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第77話 竜と人との契約

結局、その夜の会議は夜明け近くまで続いた。


村人への説明。

飛竜を受け入れるなら、どこまでを秘密にして、どこからを共有するのか。

卵が孵ったあとのこと。

母飛竜が回復した場合の扱い。


どれも、軽く決めていい話ではなかった。


そして最後に、レオが言った。


「卵を引き取るなら、村の総意でやる」

「俺の思いつきで抱え込む話じゃない」

「この村の未来として抱える」

「だから、覚悟も村ごとだ」


その言葉で、ようやく会議の向きが定まった。


飛竜の卵を預かる。

それは、珍しい魔物を拾うというだけの話ではない。

村の未来へ、異物であり切り札でもあるものを、明確に組み込むということだった。


「俺はまだ気に入らねえ」


ガレスが少しだけぼやくように言った。


「だが、決めるなら守る」


「それでいい」


「坊っちゃんが、腹を括ったみたいだしな」


「分かってる」


そうして、夜は明けた。



夜明けの空は薄く白み、森の奥には冷たい靄が残っていた。

霜が下りている。

吐く息は濃く白い。


レオたちは、また西の柵へ集まった。


アリスはまだ完全には戻っていなかったが、それでも起きていた。

ガーネットに半ば睨まれながら、少し後ろに立っている。


アカネたちも来ていた。

今度は昨夜ほど怯えてはいない。

だが、妙に静かだ。


焦げ茶色の母飛竜は、夜の間に少しだけ姿勢を変えていた。

相変わらず満身創痍だ。

それでも、目は昨夜よりずっとはっきりしている。


アリスの聖属性魔法による治癒で、なんとか死の淵から引き戻した顔だった。


レオは柵の手前まで進み、真っ直ぐ母飛竜を見た。


「聞こえるか」


飛竜の目が動く。

こちらを捉える。


エルマーが小さく息を吐いた。

古代魔法言語で橋渡しするつもりだったのだろう。

だが、レオは先に続けた。


「卵は、こちらで引き取る」


飛竜の瞳が、わずかに揺れた。


レオはそこで、一度だけ深く息を吸った。


「ただし、騎竜になってもらうかもしれん」

「それでもいいか」


そこで、飛竜の喉が低く鳴った。


今度は、音だけでも言葉だと分かる。

エルマーだけではない。

アリスにも、そしてなぜかレオ自身にも、意味の輪郭が少しだけ伝わってくる気がした。


エルマーが訳す。


「あの子が生まれてくれるなら」

「生きてくれるなら」

「それでも構わない、だ」


母飛竜は、そこでゆっくりと頭を持ち上げた。

低く、重く、古い響きが届いた。


今度は、エルマーの顔が明らかに変わった。

横でアリスも、同じく目を見開いている。


エルマーは、ほんの一瞬だけ言葉を失ったが、気を取り直すように訳した。


「レオ、母飛竜が提案してる」


「提案?」


「ああ」


飛竜はまた言葉を吐く。

昨日よりずっと、はっきりと。

その古い響きが、場の空気そのものを変えた。


レオは無意識に息を呑む。


「なんて言った」


今度はアリスが、はっきりと口を開いた。


「人の王よ」

「そなたの騎竜とやらに、傷が癒えたらまず私がなろう」


沈黙が落ちる。


母飛竜はなおも続けた。

その目は、もうただの獣のものではなかった。

古く強いものが、死の縁を経てなお誇りを保っている目だった。


エルマーが、半ば呆然としながらも訳す。


「条件はひとつ」

「番を殺し、私からこの子を奪おうとした、赤き飛竜を討つのに協力を願う」

「そしてこれは従属ではない、竜と人との契約だ」

「そこは履き違えるな、だそうだ」


その言葉が、朝の冷気の中へ重く沈んだ。


誰も、すぐには声を出せなかった。


騎竜。

しかも、卵から孵る予定の雛だけではない。

母飛竜自身が、傷が癒えればまず騎竜になると言っている。


そして条件は、赤い飛竜。

番を殺し、子を奪おうとした相手の討伐だ。


「話がでかすぎるだろ」


バルドが、掠れた声を出した。


ガレスは腕を組んだまま、母飛竜を睨んでいた。


「赤い方を、いつか討てってことか」

「ずいぶん勝手な条件だ」


「母飛竜は、ただ子を押し付けるだけではなく、自分自身の戦力も差し出すと言っている」

「対価としては、むしろ重いくらいです」


テオドールの声にいつもの冷静さがない、若干震えていた。


「レオ…竜と人との契約は重いぞ」

「過去に例がないわけじゃない、眉唾物だと思っていたが…」


エルマーは逆に興奮していた。


「契約…か」


レオがぽつりと呟く。

その言葉は、妙に腑に落ちた。


命乞いではない。

哀れみにすがっているのでもない。


これは取引だ。

誇りある側が、対価を差し出した上で条件を置いている。


だからこそ重い。


「人の王よ、ってのは気になるな」

「なんで王なんだ」


レオがエルマーに尋ねる。


「古い言葉だからかもしれん」

「領主や家長に当たる言葉が、近い意味で王として出ているかもな」


「なるほど」


「でも、だいぶ重い呼ばれ方だぞ」


「そうだな」


ガーネットは少し後ろから、静かに場を見ていた。

もう彼女の理解を超えている部分も多いのだろう。

だが、今ここで交わされているものが、契約の類であることだけは分かっている顔だった。


レオはしばらく黙って、母飛竜の目を見返した。


翼は折れ、身体は焼け、回復したとはいえ満身創痍だ。

それでも、この母飛竜は誇りを捨てていない。


あの子が生きるなら構わない。

傷が癒えたら、まず私が騎竜になろう。

その代わり、あいつを討て。


そこまで言われて、軽く返せる話ではなかった。

レオはエルマーを見てから、飛竜へ向けて言葉を紡いだ。


「俺は、王じゃない」

「領地持ちになったばかりの、辺境の分家当主だ」


母飛竜の目は動かない。


「卵は引き取り、こちらで孵すよう試みる」

「騎竜の話も、逃げずに考える」


飛竜の瞳が、ほんの少しだけ緩んだように見えた。

だが、レオはそこで言葉を切らない。


「赤い飛竜の件は、今すぐ約束はできん」

「俺一人の仇討ちみたいには動けん」

「だが、敵になるなら」

「いずれ、避けては通れんとも思ってる」


エルマーが、小さく息を吐く。


「正直だな」


「今さらだろ」


母飛竜は、ゆっくりと息を吐いた。

白い息が朝の空へ溶ける。

そして、また低く一言だけ発した。


「なんて言った?」


「それでよい、だ」



その一言で、場の空気が少しだけ変わった。

仮の段階だが、竜と人との契約が結ばれたのだ。


テオドールは、すでに頭の中で段取りを組み始めていた。


「まず、卵の移送」

「母飛竜の回復場所と、人の立ち入り制限」

「餌の確保」

「全部、一気に必要になります」


「分かってる」


イルゼが母飛竜の様子を見ながら言う。


「母親の方は、動かさない方がいい」

「少なくとも、今日明日は」


「ここで面倒見るのか」


バルドが若干引いたような声を出す。


「そうなるね」


「マジか…」


「やると決めたなら、そこからだよ」


エルマーは、そこで少しだけ笑った。


「おい、レオ」


「なんだ」


「村を育ててたら、いつの間にか飛竜と契約したぞ」


「言い方が最悪だな」


「でも事実だろ」


「否定はできん」


アカネが、ぴゅいと鳴いた。

まるで、ほらねとでも言いたげな顔だった。


レオは思わず、その赤い尾を見た。

火尾鶏がいて、飛竜がいて、古代の言葉があって、春には人が増えるかもしれない。


村はもう、普通の開拓村の道からだいぶ外れている。


だが、不思議と悪くないとも思った。


朝の光が少しだけ強くなる。

西の柵の前で、母飛竜は静かに目を閉じた。

眠ったのか、休んでいるだけかは分からない。

だが少なくとも、もう昨夜みたいな、今にも死ぬ気配ではなかった。


卵は引き取る。

母飛竜と契約を結ぶ。

そして、いつか赤い飛竜と相対する日が来るかもしれない。


その時だった、母飛竜は低く喉を鳴らしまた古い言葉を落とした。


「エルマー?」


エルマーが、少しだけ苦い顔で答える。


「人の世話になるつもりはない」

「そこの森を借りる」

「冬が終わる頃には傷も癒えよう」

「その時までに答えを出せ」


卵は託す。

だが、自分まで柵の中へ入って、人の保護下に収まるつもりはない。


そこには、飛竜としての矜持があるのだろう。

弱っているからといって、人の囲いに入る気はない。

森を借りて冬を越す。

その上で、春までに答えを出せと。


「なるほどな」


レオは小さく言った。


「そっちも、半端な保護は嫌か」


ガレスが鼻を鳴らす。


「気難しいな」


「飛竜だぞ」


「違いねえ」


テオドールはすぐに整理へ入った。


「卵だけをこちらへ残し、母飛竜自身は森の中で自力回復を図る」

「そして春までに、騎竜の件について答えを求める」


「そうだな」


レオが頷く。


母飛竜は、そこで静かに身体を動かした。

傷だらけの巨体が、ゆっくりと持ち上がる。

片翼はまだ使えない。

足も完全ではない。

それでも、昨夜のただ死にかけているだけの身体ではなかった。


前脚で地面を掴み、後ろ脚を引き寄せ、少しずつ体勢を整える。


その姿には、無様さより執念があった。


アリスが、思わず一歩前へ出そうになる。

だが、ガーネットが肩へ手を置いて止めた。


「見送りなさい」


「はい…」


母飛竜は最後に、卵の方へ一度だけ顔を向けた。

大きな瞳が、静かに細まる。


それが一時とはいえ、別れの眼差しなのだと誰にでも分かった。


それから、ゆっくりとレオを見る。

何かを託した相手を見る目だった。


「預かる」

「春までに、答えも出す」


飛竜は短く喉を鳴らした。

それが了承なのか、ただの息なのか、もう細かくは分からない。


そのまま、巨体は向きを変えた。

足を引きずりながら森の方へ進んでいく。


重い音が、落ち葉の上を這う。

枝が揺れ、下草が押し分けられ、焦げ茶の鱗が木々の間へ少しずつ溶けていく。


飛竜は一度も振り返らなかった。

冬が終わる頃には傷も癒えよう。

その時までに答えを出せ。


その言葉だけを残して。

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