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第60話 教会の思惑

新領主館へ入る前に、レオはもう一度だけガーネットへ向き直った。


村の門前では、どうしても人目があった。

だから再会の言葉も短くなったが、それだけで済ませることはできなかった。


「改めて、来てくれて本当に嬉しいです」


ガーネットはその言葉に、少しだけ目を細めた。


「そういうところ、昔と変わりませんね」


「昔?」


「ええ、リーゼロッテ様の前では、あなたはいつもちゃんと礼を言う子でした」

「小さいのに、変に気を遣って」


「それは、あの屋敷じゃ仕方ないでしょう」


「そうでしたね」


ガーネットの声は穏やかだった。


「あの頃のレオ様は、ひどく静かな子でした」


「自覚はあります」


「泣きたいのに泣かないで、怒りたいのに怒らないで」

「リーゼロッテ様が眠っている間も、じっと椅子に座って待っていましたね」


「覚えてるんですか」


「忘れるわけがありません」


そう言ってから、ガーネットは少しだけ遠くを見るような顔をした。


「リーゼロッテ様は、弱っていても、あなたに触れる時だけは不思議と強かった」

「レオ様の前では、最後まで母親でした」


「それは覚えています」


短い返事だった。

だが、レオの胸の奥にはそれだけで十分だった。


母のことを、こうして自然に口にしてくれる人間は少ない。

そして、その記憶を自分と同じ温度で持っている人間は、もっと少ない。


「ガーネット、あたなも変わりませんね」


「そうですか?」


「あの頃の空気を思い出せたので」


「それはたぶん、褒め言葉ですか」


「かなり」


「なら、ありがたく受け取っておきます」


ほんの少しだけ、二人の間にやわらかい空気が流れた。

幼い頃の記憶と、今の立場がようやく自然に重なったような、そんな短い時間だった。


だが、いつまでも門前で立ち話をしているわけにもいかない。


「再会の続きは、館の中で」


「そうしましょう」


そこでようやく、一行は新領主館へ入った。



新領主館へ入ると、まずアリスの扱いから決めることになった。


「シスターアリスには、客間を使ってもらう」

「リーナ、案内を頼む」


「はい」


少し緊張しながらも、リーナはしっかり頷いた。


まだ館付きの仕事は始まったばかりだ。

だから、こういう誰かを部屋へ通すのは、ちょうど良い練習になる。


「アリス様こちらへ、お部屋のほうへご案内致します」


「はい!」


アリスは、相変わらず返事だけは無駄に元気だった。


外套を翻し、腰の剣をがちゃりと鳴らしながら歩き出す。

客間へ案内されるだけなのに、どこか砦へ突入する騎士みたいな足取りだ。


その様子を見て、エルマーがぼそりと言う。


「本当にシスターか、あれ」


「外套がなければ完全に違うな」


ガレスも興味を示していた。


「外套があっても、だいぶ怪しいですよ」


テオドールが苦笑する。


ガーネットだけが、少しだけ疲れた顔で息を吐いた。


「ええ、まあ…そういう子です」


アリスとリーナが廊下の向こうへ消える。

その足音が遠ざかったところで、レオは改めてガーネットへ向き直った。


「シスターアリスについて、教会の紐付きですか」


「半分は」


その答えは、やけにあっさりしていた。

レオだけでなく、ガレスも、テオドールも、エルマーも、少しだけ目を細める。


「半分?」


「ええ」


「残り半分は?」


「厄介払いです」


ガーネットはそこで、少しだけ肩を落とした。


「教会が新大陸に先んじて足場を持ちたい」

「そこは事実です」


「やっぱりか」


レオが頷く。


「少なくとも、司祭様はそう見ています」


ガーネットは隠さなかった。


「貴族主導で失敗した新大陸へ、教会が今から食い込める余地がある」


「それは、まあ分かる」


「ですから、教会の人間を先に置く」


「率直で助かる」


「その代わり、嫌な話でもあります」


「そこも含めて助かる」


ガレスが、腕を組んだままガーネットに問うた。


「じゃあ、あのアリスってのは教会の目ってことでいいのか」


「完全には違います」


「どう違う」


「あの子は、政治や腹芸をやれるタイプではありません」


「それは見れば分かる、見た瞬間に分かる」


エルマーが横から突っ込む・


「だからこそ、細かい探り役としては向いていません」

「ですが、教会の人間であることは事実です」


「そこは消えませんね」


テオドールが、メモを取りながら確認する。


「はい。何も知らされずに来たわけでもありません」


レオがガーネットに向き直る。


「つまりどういことだ?」


「教会としての旗は立てています」

「ただし、その旗をどう使うかまで深く考えて送り出されているかと言われると、微妙です」


「微妙?」


「司祭様の中では、先行者利益のための人員であると同時に、暴れ馬の派遣先でもあります」


エルマーが口元に手を添えて吹き出した。


「処分込みかよ」


「言い方は悪いですが、遠くはありません」


「正直すぎるな、お前」


「隠しても仕方ありませんので」


テオドールはそこで、少しだけ顎へ手を当てた。


「なるほど」


「何がだ」


レオがテオドールを見る。


「本格的な教会の色を置く気なら、アリス殿みたいな人選にはしない」

「もっと柔らかくて、愛想がよくて、どこへでも染み込める人間を送る」


「それはそうだ」


「ですが、アリス殿は違う」


「違うな」


「旗の意味はあるが、刃の意味もある」


「刃?」


「護衛、抑止力、生存性です」


「なるほど」


「新大陸を考えれば、そちらの比重が高い可能性はあります」


ガーネットが頷く。


「私も、そこはそう思います」


「ガーネットもか」


「あの司祭様の腹の中を全部読むのは無理ですが」

「新大陸という土地柄を考えれば、剣の立つ教会人を送る理由は十分あります」


そこでガーネットは少しだけ声を落とした。


「アリスは、並の騎士より強いです」


「そんなにか」


「はい」

「聖騎士志望、というのも伊達ではありません」

「お情けで任官した、貴族のぼんぼんよりは遥かにましです」


「嫌な比較だな」


「でも、分かりやすいでしょう?」


「まあな」


ガレスは、そこで少しだけ口元を上げた。


「なら、護衛札としては悪くねえ」


「そういう見方もできます」


レオは少し黙った。


教会の紐付き、そこは事実だ。

だが、ガーネットの言い方を聞く限り、教会のために村を切り売りするような腹をアリス本人が持っている感じではない。


むしろ逆だ。

真っ直ぐすぎて、そういうことに向かない。


「じゃあ、どこまで信用していい」


「アリス本人は、裏表がありません」


「教会そのものは?」


「かなり慎重に」


「やっぱりそうなるか」


「それが正直なところです」


その答えに、テオドールが静かに頷く。


「妥当ですね」


テオドールは、そこで言葉を選ぶように続けた。


「アリス殿は、恐らく嘘をついて探るより、聞かれたら真っ直ぐ答える方の危うさがあります」

「だから、深い話をいきなり持たせるべきではありません」


「そうだな」


レオも同意を示す。


「ですが、役割を明確にすれば使いやすい」


「役割?」


ガーネットが、その後を引き取る。


「例えば、教会の人間として」

「簡単な祈り、子供の読み聞かせ、怪我人への付き添い」


「それなら困らないし、助かるな」


「そういう、見えていて困らない役を与えます」


「剣が立つなら、昼の見回りにも使えるな」

「昼の番鶏と一緒に並ばせるのは絵面がひでぇが」


ガレスもあのシスターの使い道を考え出した。

その返しにエルマーが笑い、そのまま言葉を続けた。


「教会の旗を立てさせつつ、村の役に立つ形へはめ込むわけか」


「そういうことです」

「そうすれば、教会側もうちの人間がいるで満足しやすい」

「そしてこっちも戦力が増えます」


テオドールが頷く。


「悪くないな」


とレオ。


ガーネットは、そのやり取りを聞きながら少しだけ表情を和らげた。

そして、レオに少し頭を下げた。


「そこまできちんと考えていただけるなら、助かります」

「アリスは、悪い子ではありません」


「それは分かる」


「でも、放っておくと真っ直ぐすぎて崖へ走っていくタイプです」


「そこも分かる」


「だから、ちゃんと役を与えてください」


「なるほど」


「ここで、自分が何をする人間かが見えれば、あの子はかなり素直です」


「分かった」


レオは、そこでふっと息を吐いた。


「教会の紐付きではある」

「でも、アリス本人は教会の腹芸担当ではない」

「なら、最初から突き放しもせず役目を与えるか」


「それがいいでしょうね」


とテオドール。


ガレスが補足するように言った。


「線だけ引いとけ」


「ああ」


「深い話はまだ持たせるな」


「分かってる」


「だが、剣が立つなら使える」


「それも分かってる」


「ならいい」



ちょうどその時、廊下の向こうから、アリスの妙に元気な声が聞こえた。


「広いですね!」


「そ、そうですね」


リーナの少し困った声も聞こえる。


「この部屋、窓から森が見えます!」


「はい」


「素晴らしいです!」


「よ、よかったです…」


そのやり取りに、部屋の中が少しだけ静かになる。

そして、ほぼ同時に全員が思った。


腹芸は、たしかに無理そうだな。


レオが小さく肩をすくめる。

ガレスが鼻を鳴らす。

テオドールは半ば諦めたような顔で目を閉じた。

エルマーだけは、少し面白がっている。


それで、ひとまず話はまとまった。


アリスは教会の旗でもある。

だが、それだけではない。

剣でもあり、たぶん厄介事の種でもあり、うまく使えば村の役にも立つ。


なら、必要なのは排除ではなく線引きだ。


レオはそこで、改めてガーネットを見た。


「来てくれて、正解だった」


「まだ何もしていませんよ」


ガーネットは、ほんの少しだけ笑った。


昔と同じだ。

余計なことは言わず、必要なことだけをきちんと伝える。

だから、やはりこの人でよかったのだと、レオは素直に思った。


その時、廊下の向こうからまたアリスの声が飛んできた。


「リーナさん!この館、夜に見張り台へすぐ出られる導線ありますか!」


「ど、導線ですか!?」


「はい!いざという時に大事です!」


「た、たぶん…?」


「素晴らしいです!」


レオは額を押さえた。


「もう動いてるな」


「そういう子です」


「よく分かった」


「たぶん、これからもっと分かります」


「それは遠慮したいような、したくないような」


「どっちです?」


「半分ずつだな」


「便利な言葉ですね」


「でしょう?」


その返しに、ガーネットは今度こそはっきり笑った。

その笑顔を見て、レオはまた一瞬だけ、幼い頃の記憶を思い出す。


病床の母。

薬草の匂い。

窓から差す薄い光。

そして、そのそばで静かに笑っていた、若い侍女の横顔。


あの頃の自分にとって、母以外で世界が少しだけ優しく見えた理由のひとつが、この人だったのだと、今ならよく分かる。


新しい領主館は、どうやらまた一段騒がしくなりそうだった。

だが、それはきっと悪いことではない。

続きが気になる方は、ブクマお願いします!

また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!

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