第125話 同じ目線、同じ立ち位置
荷の整理が一段落し、セラフィーナがようやく一息ついた頃だった。
扉がきっちり、三度だけ叩かれる。
間の取り方が正確だった。
急かしもしない。
気後れもしない。
ミラが短く応じると、扉が静かに開く。
「おくつろぎのところ、失礼いたします」
「レオ様が、お話があるとのことです」
入ってきたのはサラだった。
声音は控えめだ。
普通の侍女のそれではないと、セラフィーナは一目で分かった。
立つ位置が、部屋の主と荷の位置を邪魔しない。
視線の配り方が、主だけではなく侍女の手元と部屋の動線まで見ている。
報告も、用件だけを正確に置いて引く話し方だ。
ミラと同じだ、とセラフィーナは思った。
表で茶を運ぶだけの侍女ではない。
内部の連絡と段取りを回す側の人間だ。
「どちらで?」
セラフィーナが問う。
「館の奥、小さな会議室でございます」
「ご同席は最小限と伺っております」
その返しも無駄がなかった。
「わかったわ、すぐに向かいます」
「承知いたしました」
「では、外でお待ちしておきます」
サラは一礼し、音を立てずに下がる。
扉が閉まったあと、セラフィーナはミラへちらりと視線を向けた。
「見た?」
「ただの侍女ではありませんね」
「そういう人間を前へ出してくるのは、悪くないわ」
「少なくとも、館の中が回っている証拠ですね」
「なら、会う価値がある話なのでしょう」
案内された先は、館の奥にある小さな会議室だった。
本当に必要な話をするための部屋、という空気がある。
同席したのは、最小限だった。
レオ、セラフィーナ、テオドール。
ガーネットは外へ下がっている。
アリスも入れていない。
扉が閉まり、足音が遠のく。
セラフィーナは、そこで少しだけ目を細めた。
「ずいぶんと、内側の話のようね」
「これは、公爵家の娘にする話じゃない」
「これから、この領地へ入る人間にする話だ」
セラフィーナは、その言葉を聞いて黙った。
言い訳ではない、線引きだ。
公爵家の令嬢としてではなく、
この地へ来た当事者として聞けと。
悪くない始め方だと、彼女は思った。
「続けて、聞く価値がある話なら傾聴するわ」
レオは一度だけ息を吐いた。
「どうせ隠しても意味がない話だ」
「先に俺から話す、それが筋だと思った」
「なら、その筋は受け取るわ」
最初に出たのは、魔石の話だった。
「この村には、普通より桁違いに大きな魔石がいくつかある」
「どういう意味?」
「騎士団や魔導師団が、目をつける大きさだ」
それだけで十分重い。
しかも、いくつかだ。
レオは隠さず続けた。
「新大陸固有の大型魔物から取れたものだ、まだ村の中で抱えてる」
「売らない方が賢明でしょうね」
「やっぱりそうか」
「当然よ、そんなものを帝都へ流せば値がつく前に目がつくわ」
「領地がまだ細い今は、利益より危険が勝つ」
「そうだな」
テオドールが、そこで静かに補足する。
「ですので、現状は村内運用が基本です」
「水路や炉の制御、そちらへ回しています」
「合理的ね、少なくとも目先の現金に飛びつくってわけではない」
「それが私の役目ですので」
だが、それは前置きに過ぎなかった。
レオは次の話へ入る前に、少しだけ間を置いた。
「魔石より、たぶんこっちの方が重い」
セラフィーナは何も言わない。
その沈黙が、続けなさいと言っていた。
「アカネたちのことだ」
「火尾鶏ね、報告では読んでいるわ」
「実物はまだ見ていないけれど」
レオの目が、わずかに細くなる。
「ただの珍獣じゃない、かなり賢い」
「村の子供を、群れの仲間みたいに思ってる」
「それに火を使う」
「尻尾に火を持つことまでは把握しているわ」
「でも、賢いというのはどこまで?」
「人の言葉を喋るわけじゃない。でも、こっちの言葉を恐らく理解してる」
「戦いでも戦力だ」
「子供の捜索でも役に立った、大型魔物との戦闘でもな」
セラフィーナは、その話を聞きながら頭の中で手札を並べ直していた。
火尾鶏、賢い魔物を戦力化。
それだけでも、かなり珍しい。
だが、レオの顔は本命はまだ先だと言っていた。
「それで終わりではないのでしょう?」
「終わらない、次はアズのことだ」
「アズ?その名は、報告にないわ」
「ないはずだ」
テオドールもセラフィーナへ視線を投げた。
「外へはまだ出していませんので」
そこで、セラフィーナの目がはっきりと細くなった。
外に出していない情報。
つまり、ここから先が本命だ。
「続けて」
「小さな飛竜の子だ、生まれた時から村にいる」
今度は、セラフィーナの表情がごくわずかに動いた。
飛竜。
その単語だけで、頭の中の手札が一段重くなる。
「飛竜の子?」
「最初に目が合ったのはアリスだ」
「母飛竜が、この村へ卵を残していった」
「その母飛竜の名が、ヴァルカ」
「待ちなさい、母飛竜がいるの?」
「いる」
「生きているの?」
「生きてる」
「この領地の近くに?」
「少し西にある岩場だ」
会議室がしんと静まる。
セラフィーナは表情を戻した。
戻したが、内側では一気に計算が走っていた。
飛竜の子と母飛竜。
村で生まれ、村で育てている。
レオの言い方だと、アリスを母親もしくは近い存在と認識している可能性がある。
その時点で、もう一つの領地の資産などという話ではない。
これが帝都へそのまま流れれば、どうなるか。
宮廷に教会、帝国軍は当然動く
公爵家を筆頭とする上級貴族も必ず動く。
この村はまだ細い。
抱えきれない規模の注目が、一瞬で集まる。
心の中では、それだけで十分な驚愕があった。
だが、セラフィーナはそれを表へは出さない。
今ここで必要なのは、驚くことではない。
情報の形を正しく取ることだ。
「レオ、それは先に言いなさい」
「だから今言ってる」
「順序の話よ」
レオは少しだけ苦笑し、それからきちんと続けた。
「ヴァルカは最初は瀕死だった」
「番を殺され、卵を奪われかけてそのまま森を越えてきた」
「アリスが治療し、生き延びた」
「そして、卵を置いて森に入った」
「傷はもう癒えて、今は俺たちと話が通る」
「話が通る…どの程度?」
「敵対はしてない、アズとは魔法的な繋がりがある」
「それに…」
レオは一度だけ区切った。
「俺は、ヴァルカに乗ってる」
そこで、セラフィーナは完全に黙った。
母飛竜、それに乗っている。
頭の中で理屈が一気に組み上がる。
「竜騎士…なの?」
レオは、はっきり頷いた。
「まだ完成形じゃないが道はもう見えてる」
「ヴァルカが癒え、アズも育ってる」
「竜騎士見習いってとこだ」
セラフィーナは、しばらく何も言わなかった。
館がどうだとか辺境にしては想像以上だとか、そういう次元の話ではない。
竜騎士。
これは、戦場そのものを塗り替える種類の話だ。
レオは、それを最初に自分へ話した。
試しているのではない。
値踏みしているのでもない。
ここまで重いものを共有するなら、最初から共有するしかなかった。
その相手として、自分を選んだ。
セラフィーナは、そこでやっと息を吐いた。
「あなたが、私に先に話した理由が分かったわ」
「隠しても、いずれ見える」
「いま公爵家へ通せば、この領地は持たない」
「そういうことね」
「そうだ」
テオドールが、そこで静かに補足した。
「公爵家を信用していないわけではありません」
「ですが、家の中へ入った情報は家の論理で動きます」
「善意でも、です」
「わかるわ、そのくらいは」
レオは、そこでまっすぐにセラフィーナを見た。
「だから頼む、まだ公爵家には通さないでくれ」
「この村が、もう少し太くなるまで」
「せめて、こっちで握れるだけの形ができるまで」
その言葉は頼みだった。
だが、卑屈ではない。
必要だから頼んでいる。
そして、この女なら意味が分かると思っているから頼んでいる。
そういう頼み方だった。
セラフィーナは、椅子の背へ軽く体を預けた。
ならば、こちらも同じ線で返すべきだろう。
「わかりました」
「少なくとも、私から父へ上げることはしません」
「本当か」
「嘘をついて、何の得があるの」
「ただし…」
レオの目が少しだけ細くなる。
そこは当然だ、簡単に飲むだけの女ではない。
「条件があるわ」
「言ってくれ」
「私にも、ちゃんと見せなさい」
「見せる…ってのは?」
「巨大な魔石にアカネたち、アズやヴァルカ全部よ」
「あなたが竜騎士であるという現実も、言葉だけで済ませないで」
「私は、紙の上の報告で黙るほど安い共犯者になる気はないわ」
その言葉に、テオドールがほんの少しだけ目を細めた。
悪くない。
いや、正しい要求だ。
レオも、それをすぐに理解したらしい。
「正論だな」
「そういうものよ」
「わかった、順番に見せる」
「できるだけ早く」
「わかった、隠す気はない」
「ならいいわ」
少しだけ、部屋の空気が変わる。
まだ重い。
だが、隠し合いではなくなった。
セラフィーナは、そこでほんのわずかに口元を緩めた。
「レオ」
「なんだ」
「あなた、ずいぶんと面倒なものを抱えているのね」
「今さらだな」
「でも、嫌いではないわ」
その瞬間、緊張が少しだけほどけた。
テオドールが、そこで静かに口を開く。
「では、少なくとも最初の大枠は共有できた、ということで」
「そうありたいな」
「その理解で結構よ」
セラフィーナは最後にもう一つだけ言った。
「レオ」
「なにか」
「これは、あなたが私を信じたというより」
「信じざるを得ないと判断したのだと思うけれど」
「まあな」
「正直でよろしい」
「そういう村だ」
「でも、その判断は悪くない」
「少なくとも私は、この領地を軽い告げ口で壊す気はないわ」
「助かる」
「ヴァルカには、早めに会わせなさい」
「そこか」
「当然でしょう、飛竜なんて紙で我慢できる話じゃないわ」
「たしかにな」
「でしょう?」
レオはそこで少しだけ笑った。
「わかった」
「ええ」
会議室の中に、まだ重い秘密は残っている。
だが、その秘密は一方的に抱えるものではなくなっていた。
公爵家にはまだ通さない。
だが、セラフィーナには見せる。
その線で、二人は初めて同じ位置に立ったのだった。
続きが気になる方は、ブクマお願いします!
また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!




