表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/147

幕間② 帝都の教会にて、想い出のガーネットと蒼瞳のアリス

ヒロイン(仮)登場会。

帝都の下町、石造りの小さな教会。

昼の祈りが終わったあと、ガーネットは一通の手紙を受け取った。


「あなた宛ですよ」


雑務を手伝っていた年配のシスターが言う。


「私に?」


「ええ、商会経由みたいです」


ガーネットは封を見た瞬間、指が止まった。

見覚えのある名前だった。


レオ=アルヴェイン。

あの侯爵家の屋敷の片隅で、平民の妾腹として肩身の狭い思いをしていた、あの少年の名前だ。


「まさか」


小さく漏らしてから、ガーネットは封を切った。

読み進めるうちに、表情が静かに変わっていく。


驚き、戸惑い。

そして最後に、少しだけ困ったような、けれど柔らかい顔。


「どうしました?」


年配のシスターが、ガーネットへ尋ねた。


「いえ」


ガーネットはそこで手紙を丁寧に畳んだ。


「少し、司祭様へ相談してきます」


その足取りはいつも通り落ち着いていた。

だが、指先だけがわずかに緊張している。


それも無理はない。

あの名前を、こんな形で再び目にするとは思っていなかったのだから。



司祭は、教会の奥にある小さな執務室で帳簿を見ていた。


年は五十を少し過ぎたくらい。

腹は出ている。

目は穏やかに見える。

だが、その奥はちゃんと教会人らしく、静かに打算的だった。


「どうしました、ガーネット」


「お時間をいただけますか」


「珍しいですね、あなたがそんな顔をしているのは」


司祭は手を止めた。


「話してみなさい」


ガーネットは一礼し、レオからの手紙を差し出した。

司祭は封を見て、差出人の名に目を止める。


「レオ=アルヴェイン」


「以前、お仕えしていた方です」


「侯爵家の」


「ただし、今は…」


「新大陸の開拓村にいる、と」


司祭の目が、そこで少しだけ細くなった。


「ほう」


ガーネットはその変化を見逃さなかった。

この司祭は、人の縁や世の流れに無関心な人ではない。

むしろ逆だ。

教会の外にある力にも、よく目を配る。


「新大陸の開拓村」


司祭は椅子へ深く座り直し、指先で手紙を軽く叩いた。


「教会はいまのところ、ほとんど新大陸へ関われていません」


「そうですね」


「貴族主導でしたからねぇ」


「ええ」


「そして、その貴族どもが大損したと聞いた時は」


司祭は、そこで小さく笑った。


「教会の中では神罰だと、皆で笑ったものです」


「司祭様」


「事実でしょう?」


穏やかな顔のまま、実に教会人らしく言った。


「信仰を飾りにして、利だけを見て突っ込んだ挙げ句に失敗した。あれを神罰と言わずして何と言います」


ガーネットは返答しなかった。

肯定も否定もしない。

そういうところも、この女のきちんとしたところだった。


だが、司祭の目はもう別の計算へ移っていた。


「しかし」


その声が少しだけ低くなる。


「その村は、順調に成長している」


「手紙では、そう見えます」


「そうでしょうね。でなければ、わざわざあなたへ館を回してほしいなどと書かない」


司祭はそこでもう一度、手紙へ目を落とした。


領主館、侍女長。

若い娘が二人入る。

村は回り始めている。


十分すぎる。


「先んじて、我が宗派が先行者利益を確保するのは悪くありません」


司祭の言い方に、ガーネットの眉が僅かに上がる。


「おや、そんな顔をしないでください」


「いえ」


「これは信仰の話でもありますよ」


「そうですか」


「ええ、もちろん建前としては」


その言い方に、ガーネットはほんの少しだけ目を閉じた。

ああ、この人はこういう人だった、と再確認するように。


司祭はさらに続ける。


「しかも、あなたの扱いには少し困っていたところでした」


「私の?」


「あなたは仕事ができる。人柄にも問題はない」


「ありがとうございます」


「ですが、ここでは少し真面目すぎる」


「それは褒め言葉でしょうか」


「半分は」


「もう半分は?」


「ここでは、使いどころが難しいという意味です」


ガーネットは少しだけ苦笑した。

否定できる話でもない。


「そして何より、あのじゃじゃ馬シスターの扱いにも困っていました」


「また何か?」


「三日前、寄進箱泥棒を追い回して裏路地で投げ飛ばしました」

「二日前は、礼拝堂の前で酔漢二人を正拳突きで黙らせました」

「昨日は、あろうことか教会裏で木剣を振り回してましたね」

「まったく、元気なのはよろしいのですが」


ガーネットはそこで、ようやく少しだけ困った顔をした。


「アリス、ですか」


「将来は聖騎士希望でしたね、あのじゃじゃ馬は」


「没落した子爵家の娘で、お家再興のために聖騎士になりたい」

「そう聞いています」


「立派な志です」

「今のところ、立派さより先に元気が勝っている状態ですが」


「否定はしません」


司祭はそこで妙に満足そうに頷いた。


「あなたに、還俗の許可を出しましょう」


ガーネットが、そこで初めてはっきりと顔を上げた。


「本当によろしいのですか」


「ええ」


「私は、侍女に戻ることになります」


「構いません」


「シスターとしての誓いは…」


「あなたは正式な終生誓願ではない。手続きとして問題はありません」

「それに、亡き主の縁を支えるために、新天地へ向かう」

「十分、美しい話でしょう」


そこまで言ってから、司祭は笑った。


「表向きには、ですが」


「司祭様」


「何です?」


「楽しんでおられますね」


「少しだけ」


あまり隠す気もない返答だった。


「ただし、条件があります」


「条件ですか?」


「アリスを同行させなさい」


「は?」


今度こそ、ガーネットは露骨に目を見開いた。


「なぜ、あの子を」


「修行です。建前は、神の試練」

「実際には、扱いに困っているからです」


「正直ですね」


「あなたもそう思っていたでしょう?」


「少しだけ」


司祭は手を組んだまま、穏やかに言う。


「新大陸の開拓村」

「教会がまだ足場を持っていない場所」

「そこで、侍女長候補のあなたが館へ入り、同時に若いシスターが一人ついていく」

「悪くない布石です」


「司祭様」


「何です?」


「布石という言い方は、神に対して少し不敬かと」


「そうですね。では、導きとでも言いましょう」


ガーネットは、そこで長く息を吐いた。


司祭が何を考えているかは分かる。

先行者利益、宗派の足場、じゃじゃ馬の処分も兼ねた派遣。


だが同時に、許可が出たことも事実だ。

そして、自分が行くべきだと感じていたのもまた事実だった。


レオの手紙は、飾りがなかった。

不器用なくらいに率直で、妙に胸に残る文だった。


あの子らしい。


六つか七つの頃、リーゼロッテの病床のそばで、必死に泣くのを堪えていた小さな横顔を思い出す。

優しい子だった、賢い子だった。

そして、ひどく不器用な子だった。


ガーネットはあの頃、辺境の騎士爵家の娘という、自分なりの矜持を持って侯爵家へ上がった。

末端とはいえ貴族。

本来なら、平民出の妾など見下してもおかしくない立場だった。


だが、リーゼロッテはそんなものとは関係なく、ただ静かに人だった。

優しく、弱っていて、それでも息子を抱く時だけは驚くほど強い目をしていた。


あの方に仕えるのは、少しも苦ではなかった。


そして、その息子であるレオもまた、屋敷の中で孤立していた。

人の悪意を子供なりに察して、あまり泣かず、あまり甘えず、ひどく早く大人びていた。

あの事実を、ガーネットは今でも覚えている。


あの子も覚えていたのだろうか。


そう思うと、胸の奥が少しだけ熱くなった。


「分かりました」


「よろしい」


司祭は満足気に頷いた。


「ただし、アリスには私の言うことを聞くように、申し付けてください」


「もちろんです」


「本当に?」


「たぶん」


「たぶん…ですか」


「彼女は元気なので」


「知っています」


「そこは、神の導きに期待しましょう」


「神に押しつけましたね」


「便利ですから」


その返しに、さすがのガーネットも、ほんの少しだけ眉を寄せた。



アリスは、その日のうちに呼ばれた。


十六歳。

髪は母譲りのプラチナブロンド。

瞳は蒼。

蒼海の輝きを閉じ込めたような、明るく真っ直ぐな色だった。


シスター服を着ているのに、どこか戦うための服装の方がしっくりきそうな娘でもある。

だが、それだけではない。


表情がくるくる変わる。

驚けば大きく目を見開き、嬉しければぱっと顔が明るくなり、真面目な話になると、子供っぽさを残したまま不思議なくらい真剣な目をする。


ぱっと見で分かる。

この娘は、人を巻き込む。


「新大陸!?」


と、話を聞いた瞬間に目が輝いた。


「はい、開拓村です」


司祭は、淡々と切り出した。


「魔物とか出ますか?」


「たぶん、出るでしょうね」


「すごい!」


「神の試練として行ってもらいます」


「行きます!」


「返事が早いですね」


「聖騎士になるなら、辺境経験は絶対に大事です!」


「そういう理屈なんですか」


「そうです!」


ガーネットは、その横で静かに目を閉じた。

やはり、この娘はこうなのだ。


「アリス」


「はい、姉さま!」


「姉さまではありません」


「では、ガーネットさん!」


「あなたは同行です」


「はい!」


「私は侍女長として行きます」


「はい!」


「あなたはシスターとして同行します」


「はい!」


「勝手に狼へ突っ込んだり、魔物へ説教したりしないでください」


「…努力します!」


「努力ですか?」


「善処します!」


司祭もさすがに、あれやっぱまずいかも?

ガーネット、取り消してもいいのよと言わんばかりの目線を送った。


「不安ですが…まぁいいでしょう」


ガーネットは、司祭の視線になんとかしますと返しながら、言葉を吐き出した。


アリスは、そこで少しだけ頬を膨らませた。


「ちゃんと分かってます!」


「本当に?」


「はい!」


「では確認します、先に動くのは誰ですか」


「ガーネットさんです!」


「勝手に単独行動しませんね」


「たぶんしません!」


「たぶん…ですか」


「なるべくしません!」


「大丈夫ですか?」


「でも頑張ります!」


その言い方が妙に素直で、叱りきれない。

やかましいのに、憎めない。

面倒そうなのに、放っておけない。


ガーネットは、そこでようやく少しだけ笑った。


「あなた、本当に元気ですね」


「はい!」


「褒めていません」


「でも、ちょっとは褒めてますよね?」


「少しだけです」


「やった!」


司祭がそこで、ガーネットとアリスを見た。


「仲良くなれそうで何よりです」


「司祭様、まだ早いです」

「私はまだ、連れていって大丈夫かを見ている段階です」


「じゃあ、これから仲良くなります!」


そう言って、アリスはぴしっと背筋を伸ばした。

その仕草だけは妙に綺麗で、育ちの良さが出ていた。


没落したとはいえ、元は子爵家の娘。

荒っぽいだけではない。

ちゃんと芯に残っているものがある。


それに、何より目がいい。


新しい土地。

未知の村。

魔物の出る辺境。

その話を聞いた時の、あの眩しいくらいの期待の目。


恐れより先に、わくわくしてしまう目だ。

それはきっと、辺境では強い。


そして厄介でもある。


ガーネットが一つ咳払いをして、アリスの目を捉えた。


「アリス、新大陸は遊びではありません」

「開拓村は、都の屋敷よりずっと厳しいでしょう」


「はい!」


「でも、少し楽しみですね」


そう言うと、アリスはぱっと笑った。


「はい!すごく!」


その笑顔が、あまりにも真っ直ぐで、部屋の空気まで少し軽くなる。


司祭が小さく笑った。


「なるほど」


「何がです?」


「この子なら、辺境でも意外と好かれるかもしれません」


「それは私も少し思っています」


「わ、ほんとですか!?」


「少しだけです」


「でも、少しはあるんですね!」


「あります」


「やった!」


話はもう決まった。


ガーネット。

還俗して、侍女長として新大陸へ向かう。


同行シスター、アリス。

十六歳、聖騎士志望のじゃじゃ馬娘。


手紙一通から始まった話は、思っていた以上に賑やかな形で動き出した。

新大陸の開拓村は、また少しだけ騒がしくなる。


でもそれは、きっと悪いことではない。

続きが気になる方は、ブクマお願いします!

また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ