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第64話 村が膨らむ前に

村人達が、ハルトの商品を値踏みし始めた。

ガーネットは、素早く塩と布だけを購入すると、足早に館に戻って行った。


オーフェンとエルマー、テオドールが南の斜面を見に行くことになり、バルドも案内役として同行した。


ぶどう畑の試験区画。

水の筋、土の質。

巨猿の珠をどこまで効かせるか。

そのあたりは、もう完全に現場組の仕事だ。


レオは見送る側へ回ろうとしたが、その時ハルトが少しだけ声を落として言った。


「なあ、レオ」


「なんだ」


「少し話がある」


「商売か?」


「半分はな」


「残り半分は」


「村の今後に関わる話だ」


その言い方に、レオは少しだけ目を細めた。


ハルトがこういう声を出す時は、だいたい軽い話ではない。

酒樽の値段とか、塩の在庫とか、そういう話をする時の顔ではなかった。


「ここでか?」


「できれば腰を落ち着けてしたい」


「そうか」


レオは少し考え、それから村の奥へ視線を向けた。


新領主館。

外観はまだ完全ではない。

だが、客を通せる部屋はもう整っている。


ガーネットとリーナ、それにサラが館を回し始めてから、あそこはちゃんと人を迎える場所になった。


「なら、うちの領主館の客人一号ってことで、招くか」


「いいのか?」


「そのために建てたんだろうしな」


「そういう返しができるようになったの、地味に成長だぞ」


「うるさい」


「褒めてる」


「知ってる」


そのやり取りを聞いていたアリスが、ぴんと背筋を伸ばした。


「お客様ですね?」


「館まで走って、ガーネットたちへ伝えてくれ」


「はい!」


アリスは本当にそのまま走った。

外套を翻し、剣を鳴らし、まるで戦場への伝令みたいな勢いで。


「だから、そういうとこだぞ」



それから、レオはハルトを連れて館の前へ来ていた。


木の匂いがまだ新しい。

だが、前みたいなかろうじて住める箱ではない。

ちゃんと屋敷の顔をしている。


「なるほど」


ハルトが館を見回した。


「どうだ?」


「外から見ても領主館になった」


「村の連中がそうしろってうるさくてな」


「いや、かなりいい」


「珍しく素直に褒めたな」


「客人一号だからな」


「その理屈はよく分からん」


そこへ扉が開く。


出てきたのはリーナだった。

少し緊張している。

だが、動きはきちんとしている。


「レオ様、ハルト様」


とリーナが一礼する。


「客間へご案内いたします」


ハルトは一瞬だけ、少し驚いた顔をした。


前回来た時にはなかった光景だ。

村に使用人がいて、館の前で名前を呼ばれ、客として中へ通される。

それだけで、村の格は大きく変わる。


「やるじゃないか」


「だろ」


「件の侍女長殿の仕事か」


「分かってるなら余計なこと言うな」


「いや、褒めてる」


客間へ入ると、そこもまた館になっていた。


窓の開け具合がちょうどいい。

椅子の位置も不自然ではない。

机の上に余計な物はなく、木目がきちんと見える。


ガーネットが一礼して、ハルトを迎えた。


「ハルト様、本日はご来訪ありがとうございます」


「いや、こっちこそ」


「お話の間、必要なものがあればお申し付けください」


「分かった」


「では、ごゆるりと」


引き際まできちんとしている。

扉が閉まったあと、ハルトは思わず笑った。

レオも、少しだけ笑った。


新しい館、客人一号。

そして、ちゃんと回る空気。


そこまで来たのだと、ようやく実感が湧いてきた。


「で、話ってのは?」


商人はそこで、少しだけ顔を変えた。

今度はいつもの、面白いものを持ってきた顔ではない。

ちゃんと腹の中で勘定を終えてきた人間の顔だ。


「この冬を越えた後の話だ」


「どういう意味だ」


「お前の村、たぶん春から一気に膨らむ」


「根拠は?」


「その話をしに来た」


客間の空気が、少しだけ締まる。

村の広場の笑い声は遠い。

ここから先は、館で交わす話だ。


その意味でも、この部屋はちょうどよかった。

新しい木の匂いが、まだ少し残っている部屋だった。

派手ではない。

だが、余計なものがないぶん、今はそれがかえって館の部屋らしく見えた。


レオとガレスがソファに座る。

向かいにはハルト。


部屋の隅にはガーネットが控えている。

姿勢はまっすぐで、気配は薄い。

だが、いないとは思えない絶妙な存在感だ。


リーナはいったん茶の準備へ下がっていた。

廊下の向こうで、茶器の小さな触れ合う音がかすかにする。


「で?」


とレオが先に口を開く。

ハルトは一拍置いてから、実に商人らしい顔で言った。


「いい話と、キナ臭い話と、悪い話がある」


「雑な分け方だな」


とガレス。


「分かりやすいだろ」


「分かりやすいが、ろくでもなさそうでもある」


「だいたい合ってる」


レオは少しだけ背をソファへ預けた。


「なら、いい話から順番にしろ」


「そう来ると思った」


「悪い話から聞く趣味はない」


「だろうな」


ハルトは頷き、軽く息を吐いた。


「まず、いい話だ」


「聞こう」


「もうお前も、移住希望者がぽつぽつ来てるから、ある程度は分かってると思うが」

「帝都というよりな、西部だ」


レオはそこで少しだけ目を細めた。


「帝都じゃなく?」


「帝都は遠い」


とハルトはあっさり言う。


「噂が届く頃には色々混ざる」


「まあ、そうだな」


「だが、西部の連中には違う」


「何が」


「新大陸の失敗が、もう他人事じゃない」


その言葉で、レオは黙って続きを待った。


「新大陸で領地経営に失敗した貴族、思った以上に多い」


「だろうな」


とガレス。


「ひどいどころじゃない」

「開拓に突っ込んだ金が消えた」

「人も減った」

「戻ってきた連中は、新大陸は地獄だったって顔をしてる」


「想像はつく」


「で、問題はその後だ」


ハルトはそこで、少しだけ声を落とした。


「失敗の穴を埋めようとして、地方領主が税を上げ始めた」


「やりそうだな」


ハルトは鼻を鳴らした。


「西部は特にな」

「新大陸へ出る港に近い」


「失敗の損も、噂も、戻ってきた連中の悲鳴も、全部届くのが早いってことか」


「そういうことだ」

「領主どもは、自分の損をそのまま抱え込むほど殊勝じゃない」

「足りない分は地元から取る」


「相変わらずだな」


「麦に上乗せ、塩に上乗せ、道の使用に名目をつけて上乗せ。ひどいとこは冬前の備蓄にまで手を出してる」


「くそだな」


「だから、人が動く」

「食えなくなる前に、別の土地を見る」


「そういう連中に、うちの村の噂が刺さるのか」


「新大陸でうまく回り始めた村がある」

「畑があり、水路がある」

「冬を越せそうだ」

「そういう話は、思った以上に効く」


レオはそこで短く息を吐いた。

納得できる話だった。


ただ夢を見て来るわけじゃない。

元いた場所で押しつぶされそうになって、現実的な逃げ道としてこの村を見る人間もいる。


「うちが話題なのは、良い意味だけじゃない」


「ここならまだ食えるかもしれないって意味だ」

「それが今、西部でじわじわ広がってる」


「どれくらいだ」


「まだ雪崩じゃない」


「だが、春になったら増える」


「なんで春だ」


「冬に動けるやつは限られる」

「だが冬の間に噂はもっと広がる」

「税への恨みも溜まる」

「雪が解けて道が開いたら、人は一気に動くぞ」


そこまで言って、ハルトは少しだけ笑った。


「だから、いい話だ」


「どこがだよ」


ガレスがぼやく。


「土地を広げるなら、人手はいる」


「確かに…」


「職人も、次男坊も、押し出された連中も、来る可能性がある」


「それで、春から一気に膨らむと」


「商人の勘は、そうは言ってる」


レオは少し黙った。

客間の空気は静かだ。

部屋の隅で控えるガーネットも、表情は動かさない。

だが、話の重みはちゃんと部屋の中へ落ちていた。


移住希望者は、すでに来始めている。

それが春には一気に増えるかもしれない。


理由は単純な希望だけじゃない。

元いた土地で、税に食われるからだ。

それは確かに、いい話であると同時に、ただ喜んでいい話でもなかった。


けれど少なくとも、ハルトが最初にこれをいい話へ置いた理由は分かる。

人が来る。

それは村が大きくなる第一条件だからだ。


レオはハルトをまっすぐ見た。


「春から増える可能性が高い、か」


「高いぞ」


「かなり?」


「かなりだ」


ハルトはそこで、いつもの商人らしい顔へ少し戻った。


「だからこそ、次の話がキナ臭くなる」


「でも、その前にお茶だな」


「そうだな、喉乾く話だ」


ちょうどその時、廊下の向こうでリーナの足音が近づいてきた。

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