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第55話 領主の館は村の顔

秋の中頃、その少し前。

ついに、村人たちの家がすべて完成した。


豪華ではない。

石造りの大邸宅でもなければ、都の裕福な商家のような飾りもない。


だが、今までのようなあばら家ではない。

ちゃんとした家だ。


壁は風を防ぎ、床は地面の冷えを直接拾わず、屋根は雨と雪を受け止める。

煙の抜けも考えられていて、火を入れても息苦しくなりにくい。


帝国の、どこにでもある村の一軒家。

少なくとも、その程度には届いていた。


「家って、こんなに違うんだねえ」


最初にそう言ったのはマルタだった。

まだ新しい板の匂いが残る自分の家の中で、女は壁に手を当てながら、しみじみと息を吐いた。


「前のは家じゃなかったってことか」


バルドも自分の家を見上げながら苦笑した。


「あれは雨風を避ける箱さ」


「ひどい言い方だな」


「少なくとも、家じゃなかったさね」


「まあ、そうだな」


夜の冷えが違う。

朝の身体の強張りが違う。

風の音は聞こえても、隙間風そのものは入ってこない。


たったそれだけのことが、村人たちの顔を目に見えて変えていた。


「子供が夜に起きなくなった」


「分かる」


「足が冷えきらないんだよ」


「火を入れた時の温まり方も違う」


「屋根がちゃんとしてるって、ありがたいねえ…」


家がある。

ちゃんと住める家がある。

その事実は、畑や湯場と同じくらい、いや、ある意味ではそれ以上に村へ根を張っていた。


そして、その一方で。

レオの、領主館と呼ぶにはまだ少し早い建物が新築中だった。


もっとも、前の建物は村の中で比較的一番ましな家にすぎない。

風は入るし、壁も薄いし、外から見ても、どう見ても辺境で間に合わせた貴族の住まいだった。


最初の頃は、それでもよかった。

むしろ、そんなことを気にしている場合ではなかった。


だが今は違う。

村人たちの方から、はっきり声が上がり始めたのだ。

なので、村を代表してバルドがレオに話を持ち掛けた。


「さすがに、あれは駄目だろ」


「そうか?俺は困ってないんだが」


レオが素で返した。


「お前はそうでも、こっちは困る」


「なんでだよ」


「外聞が悪いからだよ」


その言葉に、レオは少しだけ目を丸くした。


「外聞?」


「ああ、外聞だ」


「お前がそんなこと言うのか」


「言うさ」


「前は気にする余裕がなかった」


「そうだな」


「でも今は違う」


バルドは腕を組んだまま、建設中の領主館予定地を顎でしゃくった。


「人が来始めてるだろ」


「帝国からの移住希望者か」


それは事実だった。

ハルトの商会が定期的に出入りし始めてから、村の噂は少しずつ港と、その向こうの帝国本土へ流れ始めていた。


鍛冶師がいて、錬金術師がいる。

湯場がある。

畑が広がり、水路も通っている。

そして、まだ土地がある。


それは、中央では居場所のない人間にとって、十分すぎるほど魅力的な話だった。

だから、ぽつぽつと来る。


まずは様子見。

それから、話を聞きに。

荷を持って、そのまま根を下ろせるか見に来る者も出始めた。


「そうなると、だ」


「領主の館があれだと、舐められる」


「舐められる?」


「そうだ」


「この村、まだ形だけだな、って思われる」


「ああ…」


そこまで言われて、レオもようやく少し納得した。


住めるかどうかだけではない。

統治者の顔としてどう見えるか。

それもまた、村を大きくするなら必要になる。



ドーレンも、そこは完全に同意だった。


「領主の屋敷は、村の顔だ」


「お前もかよ、ドーレン」


「当たり前だ」

「家はな、中に住むやつのためだけに建つわけじゃない」

「外から来たやつが、ここの領主はちゃんとしてるって思うためにも建つ」


「そういうもんか」


「そういうもんだ」


ドーレンは、木板の上に引いた図面を見せた。


前の建物よりは、かなり大きい。

だが無駄に大きくはない。

領主館としての体面を保ちつつ、会議室、執務室、来客を通す応接室、倉を兼ねた裏手、湯場も専用の水路を引いた。


「まあ、立派すぎないのはいいな」


「立派すぎると村が浮く」


「だが、粗末すぎても駄目だ」


「難しいな」


「だから俺がいる」


「便利だな」


そこへ、マルタまで口を挟む。


「来客が増えるなら、台所も少しはまともにしな」


「お前、領主館の台所まで口出すのか」


「当たり前だよ」

「客を迎えるのに鍋一つで回るわけないだろうが」

「それに、いざって時は女衆も入るんだよ。使いにくい台所は嫌だよ」


「はいはい」


「返事が軽い!」


そんなふうに、領主館の建て替えはもうレオの住む家ではなく、村の顔を整える工事として動き始めていた。



それがはっきり見えたのは、移住希望者が実際に来た時だった。


帝国から来た若い夫婦。

次男坊で、土地を持てない男とその嫁。

それに、職人見習いのような若者が二人。


彼らはまず畑を見て、水路を見て、湯場を見た。

そして最後に、自然と領主館の方へ目を向けた。


「あれが…領主様の館ですか」


と若い男が言う。


「今のな」


移住者を案内していたバルドが応える。


「でも、建て替え中だ」


「建て替え、ですか」


「ああ」


その時の相手の顔を見て、村人たちは思ったのだ。

ああ、やっぱり見られるのだ、と。


畑だけじゃない。

水路だけじゃない。

この村を誰が、どんな顔でまとめているのかまで、ちゃんと見られている。


「外聞ってやつだな」


とバルドがあとで言う、


「そういうことだ」


とドーレンも頷いた。


前は、ただ生きるのに必死だった。

でも今は違う。


村人たち自身が、外からどう見えるかを気にし始めている。

それは、見栄だけではない。

村が一段上の段階へ足をかけた証拠でもあった。



レオは、建て替え中の領主館予定地を見ながら、少しだけ苦笑した。

隣に立つガレスが、若干ニヤニヤしながらそれを眺めていた。


「まさか、あいつらの方からちゃんとした館を建てろって言われるとは思わなかった」


「俺もだ」


「お前の顔が立つかどうかより、村の顔が立つかどうかで言ってるのがまた面白え」


「悪くねえだろ」


「悪くない」


木材はもう積まれている。

柱も立ち始めている。

前の頼りない建物とは違う。

まだ村に見合った大きさだが、それでも領主の館と呼ぶに足るものにはなるだろう。


レオはその骨組みを見て、静かに思った。

領主館も、今の村に見合うものへ変わらなければならない。


「ほんとに、村になったな」


「今さらか」


「今さらだ」


「なら、次はどうする」


「もっと大きくする」


「そうこないとな」


秋も深まり始め、冬もそう遠くないとこまで来ていた。

だがその前に、村は確かにもう一段形を整えようとしていた。

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