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第57話 屋敷を回す手

領主館付きの使用人を募ると聞いて、最初に手を挙げたのは村の若い娘だった。


リーナ、十八歳。

村の女たちの中では、どちらかといえば控えめで、おとなしい。

声も大きくない。

人の輪の真ん中に立つより、少し端で静かに手を動かしている方が自然な子だ。


だからこそ、最初に名前を聞いた時、マルタは少しだけ目を丸くした。


「リーナがやるのかい?」


「うん」


「珍しいじゃないか」


「だめ、かな」


「だめとは言わないよ」


マルタはそう言ってから、リーナの顔をじっと見た。


無理をして勢いで言っている顔ではない。

ちゃんと考えてきた顔だ。


「なんでまた、領主館なんだい」


「外仕事より、向いてるかなって」


「畑より?」


「うん」


「炊事場より?」


「炊事も嫌いじゃないけど」


「けど?」


「領主館の中で、掃除したり、整えたり、静かに働く方が…たぶん、落ち着くかなって」


その答えに、マルタは少しだけ納得したように頷いた。

リーナは、そういう子だ。


騒がしい広場の中心より、部屋の中をきちんと整える方が似合う。

人前で笑って立ち回るタイプではないが、決まった仕事を丁寧に積むのは得意だ。


「なるほどねえ」

「領主館にこもれるのが魅力ってわけかい」


「うん」


「正直だね」


「だめ?」


「いや、嫌いじゃないよ。そういう正直さは」


それで、リーナの名前は候補に挙がった。



そしてもう一人。

今度は移住者側から手が挙がった。


サラ、二十一歳。


少し背が高く、姿勢がいい。

顔立ちは整っているが、柔らかい印象より先に、気が強そうだな、が来る。

実際、気は強いのだろう。


なにせ経歴が経歴だ。


「元帝国の地方官です」


そう言って、サラは妙にあっさり頭を下げた。


場所は、まだ完成前の領主館の一室を仮に使った面談の場。

レオ、テオドール、ガレス、それにマルタが座っている。


レオがサラと向かい合ったまま、尋ねる。


「地方官?役所勤めか」


「末端ですが」


「なんで辞めた」


「クビになりました」


「理由は聞いてもいいのか?」


「上司である貴族に、拳で反撃したので」


「は?」


レオの声が、素で一段低くなる。

横でガレスが喉の奥で笑いを噛み殺し、マルタは露骨に目を輝かせた。


「何されたんだい」


マルタが興味津々に口を開いた。


「何度も情婦になれて迫られてまして、我慢の限界が来ました」


「で、殴ったのか」


ガレスが、笑いをかみ殺しながら聞く。


「拳で、顔面にこうずどんと」


「いいね」


マルタが力強く頷く。


サラはそこで、ほんの少しだけ気まずそうに咳払いした。

だが、目は逸らしていない。


そのままサラが続けた。


「一応、言っておきますが、向こうが誘ってくるだけの時は耐えました」

「身体を触られたので、つい手が出ました」


「問題ないな」


とガレスとマルタ。


「理由としては、かなり筋が通っています」


テオドールが静かに纏めた。

彼はそこで、少しだけ書類へ目を落とした。


「読み書きは」


「できます」


「計算は」


「帳簿くらいなら付けれます」


「書類作成は」


「経験あります」


「文面の整えは?」


「役所式なら」


テオドールの目が、そこで少しだけ変わる。

欲しいと言ってる目だ。

その目のまま、レオに目線を送る。


レオが軽く頷いたあと、改めてサラに向き直る。


「書類仕事ができる」


「はい」


「で、ついでに貴族を殴れる」


「その言い方は少し困ります」


「でも事実だろ」


「事実ですが」


「困るんだな」


「少しだけ」


そこで、ようやく少し笑いが起きた。



面談が終わったあと、四人はそのまま残った。

リーナとサラ。

どちらも、それぞれかなり違う意味で使い道がある。


まず、マルタがリーナを評した。

レオを見ながら、言葉を探す。


「リーナは、真面目だよ」


「静かな仕事向きか」


「台所よりは、屋敷の中を整える方だね」


「掃除、寝具、洗濯、細かい片付けか」


「それに、変に口が軽くない」


「そこは大事だな」


レオも頷いた。


領主館付きの使用人というのは、ただ掃除をするだけではない。

見聞きしたことを軽々しく外で喋らないこと。

それも大事になる。


「サラは?」


レオがテオドールへ投げる。


「欲しいですね」


とテオドールが即答した。


あまりに即答だったので、レオが少し笑う。


「そんなにか」


「そんなにです」


「書類仕事の手が増えると?」


「かなり変わります」


「そこまで」


「そこまでです」


珍しく少し熱が入っていた。


「今後、移住者が増えれば名簿が増えます」

「物資の出入りも増える」

「ハルト商会とのやり取りだって、口約束だけでは限界が来ます」

「その時、字が書けて、読みができて、役所の文面に慣れている人材は大きい」

「気が弱すぎない、しっかりとした所もいいかと」


「貴族殴ってるからな」


とレオが笑う。


「そこを採用理由の柱にするのはやめてください」


マルタが少しだけ眉を下げながら言った。


「でも、サラを前に出しすぎると揉めるかもね」


「どういう意味だ」


「気が強いし、頭も回る」

「そういう女を嫌う男もいる」


「村の男にか」


「いるよ、たぶん」

「でも、だからこそ必要でもある」


そこは、レオにも分かった。


村が大きくなるなら、ただ従順なだけの手では足りない。

書類の山も、人の出入りも、いずれ増える。

その時、サラみたいな人間は必要になる。


よしと言わんばかりに、レオが手を叩いた。


「両方だな、リーナも、サラも雇おう」

「片方だけにする理由がない」


「そうですね、役割が違います」


テオドールも同意した。


「リーナは館の中」


「サラは館の中でも、もっと外向きか」


「読み書き、書類、呼び出し、来客の振り分け」


「いきなり大丈夫か」


ガレスが口を挟む。


「今のうちから割っておいた方がいいと思います」



「それもそうか」


ガレスも頷いた。



それで、二人は正式に呼ばれた。

まだ完成していない領主館の前。

柱と壁が立ち始めた、その場所で。


リーナは少し緊張した顔で立っている。

サラは緊張しているが、顔はちゃんと上がっていた。


「二人とも、呼ばれた理由は分かってるな」


「はい」


「採用の件、ですよね」


レオは頷いた。


「二人とも、領主館付きで入ってもらう」

「ただし、最初から全部できるとは思ってない」

「だから、役目は分ける」


リーナへ視線を向ける。


「リーナは主に、館の中だ」


「はい」


「掃除、寝具、洗濯、部屋の整え」

「静かに回す方を頼みたい」


「はい」


「できるか」


「やります」


返事は小さい。

だが、はっきりしていた。


次にサラを見る。


「サラは、家事をしつつテオドールの補助」


「はい」


「あと、来客の振り分けと連絡も、いずれ頼む」


「分かりました」


「貴族は殴るなよ」


「必要がなければ」


「必要の幅を広く取るな」


「努力します」


「不安だな…」


だが、その不安ごと含めて悪くなかった。

リーナは館の中を静かに支える。

サラは、館の中と外を繋ぐ。


この二人が入るだけで、領主館はただの大きい建物から、一気に回る場所へ近づく。



話が終わったあと、村人たちの間にも、その意味はすぐ広がった。


「リーナが館勤めか」


「へえ」


「似合ってるかもな」


「サラって子、字ができるんだって?」


「役所上がりらしいぞ」


「すげえな」


「でも貴族殴ったってほんとか?」


「そこが一番すげえよ」


そこで笑いが起きる。

だが、笑いながらも皆分かっていた。


村にまた、仕事が増えたのだ。

畑でも、狩りでも、建設でもない、新しい仕事が。

それはつまり、村がまた一段太くなったということだった。


「雇う側ってのも面倒だな」


とレオがぼそりと言う。


「今さら何言ってる」

「だが、悪くはないだろ」


ガレスが、村人たちを見ながら返した。


「悪くない」


「ならいい」


領主館は、まだ完成していない。

だが、その前で人はもう配置され始めている。

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