第78話 村で生まれ、村で育つなら
その日の昼、村の広場に全員が集められた。
男も、女も、子供も。
鍛冶場の火は落とされ、畑仕事の手も止まった。
広場の中央には、いつもより妙な緊張があった。
皆、昨夜の警鐘を聞いている。
空で飛竜が争ったのも見ている。
そして、昨夜のやり取りを見ている者も多い。
何かあった。
しかも、かなり大きいことが。
レオが広場の中央へ進み、村人達の前へ出る。
隣にはガレス。
少し後ろにテオドールとエルマー。
近くには、ガーネット、リーナ、サラも控えている。
アリスもいるが、今日は珍しく少し静かだった。
昨夜の無茶のせいか、顔色はまだ少し白い。
そして広場の端では、アカネたちが妙にそわそわしていた。
湯場裏へ、運び込まれた卵の気配が気になるのかもしれない。
村人たちのざわめきが、少しずつ落ちる。
レオは一度だけ広場を見渡した。
この村の全員だ。
今まで積み上げてきた顔が、そこにある。
「話がある」
その一言で、さらに静かになる。
「昨日、空で飛竜が二匹争っていたのを見たやつは多いと思う」
「そして、そのうち一匹が森の浅い層へ落ちた」
広場がざわつく。
レオは手を上げ、ざわめきが少し引くのを待って続けた。
「落ちた飛竜は、焦げ茶色の個体だ」
「瀕死だった」
今度のざわめきは、さっきより重い。
「落ち着け」
ガレスが低く一喝する。
それだけで、広場が少し引き締まる。
レオは正面から答えた。
「飛竜が昨夜、村の西の柵まで這ってきた」
「そこで俺たちは対峙し、話をした」
一瞬、意味が分からない沈黙が落ちた。
「話?」
村人のひとりが呟く。
「飛竜と?」
「そうだ、対話をした」
「正確には、古い魔法言語です」
テオドールが一歩前へ出る。
「こちら側で意味を取れる者がいた」
「その飛竜は、自らの死を理解していた」
「そして、子を託してきました」
今度の沈黙は、もっと深い。
すぐには頭の中で繋がらないのだろう。
レオはそこで、はっきり言った。
「飛竜の卵がある」
「母飛竜は、その卵を村へ託して森へ戻った」
「冬の間に傷を癒やす」
「そして春に、答えを求めに来る」
「答えって、何の」
マルタが手を挙げた。
レオは、少しだけ間を置く。
「その子を生かすかどうか」
「そして、育てるなら騎竜とするかどうかだ」
広場が、一気にどよめいた。
「騎竜?」
「トラキアの竜騎士の真似をするのか」
「そんなのこの村でできるのか」
「正気か」
そこへ、テオドールが補足する。
「トラキア王国の竜騎士、その話を知っている方もいるでしょう」
「数は少なくとも、戦場の理屈そのものを変える札です」
「もちろん、今すぐそんな話ではありません」
「ですが、可能性としてはあり得るという話です」
ガレスがそこで腕を組んだまま続けた。
「先に言っとく」
「俺も最初は討つべきだと思った」
「今でも、完全に危険が消えたとは思ってねえ」
「だが、討伐で片づく段階じゃなくなった」
それは重かった。
戦うことを一番知っている男が、そう言う。
それだけで、村人たちの受け止め方も変わる。
広場の空気は、ざわめきと沈黙を何度も繰り返した。
「待ってくれ」
まだ移住して間もない、若い男が声を挙げた。
「つまり、飛竜の卵が村にあるってことか」
「ある」
「今どこに」
「安全な場所だ」
「それで済ますなよ!」
「余計な興味で近づかせないためだ」
その言い方は少し強かったが、必要だった。
卵があると知れば、見たい者もいる。
怖がる者もいる。
勝手なことを言い出す者もいる。
だからこそ、最初に線を引く必要がある。
「じゃあ、これからどうするんだ?」
カイルとドーレンが、同時に発言した。
レオは正面から答えた。
「まず、飛竜の卵は村で預かる」
「孵す前提で動く」
「これは俺一人の思いつきで抱える話じゃない」
「村の未来ごと抱える話だ」
「だから、隠したまま勝手に進めはしない」
その言葉に、村人たちは黙って耳を傾けていた。
「危険はある」
「はっきり言う、普通の家畜じゃない」
「金も食うだろう、手もかかる」
「でも、本当に育てられたなら…この村の未来を変える札にもなる」
風が広場をひとつ抜けた。
寒い風だ。
だが、そこで誰も目を逸らさなかった。
「まずは冬の間、この卵を守る」
「孵す」
「その上で、春に戻ってくる母飛竜へ答えを返す」
「そこまでを、この村の仕事にしたい」
完全に賛成の空気ではない。
当然だ。
怖い、危ない、意味が分からない。
だが同時に、この村の人間はもう、ただ怯えるだけでもなかった。
「飛竜を育てるってのは、正直怖い」
沈黙を破り、ミハルが声を挙げた。
「でも、レオ様が隠さず話したってことは」
「本気で村の話として抱えるってことだろ」
同じ狩猟班のロドが続いた。
「だったら…まずは冬の間、卵を守るとこからじゃねえのか」
「生まれる前から、どうせ無理だで潰すのも違う気がする」
「俺もそう思う」
ミハルが今度は全員を見ながら続ける。
「怖いけど、火尾鶏だって最初はそうだった」
「結果、今はどうだ」
「卵も産む、昼の巡回もしてくれるし、魔石も吐くだろ」
「元気すぎなのが、面倒だけどな」
その一言で、少しだけ笑いが起きる。
緊張が、ほんの少し和らぐ。
そこへ、マルタが腕を組んだまま口を開いた。
「私もそう思うよ、アカネ達を見なよ」
視線が、広場の端の三匹へ向く。
アカネたちは、注目されたことに気づいて小さく鳴いた。
「最初は皆、あの子らだって警戒してた」
「火尾鶏なんて、聞くだけなら立派な魔物だ」
「けど、村で生まれて、村で育って」
「今じゃどうだい」
「…村の子だな」
男衆の一人が言った。
「そうだよ」
「魔物の子でも、懐く」
「一緒に育てば、こっちを見るようになる」
「それを、もう皆知ってるだろ」
その言葉は、広場へ静かに広がった。
「アカネたちだって最初は分からなかった」
マルタは続ける。
「でも今は、子供達の遊び相手になってるだろ」
「番をして、卵まで産んで、村の仕事をしてる」
「怖いのは怖いよ」
「でも、生まれる前から、ただの化け物と決めつけるのも違うだろうさ」
それは、理屈というより実感だった。
この村で、皆が実際に見てきた前例だ。
火尾鶏。
魔物の子。
それでも村で生まれ、村で育てば、村の子になる。
その空気が、そこで確かに生まれた。
「そうだな」
バルドが頷く。
「アカネたち見てると、そこは否定しづらい」
「俺んとこのガキなんか、あいつらと一緒に育ってるようなもんだしな」
若い父親が言う。
それを切っ掛けに、村人達の空気が変わった。
「今さら魔物だから全部駄目だ、ってのもな」
「怖いけど、前例はある」
「村で生まれて、村で育つなら」
「まずは、村の子として見るしかないんじゃないですか」
一通り声が出た後、マルタがさらに続けた。
「女衆としてはね、危ないなら嫌だよ」
「でも、見張りをちゃんとつける」
「雛の世話もきちんと村の仕事として抱える」
「そこまでやるなら、私は反対しない」
その言葉は重かった。
炊事場と家を回す側が、そこまで言う。
それはもう、かなりの追い風だ。
「私からも」
イルゼが手を挙げた。
「錬金術師としては未知数すぎて頭が痛い」
「でも、未知だから捨てるっての私は嫌いなんだよ」
「死なないようには見るよ、私も錬金術師としてのプライドがあるからね」
最後に、バルドが村側の顔で広場を見回した。
「意見はあるだろうが、まずこの冬は卵を守る」
「そこから先は、春にまた決める」
「それでいいな」
即座に全員が賛成したわけではない。
だが、反対の声も大きくは上がらなかった。
怖い。
けれど、今ここで捨てるのも違う。
そして何より、アカネたちという前例がある。
魔物の子でも、村で生まれ、村で育つなら村の子だ。
その感覚を、皆うっすら共有していた。
レオは、それを見て小さく息を吐いた。
よかった、とは思わない。
むしろ、これでまた面倒が一つ正式に増えた。
だが、村人たちが逃げなかったのは大きかった。
レオが村人へ結論を告げる。
「決まりだ、卵はこの村で預かる」
「見張りと管理は、こっちで決める」
「皆もできる限り協力を頼む」
「おう!」
「わかったよ」
返事は、広場に重く広がった。
冬の入口。
村は、飛竜の卵を抱えることになった。
普通の開拓村なら、ここで狂ったと笑われるかもしれない。
この村はもう、普通だけでやっていける段階を少し外れ始めている。
レオは空を見た。
雪はまだだ。
冬本番を前に、守るものがまた一つ増えた。
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