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第126話 実物は、言葉より重い

その日のうちに、レオはセラフィーナを館の奥へ案内した。


客間でも会議室でもない。

村の中でも、ごく限られた者しか入らない場所だ。


通されたのは、小さな保管室だった。

厚い板で囲われ、温度と湿気をある程度安定させる工夫がされている。


同席しているのはレオとセラフィーナ、それにテオドールだけだ。

ガーネットは外で人払いをしている。


部屋へ入るなり、レオは棚の上に置かれていた箱を一つ手に取りゆっくりと蓋を開けた。


中に収まっていたのは、あの水針蜥蜴の青い魔石だった。

拳よりひと回り大きい。

水滴を歪に固めたような形で、深い青の内側に水面のような揺らぎを抱えている。

光を受けるたび、石の奥で何かがゆっくり流れるように見えた。


それを見た瞬間、セラフィーナの表情が薄くなった。

消えたというより、意識が一気に内側へ沈んだのだと分かる沈黙だった。


「触れても?」


「構わない。ただ、落とすなよ」


「誰がそんな雑なことをするのよ」


「一応な」


セラフィーナが指先を近づける。

触れる直前、空気がわずかに変わった。


冷たさではない、もっと深い。

水そのものが持つ重さと圧が、石の周囲へ滲んでいるような感覚だった。

指先が表面へ触れた時、セラフィーナの目がほんのわずかに見開かれた。


「これは…」


セラフィーナは一度手を止め、それから静かに息を吐いた。


「言葉で聞いていたつもりだったけれど、実物は別ね。」


「だろうな」


レオが肩をすくめる。


「高純度なんて言葉では足りない。質が高いというより、水に偏り切っている」

「ここまで水へ寄っていながら、暴れずにまとまっている魔石はそうそう見ないわ」

「それが辺境の村の保管室にある。たしかに異常ね」


「俺も最初はそう思った」


「最初だけ?」


「今も思ってる」


レオは、次の箱へ手を伸ばす前に少しだけ間を置いた。


「魔石でも十分面倒だが、こっちの方がたぶん重い」


「そういう言い方をされると、あまり嬉しくないのだけれど」


「こっちだって好きで抱えてるわけじゃない」


そう言ってレオが取り出したのは、紅い魔石だった。

巨大薔薇の魔物から取れた、幻惑に寄ったあの石だ。


大きさは拳大。

だが青い水魔石とは、纏っている気配がまるで違う。

セラフィーナは一目見ただけで、眉をわずかに寄せた。


「見た目からして、嫌な石ね」


「さすがだな」


「褒め言葉として受け取る気はないわ」


レオが軽く顎で促す。


「こっちも触ってみるか?」


「ええ、確かめるわ」


セラフィーナが紅い魔石へ指先を触れさせる。

そして今度は、ほとんど間を置かずに顔をしかめた。


「なるほど」


彼女はすぐに手を離した。


「これは近くに置きたくないわね」


「わかるのか」


「意識を少し緩める」


少し間をおいてから、言葉を選ぶ。


「無理やり操るほど強くはない。でも、判断をほんの少しだけ甘くする」

「大丈夫かもしれないと、思わせる方向へ滑らせるの」

「かなり嫌らしい石よ」


「花の魔物そのままだな」


「こういうものが一番面倒なのよ」


セラフィーナは、もう一度石へ視線を落とした。


「これはどう使うかより、どう近づけないかの方が先ね」

「運用を間違えると、敵より先に味方を腐らせる」


「一応、保管箱は分けてある」


「それでいいわ。青い方と同じ箱に置かない方がいい」


だが、セラフィーナが本当に驚いたのは、そのあとだった。

レオは、紅い魔石の箱を閉じながら言った。


「次を見るか」


そう言って案内されたのは、館の裏手から少し外れた囲いのそばだった。

そこには、アカネたちがいた。


アカネ、スミ、ヒイロ。


三羽とものんびりしていた。

だがレオの姿を見ると、すぐに寄ってくる。


セラフィーナは囲いの手前で足を止めた。


「これは…」


彼女は小さく首を傾げた。


「報告では読んでいたけれど、実物はまるで違うわね」


「そこまで違うか?」


「ただの珍しい魔物の子ではない。魔力の回り方が普通じゃない」


テオドールが少しだけ目を細める。


「そこまで見えますか」


「魔法使いを甘く見ないで」

「尻尾の火もただの発火ではないわ。あれは内側で循環している」


アカネたちは、セラフィーナを見ても怯えなかった。

むしろ少しだけ首を傾げ、こちらを品定めするように見ている。


アカネが小さく鳴く。


「ぴ」


「新入りか?って言ってるようだな」


「ずいぶん偉そうね」


「最近ほんとにそうなんだよ」


レオはため息交じりに答えた。


アカネの尾の火が小さく揺れる。

スミがそれに応じるように翼をふるわせ、ヒイロが地面を軽く引っ掻いた。


「あとこいつら、魔石を生む」


セラフィーナにしては珍しく、あからさまに表情が動いた。。


「何ですって?」


「聞こえてただろ」


「そういう意味じゃないわ」


セラフィーナの声が少し大きくなる。


「魔石を生む?この子たちが?」


「そう言っただろ」


セラフィーナはアカネたちをまじまじと見た。


「火尾鶏を育てているだけでも十分異常なのに、そこへ魔石まで?」


「俺もそう思う」


「どういう原理なの」


「理屈は不明だ、でも定期的に小さい魔石を産む」


「産む…のね」


セラフィーナはその言葉をゆっくり反芻した。


「卵みたいに?」


「卵ほど大きくはないが、魔石だ」


セラフィーナは、そこで小さく笑った。

笑うしかない、という類の笑いだった。


「あなたの村は、面倒なものばかり抱えているのね」


「今さらだな」


セラフィーナは、アカネたちから目を離さないまま答えた。


「でも、これは予想以上よ」


その時だった、レオがふと上を見てから呼んだ。


「アズ」


小さな影が、屋根の端から飛んできた。

セラフィーナの視線が、反射的にそちらを追う。


青い目と焦げ茶の鱗。

まだ幼いが、たしかに飛竜の形をしている。


セラフィーナは、完全に言葉を失った。


「あれが、飛竜の子…」


「そうだ」


アズはセラフィーナの前へ着地すると、少しだけ首を伸ばして匂いを嗅いだ。

その仕草は神秘的というより妙に子供っぽい。


「ぴゅ」


「何か言ってるの?」


「お前が噂のやつか、といった感じかな」


「本当に?」


「半分くらいは」


「便利な言葉ね」


「最近よく言われる」


セラフィーナは、腰を落としてアズの目を見た。


理性の光がある。

少なくとも、ただの獣ではない。

これが成長した先に、母飛竜ヴァルカがいる。


竜騎士。


紙の上の言葉では、まだ少し距離があった。

いまは違う。


火尾鶏の異常な循環と魔石を生む仕組み。

飛竜の子とその母。

この村で、それらが一つの理屈として成立しつつあること。


言葉では理解していた。

だが、実物は違う。



辺境の珍しい生き物で済む話ではないし、領地経営の延長で扱っていい手札でもない。

前提そのものを変える、それだけの力がある。


「レオ」


「なんだ」


「これは、本当に公爵家へはまだ上げない方がいいわ」

「面白い…で済ませるには危険すぎる」


レオはその横顔を見て、少しだけ口元を緩めた。


「それ、褒めてるのか?」


「半分くらいは」


セラフィーナの顔には、はっきりと笑みが混じっていた。

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