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第47話 村が人を呼ぶ日

二ヶ月後。

ハウルの商隊は、約束通り村へ向かっていた。


港を発ってからの荷馬車は、前回より明らかに重い。

樽も増え、布も増え、鉄具も増えた。

塩も、針も、鍋も、前より多い。


それだけではない。

今回は、積荷のほかに人も乗せていた。


若い鍛冶師。

腕はいい、だが鍛冶場を継げない。

中央で生きるには、家格も後ろ盾も足りなかった。


中年の錬金術師の女。

平民上がりで中央の錬金工房に長くいたが、派閥争いに負け、結局は田舎へ引っ込んでいた。


そして、大工一家。

親父と、息子二人と、嫁と娘。

貴族と揉めて故郷を追い出されたが、腕は確かだ。


どいつもこいつも、真っ当にやってきたくせに、真っ当な場所では居場所を失った連中だった。

だからこそ、ハウルは声をかけた。


「辺境だが、面白い村がある」


そう言った時の、あの胡散臭そうな顔を思い出して、商人は少しだけ笑う。

面白い村。

そんな言い方で人を釣るのもどうかとは思った。

だが、嘘ではない。


あの村には、確かに面白くなる匂いがあった。


「で、本当に大丈夫なんだろうな」


荷馬車の横を歩いていた若い鍛冶師が言う。


名はカイル、二十代前半。

腕はいいが、口はまだ少し尖っている。


「何がだ?」


「辺境の開拓村だぞ」


「そうだ」


「普通なら、人を呼ぶより先に逃げる話だろ」


「普通ならな」


「じゃあ普通じゃないのか」


「普通じゃない」


商人はあっさり答えた。


「少なくとも、あそこはもう潰れかけてるだけの村じゃない」


「そんなにか」


「そんなにだ、もう回り始めてる」


荷台の上から、中年女が鼻を鳴らす。


「商人のそんなにだは、だいたい話を盛る前触れだよ」


錬金術師の女、イルゼだ。

髪は雑にまとめていて、目つきは悪い。

だが、薬瓶や試薬箱の扱いだけは異様に丁寧だった。


ハウルは肩をすくめる。


「今回は盛ってない」


「へえ?」


「パンがうまい」


「いきなりそこかい」


「だが本当だ。あの辺境で、帝都のそこらのパン屋に負けてない」


「それはちょっと気になるねえ」


「だろ」


後ろから、大工の親父が口を挟む。


「わしが聞きたいのは、家だ」


「家?」


「そうだ、人が住むとこはどうなっとる」


「まだ粗末だ」


「だろうな」


「だからお前を連れてきてる」


「ふん」


親父、ドーレンは鼻を鳴らした。


「追い出された身で贅沢は言わんが、屋根が抜ける村に住む気はないぞ」


「そこは分かってる」


「本当か?」


「だから、お前らみたいに一家ごと引っ張った」


「まあ、それはそうか」


息子二人は、親父の後ろで荷車の軋みを見ながら歩いている。

嫁と娘は荷台の隅で、まだ半信半疑の顔だ。


全員、完全には信じていない。

だが、それでも来た。


来る価値が、あるかもしれないと思ったからだ。



村へ向かう道へ入った時、ハウルは本当に少し驚いた。


「おい」


思わず声が出る。


前回来た時とは、明らかに違っていた。


帝国の主要道路には、ほど遠い。

石畳でもなければ、立派な街道でもない。


だが、ちゃんと道になっている。


ぬかるみやすかった場所には、石と木片が入れてある。

深く抉れていた轍も、ある程度ならされている。

枝や下草も払われ、荷車が通る幅が確保されていた。


雑ではある。

だが、雑なりに通す気がある道だ。


「前はかろうじて行ける獣道寄りだった」

「村が、商隊を迎える気で整えた道だ」


そのハウルの一言に、同行している面々の顔が少し変わる。


それは、辺境ではかなり大きな意味を持つ。

ただ待っているだけの村ではない。

来る者のために、少しでも形を整える村だということだから。


「誠意ってやつか」


とドーレンがぼそりと言う。


「そうだろうな」


とハウル。


「嫌いじゃない」


「わしもだ」


若い鍛冶師のカイルも、少しだけ黙ったあとで言った。


「道を直すってことは、先も見る気があるってことだな」


「そうだ」


「一回だけのつもりじゃない」


「そういうことだ」


商人は、そこでふっと口元を緩めた。

やはり、来てよかった。

まだ村へ着いてもいないのに、もうそれが分かる。


道一本で、村の腹の中身はだいぶ見えるものだ。


「面白くなってきた」


ハウルが小さくそう言うと、荷台の上からイルゼが返す。


「最初からそう言ってたじゃないか」


「今回は、本当にそう思ってる」


「商人の本気は、だいたい面倒の始まりだよ」


「違いない」


その返しに、荷馬車のあちこちで小さな笑いが起きた。


村はもうすぐだ。

そしてたぶん、前回よりずっと村らしい顔で迎えてくる。


ハウルは道の先を見ながら、静かに思った。



村が見えてきた時、ハウルは思わず手綱を引いた。


「おい」


それは、前に来た時の見慣れた辺境の開拓村では、もうなかった。


まず目に入ったのは、畑だ。

明らかに、増えている。


前は、村の脇に申し訳程度に広がるだけだったはずの畑が、今は村の外縁に沿うように面積を広げていた。

しかも、ただ広いだけじゃない。


育っている。

麦の穂が、風に靡いていた。


青さを抜け、少しずつ実りの色へ向かい始めた穂先が、いくつもの筋になって揺れている。

その光景は、辺境の貧村というより、ここでちゃんと暮らしている人間がいる土地の顔だった。


連れてきた連中まで、揃って目を見張っている。


無理もない。

辺境の開拓村へ来る道中で、こんな畑の顔を見せられるとは思っていなかっただろう。


「麦、ちゃんと立ってるじゃないか」


とイルゼが荷台から身を乗り出す。


「ただ撒いただけじゃない。土も見てるね、これ」


「分かるのか」


とハウル。


「分かるさ、水が足りない畑の色じゃない」


その通りだった。


畑の緑は、乾ききった薄い色ではない。

ちゃんと水が入っている畑の緑だ。


そしてその理由は、すぐに目に入った。


「水路か!」


今度はドーレンが、思わず声を上げた。

畑の脇を、水が走っている。


一筋ではない、複数だ。


大きな本流のようなものが一本。

そこから分かれて、いくつかの細い筋が畑へ流れている。

雑ではある。

だが、雑なりに理がある。


高い方から低い方へ。

余った水は逃がし、

必要なところへだけ回す。


「よくやったもんだな」


とハウルは、半ば感心しきった声で言った。


「森から引っ張ってるのか?」


とカイル。


「前回来た時には、そんなもん影も形もなかった」


「二ヶ月でこれかい」


とイルゼ。


「辺境の村ってのは、たまに頭のおかしい伸び方するね」


「褒めてるのか?」


「かなりね」


ドーレンはもう、職人の目で見ていた。


「少なくとも、現場に分かってるやつがいる」


その言葉に、ハウルは少しだけ笑った。

いる、少なくとも二人はいる。


紙を引く頭と、土を読む魔法狂いだ。

そして、その二人を使い倒す若い領主も。




荷馬車がさらに進む。


すると今度は、村の前に人影が見えた。

最初に分かったのは、立ち方だった。


レオだ。

その隣に、ガレス。

少し後ろに、バルドとミハル。

さらにその周りには、村人たちが集まっている。


そして何より、子供たちの歓声がもうここまで届いていた。


「来た!」


「来たー!」


「馬車だ!」


「ハウルのおっちゃんだ!」


その声に、荷台の面々がまた顔を見合わせる。

ドーレンの嫁が、荷台の端から小さく言った。


「思ってたより、ずっとちゃんとしてるね」


「だろう?」


「子供の声が違う」

「ちゃんと、嬉しい時の声してる」


その言葉に、ハウルは少しだけ胸の奥があたたかくなるのを感じた。


そう、それだ。

子供の声が違うのだ。


怯えて遠くから見る声ではない。

飢えて荷だけを見る声でもない。


ちゃんと、来客そのものを喜ぶ声だ。


「レオ様ー!」


「ほんとに来たよー!」


「荷が多い!」


「人もいる!」


村の前では、子供たちがもう飛び跳ねていた。

女たちも、遠巻きにしながら顔を出している。

男たちも、迎える側の顔で立っている。


レオは、その真ん中にいた。


前回会った時より、少し日に焼けている。

まだ若いが、もう放り出された貴族の三男の立ち方ではなかった。


ここを回している人間の立ち方だ。


「おいおい」


ハウルは、思わず笑ってしまった。


「本当に、村になってやがる」


その言葉は、誰に聞かせるでもなく漏れた。

だが、連れてきた連中には十分届いたらしい。


カイルが畑と水路と、村の人影を見て言う。


「これなら、鍛冶場を置く意味はあるかもしれない」


イルゼも、細い目で村の方を見た。


「錬金釜を置けるだけの火と水はありそうだね」」


ドーレンは短く言った。


「家はまだだな」


「そこはお前の仕事だろ」


「そうだな」


そしてその言い方は、もう最初ほど嫌そうではなかった。

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