第49話 アカネたちの初陣
建設の話が一気に動き出すのと並行して、もうひとつ、着実に育っているものがあった。
アカネたちだ。
最初は両手に乗るほどだった火尾鶏の雛も、今ではもうその面影がだいぶ薄い。
大きさで言えば、普通の犬くらい。
まだ親個体には遠い。
だが、小さい珍獣と呼ぶには無理があった。
脚はしっかりし、首も長くなり、尾の赤は前より濃い。
興奮した時など、尾の先がはっきり熱を帯びるのが分かる。
「でかくなったな」
アカネ達を見ながら、レオが感慨深く呟いた。
「ぴ」
とアカネが胸を張る。
「なんでお前はそんな得意げなんだ」
「ぴぴ」
「いや、褒めてるけど」
「ぴ」
「会話してるな」
バルドが後ろで茶化す。
「最近ほんとに分かってる気がする」
「気のせいじゃないでしょうね」
テオドールも興味深げだ。
「名前と簡単な指示はかなり通っています」
「番鶏として仕込めそうか」
「もう片足どころか、かなり入ってます」
アカネ、スミ、ヒイロ。
三羽とも順調に育っているが、やはり一番目立つのはアカネだ。
気が強く、前へ出る。
反応が速い。
そして、相変わらず卵を産む。
「また少し大きくなったねえ」
マルタが、その日の朝に取れた卵を手にそう言った。
たしかに、前よりほんの少しだが大きい。
最初は普通の鶏卵くらいだったものが、今ではひと回り近く立派になっている。
「心なしか、って程度じゃないな」
卵を見ながらレオも少し驚いた。
「育ってる分だけ、卵も育ってるんだろうね」
「味も変わったか?」
「濃くなってる」
「すげぇな、こいつら」
「黄身の色もね。前よりさらに強いよ」
卵が大きくなる。
それだけでも村にとっては十分すごい。
だが、本当に大きいのは別の点だった。
番鶏として、機能し始めたのだ。
もちろん、夜は無理だ。
頭が鳥である以上、夜目はきかない。
そこはやはり火尾鶏でも同じらしい。
夜番を丸ごと任せるなんて真似は、まだできない。
だが、昼なら違った。
「アカネ、外れのほう」
とレオが言えば、アカネがすぐに首を上げる。
「スミ、ついてけ」
と言えば、スミが一拍遅れて動く。
ヒイロは少し自由だが、それでも群れで動く意識は出てきている。
村の中と外れ。
畑の周り、水路の脇。
そして柵の前。
そこを、三羽がうろつく。
ただ歩いているだけではない。
見慣れない気配があれば立ち止まり、尾を持ち上げ、喉の奥で低く鳴く。
それだけで、子供たちも大人も何か来たと分かるようになってきた。
「ほんとに番犬みたいになってきたな」
とミハル。
「番鶏だけどな」
レオが苦笑交じりに返した。
「それが一番おかしい」
けれど、笑い話だけでもなくなっていた。
この間、実際に成果を見せたからだ。
昼のことだった。
森の外れに近い畑側で、子供たちが水路の近くを走り回っていた時だ。
最初に反応したのは、ヒイロだった。
「ぴぃっ!」
いつもの遊び声とは違う、鋭い声が飛ぶ。
それに続いてアカネが首を上げ、スミも尾を膨らませるように持ち上げた。
「どうした?」
近くにいたユルが振り向いた時には、もう見えていた。
狼だ。
しかも一頭ではない、三頭。
森の縁から、様子を窺うように出てきていた。
痩せている。
飢えているのかもしれない、だからこそ危ない。
子供と家畜の匂いがすれば寄ってくる類の目だった。
「おい、下がれ!」
ユルが怒鳴る。
子供たちがはっとして固まる。
そこで、アカネが動いた。
まっすぐ前へ出て、尾を高く上げる。
喉の奥から、前よりずっと低い鳴き声を出した。
ぴぃ、ではない。
きゅるるる、という獣に近い威嚇音だ。
狼たちが一瞬だけ足を止める。
その間に、スミとヒイロも左右へ広がった。
三羽で子供たちの前へ立つ形になる。
ユルが思わず漏らした。
「こいつら…」
次の瞬間、アカネの尾が走った。
軽く振り抜いただけだ。
だが、その尾の赤い先端が空気を裂いた瞬間、小さな火花が狼へ向かって飛ぶ。
ただの打撃じゃない。
熱を帯びた一閃だった。
狼の先頭にいた一頭が、ぎゃっと短く鳴いて飛び退く。
鼻先の毛が少し焦げ、目が完全に怯えへ変わる。
狼たちは一気に腰を引き、唸り声を残して後退した。
さらにアカネがもう一歩踏み込む。
ヒイロが横から尾を振り、スミも低く唸る。
すると、三頭は完全に森の中へ引いた。
追わない。
アカネたちも、そこまではしない。
ただ、ここから先へ入るなという線を見せて止まる。
「逃げた…」
ユルが呆然と呟く。
子供たちも、ぽかんとしていた。
だが次の瞬間には、すごい勢いで騒ぎ始める。
「アカネが追い返した!」
「すごい!」
「火が出た!」
「番鶏だ!本当に番鶏だ!」
村の大人たちが駆けつけた時には、もう狼はいなかった。
残っていたのは、土の上の足跡と、狼の焦げた毛が少しだけ。
レオはアカネを見た。
アカネは、何でもない顔で胸を張っている。
いつものことだ。
「お前…」
「ぴ」
「ほんとにやるようになったな」
「ぴぴ」
褒められているのが分かるのか、やたらと得意げだった。
それ以来、村の中でのアカネたちの立場は、また一段変わった。
ちょっと変わった便利な鳥ではない。
明確に、昼間の守りの一部だ。
「昼は、もう任せられるな」
エルマーが、ヒイロに餌をやりながら言う。
「問題ないな、こいつら結構賢い」
レオも、アカネとスミに干し肉を食べさせながら同意した。
「夜はまだ無理だが」
「そこは仕方ない」
「でも昼の外れなら、かなり助かる」
「子供たちにも言っとくか」
「アカネたちが鳴いたら、遊びをやめて下がれだな」
女たちの受け止め方も早かった。
「畑の端に三羽いるだけで、安心感が違うよ」
「狼が寄っても追い返せるなら十分すぎる」
「卵も産むしね」
「ほんとに、何なんだろうねえこいつら」
イルゼまで、少し感心したように見ていた。
「火の魔物ってのは、もっと面倒なもんかと思ってたよ」
「十分面倒だぞ」
とレオ。
「でも、村の側についた面倒ならありがたい」
「それはそうだ」
ドーレンも、感心していた。
「俺んちの前にも来てくれねえかな」
「お前が餌やりすぎるから駄目だ」
「なんでだよ」
「太るだろ」
「それは困る」
そういう会話まで、自然に出るようになっていた。
夕方、レオは檻の前ではなく、今では昼の定位置になった広場の端で丸くなっている三羽を見ていた。
犬くらいの大きさになった三羽。
尾は赤い。
目ももう、ただの雛のものではない。
ちゃんと、外を見る目になっている。
アカネの前には、その日の卵が置いてあった。
また少しだけ大きい。
「育ってるな」
「お前もな」
後ろからガレスが声を掛ける。
「何がだよ」
「村を見る目だよ」
「アカネたちの話だろ」
「両方だ」
ガレスは、三羽を見て鼻を鳴らした。
「番鶏としては、もう十分すぎる」
「昼限定だけどな」
「それで十分だ。昼間の狼避けと、外れの警戒、それに子供らの目印になる」
「しかも卵まで産む」
「ほんと、なんなんだろうな」
「火尾鶏だろ」
「それはそうだ」
レオは、少しだけ笑った。
最初は、たまたま孵った卵だった。
飼うしかないと思って飼い始めた。
それが今では、卵を産み、村を守り、子供たちに懐かれ、昼の警戒まで担っている。
村が育つのと一緒に、こいつらも育っている。
それが妙に、悪くなかった。
「ちゃんと番鶏になるって言っただろ」
「誰も信じてなかったけどな」
「今は?」
「今は、誰も笑わねえよ」
アカネが短く鳴く。
その声にスミが反応し、ヒイロが少し遅れて首を上げる。
もう群れだ。
村の中に根を張った、小さな火の群れ。
レオはその赤い尾を見ながら、静かに思った。
鍛冶場ができる。
錬金術師のアトリエもできる。
家も建ち始める。
畑は広がり、水路は増え、狩猟班も動く。
そして昼の守りには、アカネたちがいる。
やることはまだ多い。
だが、確実に村の厚みは増している。
続きが気になる方は、ブクマお願いします!
また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!




