第51話 村を育てる赤い魔石
建設ラッシュが始まると、村は本当に一日中うるさくなった。
木を切る音に、材を運ぶ声。
釘代わりの木杭を打つ音。
鍛冶場予定地の地面を均す音。
アトリエの基礎を測る声。
家の柱位置で揉めるドーレンの怒鳴り声。
「そこはずれる!」
「いや、真っ直ぐだ!」
「真っ直ぐでも間が悪いんだよ!」
「分かるかそんなの!」
「分からせるために俺がいる!」
そんな調子で、村全体が動いていた。
レオはその真ん中にいた。
鍛冶場側へ人を回し、アトリエ側の資材を確認し、家の建設予定地の整地を見て、水路の邪魔にならないよう導線を調整する。
やることは山ほどある。
だが、その全部が前向きな忙しさだった。
「そっちの木材は鍛冶場側へ!」
「はい!」
「釜の土台石は運ぶ前にイルゼへ見せろ!」
「分かった!」
「家の柱材は雨に当てるな!」
「おう!」
声を張っていた、その時だった。
場違いなくらい軽い声が、足元から聞こえた。
「ん?」
レオが振り向く。
そこにいたのは、アカネたちだった。
アカネ、スミ、ヒイロ。
三匹そろっている。
しかも、ただ遊びに来た顔ではない。
妙に真面目な顔で、レオのところまで一直線に来ていた。
「どうした」
レオがしゃがみ込むと、アカネが一歩前へ出る。
スミも、ヒイロも続く。
そして次の瞬間。
こくん、と三匹がそろって喉を鳴らした。
ころりと、三つの小さな赤い塊が土の上へ転がった。
「は?」
レオの声が、珍しく素で止まる。
赤く角張っている。
熱を帯びている。
それは見間違えようもなく。
「魔石…?」
火の魔石だ。
火尾鶏の体内にあった、あの赤い魔石。
親個体のものよりはずっと小さい。
だが、性質は同じだ。
熱の芯を持った、赤い魔石。
三匹とも、それを一つずつ吐き出したのだ。
「お、おい」
レオが、思わず本気で身を乗り出す。
土の上の三つの魔石を確かめる。
熱はある。
しかもただ熱いだけじゃない。
中で火の魔力がちゃんと脈打っている。
「お前たち…」
声が少し上ずった。
珍しく、本当に少しだけ興奮している声だった。
「これ、定期的に出せるのか?」
アカネが、ぴゅい!と鳴いた。
完全に「うん!」の顔だった。
胸を張り、尾を立て、どうだと言わんばかりに。
「マジかよ…」
レオのその声で、近くにいた連中が何事かと寄ってくる。
「どうした!?」
バルドにしては珍しく、心配そうな声だ。
「何かあったんですか」
ミハルも少し不安げに近づいて来た。
「アカネたちが……これを出した」
土の上の赤い魔石を見た瞬間、空気が止まった。
「おい」
とガレス。
「嘘だろ」
「嘘じゃない」
とレオ。
「今、目の前で吐いた」
その後ろからエルマーが来て、見た瞬間に本当に口を開けたまま固まった。
「は?」
「お前が一番そうなるよな」
とレオ。
「いや、待て」
とエルマー。
「待て待て待て」
「待ってる」
「何だこれは」
「見りゃ分かるだろ」
「分かるから言ってる!」
魔法狂いの目が、本当に信じられないものを見る目になっていた。
「火の魔石だ」
「そうだ」
「しかも、親の残りじゃない」
「そうだ」
「こいつらが体内で精製した?」
「たぶんな」
「……」
エルマーは、そこで本当に言葉を失った。
冷静なテオドールですら、珍しく目を見開いていた。
「これは…」
「さすがに想定していませんでした」
「俺もだ」
とレオ。
「想定してたやついたら怖い」
「ええ。かなり怖いです」
ガレスすら、腕を組んだまま固まっていた。
「生きた鉱脈か、こいつら」
「言い方」
「でも、近いな」
「近いどころじゃねえぞ」
エルマーは半ば呆れていた。
「これ、火尾鶏を育てるってそういう意味だったのか?」
「知らん」
「俺も知らん!」
イルゼとカイル、ドーレンたち新入り組まで寄ってきて、土の上の赤い魔石を見た。
「何これ」
とカイル。
「火の魔石」
とレオ。
「そんな簡単に言うもんじゃないでしょ!?」
とイルゼ。
「簡単じゃない」
「でしょうね!」
イルゼはしゃがみ込んで、しかし触れずにじっと見る。
「これ、本物だよね」
「本物だ」
エルマーが魔石を手で弄りながら答えた。
「いや、分かるけど、分かりたくなかったねこれは」
「なんでだ」
「面倒だからだよ!」
その返しに、さすがのレオも少し笑いそうになる。
だが、笑っている場合でもなかった。
これは大きい。
いや、大きすぎる。
赤い魔石。
つまり、火の熱源。
炉にも使える。
釜にも使える。
そして、うまく扱えれば、この村の火回り全部を一段引き上げる可能性がある。
「お前たち」
レオはもう一度、アカネたちを見る。
三匹とも、完全に褒められ待ちの顔だった。
アカネは胸を張り、スミは少し控えめに寄り、ヒイロは一歩遅れて尾を振っている。
「お前ら、すごいな」
「ぴゅい!」
「そこは分かるんだな」
「ぴ!」
「分かる顔してる」
バルドも苦笑するしかない。
「めちゃくちゃ分かる顔ですね」
テオドールですら、いい意味で呆れていた。
レオは土の上の三つを見下ろした。
親ほどの大きさはない。
だが十分だ。
十分すぎる。
「エルマー」
「なんだ」
「これ、どれくらい使える」
「今すぐ断言はできん」
「そうだろうな」
「だが、少なくとも小型炉や釜の芯にはなる」
「使い捨てじゃなく、熱源として回せる可能性が高い」
「マジか」
「マジだ」
レオはそこで、また少しだけ本気で興奮した顔になった。
「定期的に出せるなら」
「鍛冶場も、アトリエも、もう一段安定する」
「そうですね」
「しかも、今後の増設にも使えるかもしれません」
テオドールは、すでに記録に入っている。
「家の暖房にも?」
マルタら女衆まで集まってきた。
「そこまで行くには試験が要る」
「でも、夢物語じゃなくなった」
エルマーが太鼓判を押した。
冷静なテオドールですら、そこで少しだけ笑っていた。
「いや、本当に」
「これはさすがに驚きました」
「お前でもそうなるか」
「なりますよ。火尾鶏が卵をくれる番鶏どころか、魔石まで供給する火の家畜になりかねない」
「言い方が急にやばいな」
「事実です」
「事実だけどやばい」
ガレスがようやく息を吐いた。
「とりあえず、人前で気軽にやらせるな」
「ああ」
レオもそこは同意する。
「そこは絶対だ」
「見られたら面倒なんてもんじゃねえ」
「分かってる」
「今日ここにいる連中だけでも多いくらいだ」
「分かってるって言ってるだろ」
イルゼが、少し真顔で言う。
「これ、外に漏れたらまずいね」
「まずい」
と全員がほぼ同時に言った。
それくらい、分かりやすくまずかった。
卵を産む。
番鶏になる。
それだけでも十分すごい。
そこへ火の魔石まで定期的に出すとなれば、もはや珍しい魔物を飼ってる村どころではない。
それだけで、人も、貴族も、商人も、余計な目が寄る。
「秘密だな」
とレオ。
「秘密ですね」
とテオドール。
「鍛冶場とアトリエへの供給も、慎重にやる」
とエルマー。
「出所はぼかす」
「そうだな」
「火尾鶏の残り魔石を加工したくらいで流すのが無難でしょう」
「それなら今ある話と矛盾しません」
「さすが便利な頭」
「今は褒め言葉として受け取ります」
その後ろで、アカネがまたぴゅい、と鳴いた。
完全にもっと褒めろの顔だった。
「分かった分かった」
レオがアカネ達の頭を軽く撫でた。
「今日はお前らが一番偉い」
「ぴゅい!」
「うわ、通じてる」
ミハルが引きつった様子で反応した。
「たぶん偉いの響きだけ拾ってる」
とバルド。
「いや、十分だろそれ」
レオはそこで、三つの小さな火の魔石を手の中にそっと拾い上げた。
温かい。
脈打つみたいに、熱がある。
パン炉があり、鍛冶場ができ、アトリエができ、家が建つ。
そこへ今度は、村で育った火尾鶏が、自分の中で精製した火の魔石まで持ってきた。
あまりにも、前へ進みすぎている気すらした。
「ほんとに」
レオは、少し笑った。
興奮と、呆れと、嬉しさが全部混じった顔で。
「お前たち、どこまで村を便利にする気だ」
アカネが、ぴゅい!と鳴いた。
当然、全部という顔だった。
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