!」
ガーネットは、そこで小さく息を吐いた。
「本当に聞いていませんでした」
「すみません」
「今は、全部話しなさい」
「はい!」
レオは腕を組んだ。
「で、その聖属性魔法で何ができる?」
「かなり色々です!」
「雑だなぁ」
「すみません」
「順番に頼む」
アリスは指を折りながら、一つずつ言い始めた。
「昨夜やったように、治癒ができます」
「傷を塞いだり、体力を支えたりできます」
「母飛竜へのやつか」
「はい」
「ただし、何でも治せるわけではありません」
「深すぎる傷や、欠損したものを一瞬で元に戻すとかは無理です」
「そこまでなら神だろ」
「しかし、かなり大きいな」
「次に、武器への聖なる力の付与ができます」
「聖属性付与か」
エルマーがすぐ反応する。
「はい!」
「どれくらい持つんだ?」
「正確には測ってませんが、10分くらいでしょうか」
「結構あるな…」
「魔物にはかなり効きます!」
アリスはさらに指を折る。
「三つ目ですが…」
「目眩ましの閃光が使えます」
「短く光を爆ぜさせて、相手の目を潰します」
「物騒な魔法だな…」
レオとエルマー、ガレスも顔が引きつる。
「でも便利です!」
「それはそうだろうな」
「四つ目が、聖属性の攻撃魔法です」
「どんな魔法だ!一度見てみたい」
エルマーのテンションがさらに上がる。
「こう、光の槍のようなものを投げつけます」
「威力は?」
「人相手なら躊躇しますね」
「魔物相手だと?」
「かなり効くと思います!」
「なんだそのふわっとした説明」
「だって相手がいないと試せなくて」
「まあ、そうか」
そして、アリスは少しだけ真顔になった。
「最後に、聖なる防御膜を張れます」
そこだけは、場の空気が変わった。
レオも、ガレスも、テオドールも、同時に反応する。
エルマーがアリスに詰め寄る、そして肩に手を置きながら問い詰める。
「その膜の大きさは?」
「え、えと調整できます、個人を覆うくらいから、ある程度広範囲にも展開できます」
「何が防げる?」
「弓は弾けます、他は試してないから分からないです」
テオドールの目が、ここで完全に変わった。
実戦札としての計算が始まっている顔だ。
エルマーが、そこでアリスから離れる。
「お前、思ったより大物だな」
「そうですか?」
「くそ、聖属性魔法かっこいいじゃないか…羨ましくはないぞ!」
レオは、しばらく黙ってアリスを見ていた。
想像していた「少し治せる」どころではない。
ガレスが、そこで笑いをこぼす。
「坊っちゃん、教会がこいつの扱いに困るわけだ」
「どういうことだ?」
「剣立つわ、聖属性使えるわ、子供と鍋にも馴染むわ」
「そりゃ、置き場がねえ」
「ひどい言い方ですね!?」
ガーネットは、額に手を当てたくなるのをこらえる顔だった。
アリスは、さすがにそこはしょんぼりした。
だが、レオがそこで口を開く。
「アリス、話してくれてありがとう」
「レオ様、甘やかさないでください」
ガーネットが口を挟む。
「甘やかしてない」
レオはアリスを見る。
「飛竜の件じゃ、アリスの札はでかい」
「はい」
「今後は、使えるもんとして見るぞ」
「分かりました!」
その返事は、少しだけ安心した声だった。
エルマーが、まだ少し信じられない顔のまま言う。
「俺の大地魔法も好きだが、やっぱり聖属性いいな…」
「お前ほんとそういうやつだな」
「知ってる」
少しだけ笑いが起きる。
重い話の中で、その笑いは意外と大きかった。
問題は増えた。
だが、同時に手札も増えた。
冬の始まりにしては、村の抱えるものはだいぶ多い。
だが、その分だけ、前へ進む札も増えていた。
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