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第107話 解体は今日も騒がしい

解体が始まると、広場の熱はまた別の種類のものへ変わった。


さっきまでそこにあったのは、でかい魔物を仕留めた興奮だった。

今は違う。

こいつから何が取れるかを見極める、実務の熱だ。


村の人間は、もうその切り替えが早い。


火尾鶏の時もそうだった。

あの時も皆が驚き、騒ぎ、その後すぐに手を動かした。

今回はそれ以上だ。

久しぶりの大型。

しかも、水場を押さえに来た厄介な魔物を仕留めたのだ。


男衆の声が飛び交い、女衆が湯や布を抱えて駆け回る。

広場のあちこちで、人が自然に役割へ散っていく。


「尾、気をつけろよ!」


「針先は絶対素手で触るな!」


「はい!」


「翼膜は裂くな! 乾かし方次第で使い道が変わる!」


「頭は後回し!」


「気持ち悪いからか?」


「それもある!」


「でも、目玉の汁とか飛んだら最悪だからだよ!」


「正論だな」


血抜き。

尾の切り分け。

翼膜の剥離。


解体は順調に進んだ。

大型だけあって、取れるものも多い。


皮はぬめりが強いが、乾かし方次第では何かに使えるかもしれない。

翼膜は思ったより丈夫で、ラナが横からもう目を光らせていた。


「これ、雨避けの布代わりになるかもしれないね」


ラナは切り分けられた翼膜を持ち上げ、光に透かすように見た。


「ただの布より軽いし、耐水も高そうだ」

「新大陸の素材ってのは、本当に退屈しないねえ」


「婆さん、解体場で楽しそうだな」


レオが呆れ半分で言う。


「素材だからね」


「便利な言葉だな」


少し離れたところでは、子供たちが首を伸ばし大人に押し戻されていた。


「見たい!」


「まだ近づくな!」


「でかい!」


「だから見るだけにしときな!」


火尾鶏の時も騒いでいたが、今回は相手の大きさが違う。

村人たちの顔には、恐れと興奮と少しの誇らしさが混ざっていた。


あれだけ厄介な大型を、今の村はちゃんと仕留めた。

その実感が、広場全体にじわじわと広がっている。


そして、その騒ぎを一番きょろきょろと追っていたのはアズだった。


保育室から連れ出された小さな飛竜は、アリスの腕の中から解体場をじっと見ている。

青い目が、尾にも翼膜にも血まみれの大きな胴にも向いていた。

怖がる様子はない。

むしろ、純粋に気になるらしい。


「アズ、分かって見てるのか?」


レオが声をかける。


「ぴゅ」


「分かってる顔だな」


アズはそこで小さく首を傾げる。

それから、水針蜥蜴の切り分けられた翼の方へ身を乗り出そうとする。


「だめです」


アリスがすぐに抱え直す。


「ぴ」


「返事してもだめなものはだめです」


その近くでは、アカネたちも落ち着かない様子だった。


アカネは妙に偉そうに胸を張り、スミは首を伸ばし、ヒイロは尾の火をぱちぱち揺らしながら解体の様子を食い入るように見ている。


「お前らも興味あるのか」


バルドが、寄ってきたアカネとスミを撫でながら問いかける。


「ぴ」


「あるんだな」


「ぴゅい」


「お前らは分かりやすいな」


ヒイロは少しだけ翼膜の方へ近づこうとして、リーナに止められた。


「だめです、ヒイロ」


「ぴぃ」


「そういう顔してもだめです」


広場は騒がしい。

だが、ただ騒がしいだけではない。

久しぶりの大型に、村全体が明らかに浮き立っていた。



解体が進むにつれ、いよいよ本命の時間が来た。

腹を割き、胸の奥を探り、エルマーが魔石の位置を見極める。

慎重に手を入れ何か固いものへ触れた時、周囲の空気が少しだけ張った。


「レオ、あったぞ」


「でかいか」


「でかい」


「どれくらいだ」


「見りゃ分かる」


力をかけて取り出されたそれは、濡れた肉の奥から青い光を滲ませていた。


大きい。

拳よりもひと回り大きい。


丸に近いが、完全な球ではない。

水滴をそのまま固めたような、少し歪な楕円だった。


だが、その色が異様だった。


深い青。

しかもただの青ではない。

底の見えない池の奥みたいな、濃く冷たい青だ。


「これはでかいな」


レオが思わず声を漏らす。


魔石は陽の光を受けて、内部に水面のような揺らぎを見せた。

角度を変えるたび、青の奥で何かが流れるように光る。


エルマーは魔石を慎重に持ち上げた。


「こいつ、水の力をかなり蓄えてる」


イルゼも顔を寄せる。


「綺麗だね」


レオも横から覗き込んだ。


「エルマー、これはどう使う」


「そこはこれからだ」


「お前にしては曖昧だな」


「水魔石ってだけなら、用途はある程度絞れる」


エルマーは魔石を見つめたまま続けた。


「でも、これだけ大きいと逆にできることが多すぎる」


「たとえば?」


「まず、ため池だな」

「水路の補助どころか、水を貯める側に回せるかもしれん」


「それはでかいな」


「うまくすれば、浴場の水回しにも絡められる」

「水を汲み上げる、流れを保つ、その辺まで視野に入るかもしれん」


「かなり大きいな」


「大きい」


エルマーは真顔で頷いた。


その言葉に、周囲の視線が一気に集まる。

ただ綺麗なだけではない。

村そのものを変えうる札だと、皆が直感で理解したのだ。



だが、当たりは魔石だけでは終わらなかった。

解体がさらに進み、首から口の奥へ刃を入れていった時、イルゼが妙な声を出した。


「この舌すごいね、何かに使えそうだよ」


皆がそちらを見る。


想像していたより、ずっと長く太かった。

口の奥からずるりと引き出されるそれは、蛇みたいに細いものではない。

厚みがある。

筋肉の束みたいにしっかりしている。

しかも、不思議と艶があった。


そこでマルタが、少しだけ目を細めた。


「これ、悪くないんじゃないかい」

「見た目は最悪だけどね」


マルタは舌を軽く撫でながら続ける。


「厚みがあるし、柔らかい」

「脂ものってそうだ」


その言葉で、広場の空気が変わった。


「おい」


バルドが眉をひそめる。


「マルタ、それ食う話に入ったか?」


「入ったね」


マルタは当然のように頷く。


「大型の舌は、たまに当たりなんだよ」


「それは牛とかだろ」


「でも理屈は似たようなもんさ」


バルドが顔を引きつらせるのを横目に、イルゼが指先で舌を押した。


「バルド、これ弾力あるよ」


「やめろ、お前ら慣れすぎだろ」


「錬金術師だよ、この手の素材は何でも試したくなるね」


「だめだ、こいつも奇人枠だったわ」


そんなバルドを無視して、イルゼは表面を観察し続けた。


「脂がのってるっていうか、身が締まってる」


「その言い方、完全に食うつもりだな」


「表面のぬめりをちゃんと取れば、かなり面白いかも」


「面白いで済ますな」


「村の飯は大事だよ?」


「それはそうだが」


「じゃあいいじゃん」


「よくねえよ!」


エルマーは魔石を洗いながら、ちらりと舌の方を見た。


「レオ、魔石が本命かと思ったが」


「何だよ」


「舌も意外と当たりかもしれんな」


「お前まで食うつもりかよ」


ラナも少し離れたところから、呆れ半分、感心半分の顔で眺めていた。


「領主様、この村ってさ」

「魔物を解体してるのに、途中で料理の話に自然に移るんだねえ」


「そういう村だ」


レオが肩をすくめる。


「使えるもんは何でも使う」

「嫌なら帰るか?」


「まさか」


ラナは笑った。


「むしろ気に入った」

「新大陸らしくていいじゃないか」


「そういうもんか」


「そういうもんだよ」


その時、アズがマルタたちの方をじっと見て小さく鳴いた。


「レオ様、たぶん食べたいって顔ですね」


アリスが、アズを抱えなおしながら苦笑するように言った。


「だろうな」


その近くで、アカネも負けじと「ぴ」と鳴いた。


「お前ら、完全に食う話に参加してるな」


バルドが呆れたような声を出した。


「ぴゅい」


「お前ら、こっちの言葉完全に理解してるだろ」


大型を仕留めた興奮。

取れる素材の多さ、魔石の当たり具合。

そして、結局は食えるかどうか。


広場は、また一段明るくなっていた。


火尾鶏以来の大型。

しかも今回は、池を押さえに来た危険な魔物だ。

それを村が仕留め、次の糧に変えようとしている。


それだけで、春先の村には充分すぎる熱だった。

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