その六
「はぁ――――やっぱり、慣れないことはするもんじゃないなぁ」
浮かない顔をして女子トイレから出て来た田中利香の手には、黒ずんだハンカチが握られていた。幸い女子トイレには他に誰もおらず、メイクを落としている間も入口の前を横切る人影さえなかったのだが、肝心の落とし方が分からず、やむなく犠牲にしたのだった。ちなみに利香が買ったのはお湯で洗い流すタイプのものであったため、この場合そう悪くない対処である。
窓の景色を見て黄昏れていると、一瞬影が落ち、直後に階下で地鳴りのような破裂音が響いた。
「きゃっ!! こ、今度はなんなのっ!?」
鼓膜がびりびりと震えるほどのその凄まじい爆音に、田中利香はバランスを崩し転倒してしまう。夕方に焼けた窓の外には、うっすらと白煙が立ち込めていた。
*
「サバイバル同好会所属! 陸粂酒剛玄でありますっ!!」
熊のような大男はドスの聞いた声を張り上げ、分厚い手刀を空手チョップの如く額に打ち付ける。敬礼のつもりらしい。
上下に軍隊を意識した迷彩柄の長袖を着こみ、岩のような頭にゴーグル付きの頑丈そうなヘルメットを乗せた彼がやると、中々様になっている。しかし、背中に背負った太い筒状のそれは、彼が身につけると本当にシャレにならない。どう見ても銃刀法違反では済まされないレベルの〝それ〟に見えてしまうのだ。
「大丈夫だ、それは君が考えているような重火器の類ではない。ただの業務用ネットランチャーだ」
「いや業務用って。どんな仕事よ……」
「軍隊とか、……そっち系だ」
智之が言葉を濁したのに不穏な空気を感じ取り、田中利香はこれ以上踏み込まないことにした。軍事用じゃないのとか、突っ込まないことにした。
「じゃあ軍事用じゃんか」
それをわざわざ透が代弁する。
「ぶっ!!」
そして例によって利香に張り倒される。一連の動作は一切の無駄がなく、早くも洗練されつつあった。
「で、結局さっきの爆発は何?」
「剛玄。説明してやってくれ」
「はっ!! 自分が、屋上から転落した女子生徒を救出すべく、このグレ――――」
智之が横目で睨みを利かせ、剛玄は口を噤んで轟音の如き咳払いをした。
「……業務用ネットランチャーを使用しました」
剛玄の額が、心なしか汗ばみ始める。
「今グレネードランチャーって言おうとしなかった?」
剛玄の首筋を、冷たい汗が滝のように伝って行く。
「いえ、自分は、決してそのようなことは…… 第一グレネードランチャーは多く片手で持ち運びできるような小型のものでして、このように背負うほど大型のものは――――」
「うん、もういいから」
本気で焦り出し必死に弁解しようとする剛玄を制し、田中利香は智之に尋ねる。
「それよりその救出した女の子はどこに居るの?」
「君の後ろだ」
田中利香がバッと振り返ると、視線を感じ取ったのか真っ白な網で包まれた塊がもごもごと騒ぎ出した。サイズ的には大玉転がしの玉が萎んだような大きさである。
「えぇと、二人組、だったのかな?」
「いいや一人だ」
「え……?」
思わず二度見する田中利香。網の膨らみ様から見る限り、胴周りだけで軽く自分の二、三倍はある。
「早生まれでちょっと大柄なだけっ!!」
網の中からくぐもったハスキーボイスがする。
「ちなみに何月生まれなんですか?」
「……十二月三十一日」
究極の遅生まれだった。
「でも十一時なのっ! 十一時に生まれたらしいのよ私。それってもうほとんど早生まれみたいなもんじゃない?」
それってもうほとんどギネス級の遅生まれである。
やがて四人(透は未だ復帰できていない)の間に流れ出した微妙な沈黙を打ち破ったのは、旭智之だった。




