その七
「……実は剛玄のサバイバル同好会はまだ部員不足で未成立なんだ。だから書類上彼は帰宅部、故にこの業務用ネットランチャーも部費で買ったものだ。これで分かっただろう? 俺は別に詐欺目的で部費を徴収しているわけじゃない。特に今回は人命まで救ったんだ。文句を言われる筋合いはない」
「それは、そうだけど……」
田中利香が不服なのには無論それなりの理由がある。先程母親に水泳部に戻りたいと懇願した結果さんざん叱られた挙句帰宅部に部費がいると言うにわかに信じがたい事実に激怒され、元々少ないお小遣いを当分無しにされてしまったというそれ相応の理由が。
要するに田中利香は帰宅部の部費五千円を自分だけ払わないことであわゆくば無くなったお小遣い代わりにネコババしようと言う魂胆なのだ。つまるところ千円→ゼロ→五千円というハリウッドばりの大逆転劇を目論んでいるのである。
お金にうるさい母親が、部費を現金ではなく学校指定の口座に直接振り込むつもりであることも知らずに。
「な? もう諦めて、大人しく五千え――――んっふ!!」
「あんたに言われるとなんかむかつく」
「――――ところで智之大佐。お時間の方は問題ないのですか?」
「ん? しまった! 放課後の終わりまであと五分しかないっ!! 皆準備はいいか?」
「えっ、ちょっと待って! あんたたち荷物は?」
「あらかじめ校門の傍に置いてある」
智之が事も無げに言うと、傍の二人も当たり前だと首肯する。
「は!? 何よそれ! 用意周到すぎでしょ!!」
「まさか利香ちゃん、教室に置きっぱなしなのかよっ!!」
「何だとっ!? 本当か?」
「悪い? 明日から気を付けるから、いいでしょ別に。……って、なにしてんのよあんた」
智之はふんぞり返って開き直る田中利香の前を素通りし、三年四組の教室前でクラウチングスタートの姿勢でしゃがみ込むと前方のただ一点を見据えた。その視線の先には、あろうことか全開に開け放たれた窓がある。
「君の教室は確かこの下だったな」
「えぇ。二年六組だけど……あんたまさか――――」
「頼んだぞ剛玄っ!!」
「アイアイサァーーッ!!」
「聞けぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
夕日の沈む南館をバックに、智之は戦隊もの顔負けの度胸で躊躇なく三階の窓枠を蹴り飛躍する。直後に響いた爆音は、南館中に轟いた。
透は窓から身を乗り出し、智之がネットランチャーの網に包まれたまま振り子の要領で二階の窓をぶち破るのを見届けると、田中利香の手を引いて駆け出した。
「さっきの子はいいの!? きゃっ!」
踊り場の曲がり角で振り返り立ち止まる田中利香を、透は背中合わせに羽交い絞めにして駆け下りる。
「あいつならダンス部だよ利香ちゃん、だから大丈夫。急ごう!」
「……あの体型で?」
「いいからっ!」
透が予想外に猛スピードで駆け下りていくせいで降りるに降りられず、田中利香は汗ばんだ背中に眉を顰めながら、揺れる天井を見据えた。




