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第106話 春の森の戦果

森が静まる。

しばらく、誰も動けなかった。


静寂を割る様に、最初に動いたのはガレスだった。

一歩だけ近づき、切り落とした尾を足先で軽く蹴る。


「死んだな」


その一言で、張り詰めた空気が薄くほどけていく。


アリスは、まだ少しだけ肩で息をしていた。

だが、その目は水針蜥蜴をまっすぐ見ている。


「レオ様、やれました」


「お前の聖光が決め手だ」


アリスが少しだけ目を見開く。


「ほんとですか」


「ほんとだ」


「よかったです」


アリスは息を吐いた。

緊張が解けたのか、ようやく少し肩の力が落ちる。


エルマーは、土槍をゆっくりと解除しながら水針蜥蜴を眺める。


「翼を縫って正解だったな」


「お前の土槍も大当たりだ」


レオがエルマーの肩に手を置きながら、彼を称える。


「珍しく素直だな」


「今日は助かったからな」


「それ、褒め言葉として受け取っとく」


少し離れたところでは、ミハルたち狩猟班の若者がまだ呆然としていた。


「すげえ」


「でかかったな」


「目、やばかった」


「もう二度と見たくない」


「でも、見つけたのお前らだぞ」


「そうなんだよな」


彼らの喧噪をよそに、レオは倒れた水針蜥蜴を見下ろした。


春の森はやはり優しいだけではない。

眠っていた厄介なものも一緒に起きてくる。

だが、その厄介さを捌けるだけの手も、村には少しずつ揃ってきていた。


アリスの聖光。

エルマーの土。

ガレスの斬撃。

そして、狩猟班の報告。


全部が噛み合ったから勝てた。


「運ぶか」


レオが余韻を払うように、全員を見渡す。


「尾は慎重に見たいね」

「針に毒があるかもしれない」


イルゼが切断された尻尾を興味深く観察していた。


「目は、正直あんまり触りたくないけどね」


「気持ちは分かる」


そんなやり取りを見ていたガレスは、まだ少し呆けていた若者へ顎をしゃくった。


「おい、ユアン」


「は、はい!」


「村へ走れ」


「え」


「大型を仕留めたと知らせろ。解体準備だ」


「はい!」


返事と同時に、ユアンは走り出した。

やはり足が速い。

ぬかるみも木の根も苦にせず、一直線に森の入口へ消えていく。


「ミハル、ほんとに速いな」


遠ざかっていくユアンを見ながら、レオが感心するように言った。


「育て甲斐がありますよ」


ミハルが笑みを浮かべて頷いた。



程なくして、村から男衆が板を持ってきた。


即席の運搬板だ。

元は材木運び用だが、こういう時にも使えるようにしてある。


「でけぇな…」


一人が水針蜥蜴の死骸を見て、思わず声を漏らす。


「目が怖いな」


「とりあえず、板をよこせ!」



男衆は、まず尾の切断面と頭の位置を見て、それから慎重に板を差し込んだ。


「ここ持て!」


「翼破るなよ!」


「池側から押すな、ぬかるむ!」


「せーの!」


板の上へ水針蜥蜴の巨体が乗る。


やはり重い。

見た目通り、肉も骨も詰まっている。


「うわ、重っ」


「当たり前だろ」


「でも運べるな」


「村に着いたら解体だ」


「おう!」


ミハルたち狩猟班の若者も、さっきまでの緊張を少しだけ引きずりながら、それでも顔つきは変わっていた。


自分たちが見つけ、報せ、仕留めた大型だ。


怖かった。

だが、それだけでは終わらない。


村へ持ち帰る。

解体して、使えるものは全部使う。

その段階へ、もう頭が切り替わり始めている。


帰り道は、来た時とは違う意味で気が張った。


死んでいる。

だが、大型の死骸は匂いを撒く。

血も流れる。

春の森なら、それだけで別の獣を呼びかねない。


「急ぐぞ、でも慌てるな」


ガレスが先導しながら、男衆へ劇を飛ばす。


「どっちだよ!」


「両方だ」


「いつものやつですね」


「いつものやつだ」


レオは板の端を持ちながら、何度か周囲へ目を走らせた。

木々の間、斜面の上、池の向こう。


幸いまだ何かが寄ってくる気配はない。

だが、春の森は油断が一番危ない。


「レオ様」


アリスがレオの耳元まで来て、小声で囁いた。


「なんだ」


「村に着いたら、また騒ぎますね」


「だろうな」


「目がちょっと嫌です」


「気持ちは分かる」


「でも、子供は喜ぶんですかね」


「微妙だな」

「アカネたちは興味持つだろうが」


「それはたしかに」


「ぴ」


アカネの真似をして、アリスが少しだけ口を尖らせる。


「やめろ」


「似てませんでした?」


「似せなくていい」


そんなやり取りをしながらも、足は止めない。

板は重い。

だが、重いということは、それだけ取れるものも多いということだ。


イルゼはもう、頭の中で解体を始めている顔をしていた。

ぶつぶつと独り言が漏れている。


「まず尾、圧縮器官の構造と水袋も見たい」

「あと翼膜、乾かして使えるか」

「目は最後、気持ち悪いから」


そんな声も、男衆の熱気にかき消されていく。


村が見えてきた時には、もう広場の方がざわついていた。

ユアンが先に知らせていたのだろう。


鍋を持ったマルタ。

桶を準備するリーナとサラ。

鍛冶場の前から顔を出すカイル。

それに、子供たちまで少し離れたところで待っている。


「来たぞ!」


「おお!」


「でっかい!」


「何あれ!?」


「目やば!」


「見るなとは言わんが近づくな!」


バルドが飛び出そうとする子供達に怒鳴る。


「線より前に出るなよ!」


広場の空気が、一気に熱を持つ。


大型を仕留めた。

それだけで、村の空気は変わる。


しかも今回は、新顔の若者が走って報せたうえで主要メンバーが討ち、こうして持ち帰ってきたのだ。

村が回っているのが、誰の目にも分かる形だった。


「アリス!おかえり!」


子供たちが叫ぶ。


「アズにも見せる!?」


「見せなくていいです!」


ガーネットは、少し離れた位置から全体を見ていた。

騒がせすぎない。

だが、士気が上がるなら止めすぎもしない。

その加減を見ている顔だ。


「レオ様、解体スペースを空けましたすぐ行けます」


「ガーネットは、ほんと頼りになるな」


「そう言われると報われます」


板が、解体場へ運ばれていく。


大きな卓はない。

土の上へ敷く板と、水路へ流せる位置はもう確保してある。

何度か大型を解体してきたからこそ、村なりの手順ができていた。


レオが死骸を見下ろしながら、宣言するように声を張る。


「始めるぞ!」


男衆が一斉に拳を突き上げた。


「鮮度が落ちる前に見るべきところがあるな」


「それもそうだ」


「翼膜と骨はカイル呼べ!」


「目は最後でいい!」


「尻尾はいきなり触るなよ!」


呼ばれてカイルもこちらへ来ていた。


「なんだこの尾は?」


鍛冶師が顔をしかめる。


「圧縮した水を飛ばす機構がある」


レオが思い出したのか、少し嫌そうな顔で応える。


「面白いな」


「そこ、そういう感想になるのか」


「鍛冶屋だからな」


「便利な言葉だな」


「分かるだろ」


ラナまで、少し離れた位置から覗いていた。


「翼膜ねえ」

「うまく乾かせば、変わった使い道ありそうだ」


「元気だな、婆さん」


レオも少し呆れた声が出る。


「だって素材だろ」

「新大陸は、ほんと忙しいね」


「今さらだな」


レオは、周囲を見渡した。


誰かが走り、誰かが知らせ、誰かが戦い、解体の準備をする。

その全部が、ちゃんと繋がっている。


「よしいくぞ!」


その一言で、皆の顔が仕事の顔へ変わる。


春は近い。

そして、この村は今日もまた、前へ進んでいた。

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