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第56話 村に雇用が生まれる日

新しい領主館の建設は、村にとってちょっとした祭りだった。

家を一軒建てるのとは、やはり空気が違う。


柱の太さも、梁の長さも、使う木材の量も違う。


しかも、これはただ大きな家を建てる話ではない。

村の顔になる建物だ。

ドーレンの声が、現場に響く。


「持ち上げろ!」


「右、少し待て!」


「待ってる!」


「そこ押すな、合わせろ!」


「おう!」


大工一家を中心に、男たちが総出で動く。

縄が張られ、柱が立ち、梁が持ち上がる。


空は高く、冬前の乾いた風が木の匂いを運んでいた。

村人たちは、仕事の手を完全に止めるわけではない。

だが、誰もがちらちらとそちらを見る。


それはそうだろう。

畑が増え、家が建ち、鍛冶場ができ、湯場もできた。

そして今、最後に村の顔が立ち上がろうとしているのだから。


「でかいな」


とバルドがしみじみと言った。

それは率直な感想だった。


レオも少し引いた位置から骨組みを見て、同じことを思っていた。

でかい。


以前の、村で一番ましな建物とは比べものにならない。

もちろん、都の大貴族の屋敷ほどではない。

だが、この村には明らかに大きい。

ガレスはそんな現場を、少しだけ感慨深い顔で眺めていた。


「こうして見ると、でけぇな」


「ああ、俺にはもったいないくらいだ」


レオも素直に頷く。


「図面で見てた時より、ずっと大きく感じる」


「そりゃそうだ、梁が乗ると急に建物になるもんさ」


ドーレンが笑う。


「なるほど」


ドーレンは、そこで少しだけ口元を上げた。


「外から見ても、ようやく領主が住んでる村に見える」


「そこまでか」


「そこまであるんだよ、領主の館ってのは」


確かにそうだった。


今までの建物は、言ってしまえばなんとかやりくりしてる感が出すぎていた。

それも嫌いではなかった。

だが、外から人が来始めた今は、そこを誤魔化しきれない。

だからこの大きさが必要だった。


必要、なのだが…


上棟が終わり、ドーレンが一息ついた頃。

レオは骨組みを見上げながら、何とも言えない顔をしていた。

そんな様子を見たガレスが、レオに声を掛けた。


「どうした」


「いや」


「気に入らねえか」


「そうじゃない」


「なら何だ」


「俺たち住めるのか、これ」


その一言に、近くにいたテオドールがぴたりと動きを止めた。

エルマーも、少し遅れて顔を上げる。


「何がです?」


テオドールが筆を止めた。


「だから、この大きさだよ」


「でかいですね」


「俺と爺さんと、お前とエルマーが住む予定だろ」


「その予定ですね」


「家事、誰がやるんだ?」


沈黙が落ちた。

それは、とても大事な沈黙だった。


「俺はやらんぞ」


と最初に言ったのはエルマーだった。


「お前には聞いてない」


「先に言っとく」


「言わなくても分かる」


「なんだその信頼のなさは」


「今までの実績だ」


ガレスが喉の奥で笑う。

だが、笑いごとでもなかった。


今までは小さかった。

狭いうえに、部屋も少ない。

多少の散らかりも、多少の放置も、何とか誤魔化せた。


レオが自分で雑に片付け、テオドールが必要な紙だけ死守し、ガレスは寝床さえ確保できれば文句を言わず、エルマーは怒られながらも最低限で済ませていた。


だが、この規模は違う。


部屋数があり、来客も通す。

会議もすれば、寝所も分かれる。

倉もあるし、湯場もある。

台所もつく、今までのように村の広場で食べる訳にはいかない。


そうなると、もう適当に回すでは済まない。


「私も無理ですね」


と、珍しくテオドールが即答した。


「だよな」


「はい」


「お前が即答するなら相当だな」


「実際できませんので」


テオドールは真顔だった。


「今のままでは確実に破綻します」


「言い切るな」


「言い切れます」


「理由は」


「レオ様は片付けを後回しにする」


「ガレス殿は必要最低限以外に興味がない」


「エルマーは論外」


「おい」


「私は書類仕事以外に時間を割きたくない」

「以上です」


完璧な整理だった。


「ひどいな、生活破綻者の集まりかよ」


「事実しか言っていません」


とテオドール。


「そこがひどい」


バルドがそこで、かなり愉快そうに笑った。


「ようやく気づいたか」


「何にだ」


「お前らは、住むだけならともかく屋敷を回す人間じゃねえってことだよ」

「前の小さい建物だったから、なんとか誤魔化せてただけだ」

「この規模は無理だ」


「やっぱりそうか」


「当たり前だ」


ドーレンまで頷いた。


「台所を誰が回す」

「掃除を誰がする」

「来客の茶を誰が出す」

「寝具を干して、火を見て、湯を回して、戸締りを見て、壊れたとこをすぐ言う」

「それ、住んでるやつが片手間でやる規模じゃないぞ」


そこでレオは、ようやく本当に現実が見えた顔になった。


「使用人がいるな」


「ちゃんとしたのが要る」


ガレスも珍しく真顔だ。


「何人くらいだ」


「最低でも二人」

「一人では回りません」


テオドールがすぐに答えた。


「そんなにいるのか」


「そんなにです」


エルマーが、腕を組みながら言った。


「村に雇用が生まれるな」


「他人事みたいに言うな」


「他人事じゃない、俺もこのままでは困る」


「自分のことかよ」


「一番大事だろ」


「お前にとってはな」



その話は、あっという間に村へ広がった。

新しい領主館ができる。

そして、それを回すためにちゃんとした使用人が要るらしい。


それは村人たちにとって、思った以上に新鮮な話だった。


「雇うのかい?」


マルタが女衆を代表して、レオに尋ねた。


「ああ、二人は必要だ」


「村から?」


「できればそうしたい」


「へえ」


女たちの目が、そこで少し変わる。


使用人。

つまり、屋敷で働くということだ。

畑でもなく、狩猟でもなく、建設でもない。

別の仕事が生まれる。


マルタが続ける。


「来客対応もいるね、あんたらできないだろ」


「来客対応ぉ?」


エルマーが首を傾げる。


「必要です、今後もっと外から人が来ます」

「領主館が整えば、なおさらです」


テオドールが、エルマーを諭す。


「そうかぁ」


「そうです」


それはつまり、村に新しい役割が増えるということだった。


家を守るだけではない。

鍋を握るだけでもない。

村の中心を回す仕事が生まれる。


女衆から声があがる。


「悪くないね」

「女の手が、ちゃんと仕事になるってことは」


「どういう意味だ?」


レオが聞き返す。


「今までだって働いてるよ。でも、こういう形で雇われるってのは別なんだよ」


「そういうものか」


「そうだよ」


その言葉は重かった。

畑や建設だけが村を支えているわけじゃない。

家事も、掃除も、来客の世話も、全部屋敷を回す力だ。


それが、今やっと仕事として切り出される。


「村に雇用が生まれたな」


バルドが最後に締めた。



募集をかける、というほど大げさでもなかった。

だが、話が出たその日のうちに、何人かの顔が思い浮かんだ。

レオが早速話を持ち掛けた。


「マルタはどうだ」


「私は炊事場の頭のままでいたいよ」

「屋敷へ入って縛られるのは性に合わない」


「まあ、そうだろうな」


「でも、若いのに教えるくらいはできる」


「それで十分だ」


「若い女衆に何人か、手が早いのがいる」

「掃除や洗濯が苦じゃない子もいるし、気の利く子もいる」


「礼儀や来客対応ができそな子は?」



「そこが一番難しいね」


「そうか…」


「でも、湯場ができてから皆少しずつ人前の顔が変わってきた」

「やれる子はいるよ」


テオドールがそこへ補足する。


「できれば、字を少し覚えられる人材も欲しいですね」


「屋敷の使用人にか?」


「はい」


「なんでだ」


「今後のことを考えると、記録補助や呼び出しの伝達も出ます」

「全部を私がやるのは非効率です」


「便利な頭が、さらに便利な手を欲しがってるな」


「当然です」


エルマーが笑う。


「使用人兼、テオドール秘書か」


「言い方は嫌ですが、近いです」


「お前、村が大きくなるの楽しんでるだろ」


「否定はしません」



夕方、レオは建設中の新領主館を見上げた。


大きい。

今の村には、少し大きすぎるくらいだ。


だが、その大きさの分だけ、もうレオが住む家ではない。

村の中心だ。

人が来て、話をして、決めて、村を回していく場所だ。


だから、そこを回す人間も要る。

村に雇用が生まれた。

それはただ働き口が増えた、という話ではない。

村の中に、役割の層が増えたということだ。


畑をやる者。

狩る者。

鉄を打つ者。

薬を作る者。

家を建てる者。

そして、中心を回す者。


その全部が揃っていって、初めて村は本当に太くなる。

冬は、すぐそこまで来ている。

だが、その前に村はまた一つ、新しい形を得ようとしていた。

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