009 エールル
「俺は取手翼翔。新人ルーターだけど……もしかしてきみもそうかな?」
「わたしはエールルです。新人……ではないけど、迷惑かけちゃいましたよね、ごめんなさい」
エールルと名乗った兎獣人(♀)は、穴の中に半身が埋まっている状態から翼翔を見上げた。
顔こそ兎の獣相を持つものの、全体的なフォルムは人間に近い。
年齢は翼翔と同じか、少し上くらいだろうか。
「迷惑って、道にいたミュータントのことだよね」
「はい。この先の廃工場にいっぱいミュータントがいて、見通しが良かったので、気づかれちゃったんです」
「そうなんだ。俺も逃げてきたけど、あのままだと、他のルーターの迷惑になっちゃうかな」
「少ししたら、もとの場所に戻ると思います」
「そういえばそうだった」
ミュータントは帰巣本能に近い性質を持つ。
ゆえに外へ釣り出して、その間にルーティングというのは基本できない。
いつ戻ってくるか分からないからだ。
獣相を持つ種族は、ほとんどの場合、その動物から進化している。
エールルは兎からの進化だろう。人間も猿と共通の祖を持つのだから、似たようなものだ。
昆虫や爬虫類の相を持つルーターもいるし、海洋生物が進化したらしき種も存在する。
凄いのは、妖精や幻獣、悪魔のような外見を持つルーターもいることだ。ここまでくると、同じ人間として扱うのが難しくなってくる。
「トッテツバサさんは、道を辿ってきたんですか?」
「翼翔でいいよ。そう、俺は道沿いに進んで来たんだけど、まだミュータントが排除されていないなら、この道は無理だな」
たしかに道は細かった。
ここを通ったルーターはそれほどいないと翼翔は考えていたが、ミュータントの排除すらまだだったらしい。
「戦えないならば、この先は駄目ですね。たぶん死にます」
「そっか、じゃ、戻るしかないか。きみはどうする?」
「わたしも戻ります」
彼女はぴょんっと穴から出てきた。
道すがら話を聞いたところ、エールルはすでに二十回以上、塔1Fを探索しているという。
それだけ探索していれば、すでに2Fへの権利は得ているはずだ。
まだここにいるということは、シャードを見つけていないのだろう。
「……ん? そのわりには装備とか揃ってなくない?」
武器防具のたぐいはないし、服も貫頭衣ひとつで簡素なものだ。
「よく死んじゃうので……」
エールルは恥ずかしそうに言った。
どうやら、序盤のルーターがよく陥る『ジリ貧病』にかかっているようだった。
それでも心が折れていないだけ、マシなのかもしれない。
二人はミュータントを大きく迂回して、道を戻ることにした。
◯
エールルと一緒に、黒い壁のところまで戻ってきた。
「俺は探索を続けるけど、エールルはどうする?」
「わたしも一緒していいですか?」
「いいよ。俺も一人だし……じゃ、適当な道を選んでいい?」
「はい。お願いします」
翼翔は少し考えて、まだあまり使われていなさそうな細い道を選んだ。
翼翔が選んだ細い道は、どれくらいのルーターが利用したのか分からない。
回数をこなせば、道の太さからどれくらいゴミが残されているか把握できるとも言われる。
ルーターが増えてくる3Fや4Fに至ったとき、その経験が生きてくると翼翔は考えている。
「こういう道って、当たり外れが大きいんだよな」
細い道は、先ほどのようにまだミュータントが排除されていない可能性がある。
翼翔とエールルは周囲を警戒しながら道を進んだ。
「人が来ない分、何かいいものが残っているかもしれませんね」
エールルの長い耳がぴくぴくと動く。
しばらく歩くと、道の先に黒い影が見えた。
「あれは……建物か?」
二人は足を止めた。平原の中にぽつんと建っているそれは、二階建ての横長の建物だった。
一軒家にも見えるし、店舗にも見える。
外壁は灰色。窓ガラスは割れ、屋根の一部も崩れている。
「家みたいですね」
「それにしては大きいな。家と店が合体したタイプかもしれない」
翼翔は周囲を見回した。
ミュータントの姿はない。ここまで来る間にも遭遇しなかった。
あまり小さな建物の場合、ミュータントは一緒に出現しないか、しても一体のみらしい。
すでにルーターが往復していることから、ミュータントの危険は少ないと翼翔は考えた。
「道はあそこまで続いているから俺は行くけど、エールルはどうする?」
「はい、もちろんわたしも行きます」
エールルが頷いたので、翼翔はまず自分が先に行くと言って、廃屋へ慎重に近づく。
入口の近くまで来たところで、翼翔は玄関近くの地面に視線を落とした。
柔らかい土に残っているのは、靴の跡のみ。ミュータントは裸足であり、その体格から地面に深い足跡を残しやすい。
注意深く観察しても、ミュータントの足跡がなかった。
廃屋の周囲に目を走らせたが、そこにもミュータントの足跡は見当たらなかった。
翼翔は、手を振ってエールルを呼び寄せた。
「この廃墟、おそらくミュータントは一緒に湧いてないと思う」
「小さな構造物だと、そういう傾向がありますね」
「ただ、まだ他のルーターがいるかもしれない。音を立てないようにして、中に入ろう」
「了解です」
二人は頷き合ったあと、そっと廃屋の中へ入った。
◯
その廃屋は窓が少なく、内部は薄暗かった。
崩れた棚と朽ちた机が見える。奥に二階へ続く階段があった。
右手側の部屋には、用途不明の金属製機械が置いてあった。
ただの家かと思ったが、そうではないらしい。と言っても、工場とも倉庫とも少し違うように感じた。
「なんだろう、ここ」
「わたしも初めて見るタイプです」
エールルは興味深そうに周囲を見回している。
翼翔は壁際の棚へ向かい、三つ並んだ棚の引き出しをゆっくりと開けた。
最初の引き出しは空だった。次も空。翼翔は最後の引き出しを開けた。すると……。
「……重い」
中に袋があった。取り出そうとすると、重さで袋が破れた。
「おっ、精密工具のセットか」
「すごいです! これは当たりですよ」
エールルが目を輝かせた。
「ここは自宅に併設された工場だったのかもしれない」
分かりやすい引き出しの中にこれだけ価値あるものが残っていた。
これならば、他も期待できる。
「どんどん探しましょう!」
「そうだな」
廃屋は二階建てで、一階でも複数の部屋がある。
翼翔とエールルは、一階と二階に分かれることにした。
「翼翔さん!」
ルーティングをはじめて二十分ほど経った頃、二階の奥からエールルの声が聞こえた。
「どうした?」
翼翔が駆け寄ると、エールルが部屋の一角を指差した。
「これ、見つけました」
そこには小さな木箱が積み上がっていた。
「木箱か、多いな……中身はなんだった?」
「それがですね。なんとポーションだったんです」
「ポーション? マジで?」
「はい」
翼翔は木箱のひとつをそっと開いた。
割れた瓶の欠片が散乱した中に、古びた瓶が二本だけ残っていた。その二本は、まだ中身が入っている。
「本当にポーションだな。これもゴミなんだろ? 高いのか?」
「一本だけでも100CPはかたいですね」
「ほう、それはすごい」
天井の高さまで積み上がった木箱を見た。
この木箱の中に何本のポーションが残っているか分からないが、それなりの資産になりそうである。
「かなり儲かったんじゃないか、エールル」
翼翔がそう言っても、エールルに反応がない。
ぴんと立った耳が何かを探るようにユラユラと動く。
エールルの眉間にシワが寄った。
「エールル……?」
「……来ます」
「……?」
「……嵐が、来ます!」
瞬間、ゴォォオオオオっと耳をうつ轟音がしたと思ったら、廃屋全体が揺れた。
階下で何かが倒れる音が響く。
建物の揺れは激しく、二人とも立っていられない。
二人は床に伏せて顔を見合わせた。
「これがあの嵐かっ!」
塔でまれに出現する異常気象のひとつ。通称『嵐』。
数分から十数分、ある特定の地域にだけ強い風が吹き荒れる。
原因は不明。遭遇したルーターは一様にこう言う。「死ぬかと思った」と。
強い風が割れた窓を通して中に入り込んでくる。
建物が軋み、壁が悲鳴をあげる。
翼翔はカバンを抱きしめ、壁際に移動する。
「このままだと、倒壊します!」
「かといって、外に出たら、空高くまで飛ばされるぞ!」
強風が巻き起こすゴォという音で、互いの声すらよく聞こえない。
翼翔は壁まで這っていき、背中を壁に押し付けた。
すでに嵐が発生してから数分が過ぎている。あとどれだけ続くのか。
壊れた窓から入った風が逃げ場を探し、屋根を剥がしにかかった。
「もう駄目ですーっ!」
メリメリメリと屋根がめくれ上がった。
「伏せてろ!」
このままでは飛ばされる。翼翔がエールルに手を伸ばしたそのとき。
――シィン
唐突に風が止んだ。
先ほどの暴風など、まるで嘘だったかのように、もはやそよ風すら吹いていなかった。
「……終わった?」
「わたしたち、生き残れました? ……はうぁ、そうです、外!」
「ん? エールル、どうした?」
「外ですよ! 異常気象の落とし物っ!」
「……? あっ、そうか」
翼翔とエールルはすぐに外へ出た。嵐のあとには、アレが落ちていることがある。
「……あった、虹石だ」
「わたしも見つけましたっ!」
嵐を生き延びたルーターへの贈り物……かどうかは知らないが、嵐が過ぎ去ったあと、虹色に光る石が見つかることがある。
嵐の噂を聞きつけて向かっても、虹石が見つからないことから、嵐の直後しか存在しないと言われている。
「金ガチャ確定石か、はじめて見たわ。うちの世界でも、見つけた人いないんじゃないかな」
翼翔は、手の中の虹石を眺めた。
「ポーションは残念でしたけど、わたしたち幸運でしたね」
暴風が吹き荒れた直後、積み上がった木箱はひっくり返ってしまった。
ポーションは探すまでもなくバラバラだ。
見れば、廃屋の一階もルーティングを続けられないほど、酷い有様になっていた。
「ルーティングはいつでもできるしな。虹石の方が価値あるだろ」
「そうですね」
翼翔とエールルは、ガチャをするために帰還することにした。
◯
塔0Fのワークベンチで、ルーティングしたゴミをCPに変える。
嵐が来る前までに集めたゴミは、翼翔が1421CP、エールルが866CPになった。
過去最高額だが、翼翔の意識は虹石に向いている。
「……俺からいくぞ」
はやる心をおさえ、翼翔はワークベンチに虹石を置いた。そして『虹石抽選』のボタンを押す。
排出口から出てきたのはもちろん、金の珠。
「よ、よし……」
ルーターになって初めてのSRである。
金の珠を手に取り、覗き込むと……。
「何でした?」
「……ギフトだ。大当たりだよ、エールル! ギフトが出た」
「凄いじゃないですか。やりましたね、翼翔さん」
「しかも『鑑定』のギフトらしい……鑑定?」
金の珠から、ルーターに特殊能力を与える『ギフト』が出ることがある。
塔0Fは、非戦闘系のギフトしか出ない。戦闘系のギフトが出るのは塔5Fからである。
そして、これまで分かっているギフトの種類は多い。
事実を判定する『審判』、嘘を見抜く『看破』、悪意を見抜く『感知』や、正しい方を見抜く『直感』などは、ルーター同士のトラブル時に駆り出されるために有名だったりする。
他にも遠くが見える『遠視』、暗い室内でもよく見える『暗視』、小さなものがよく見える『細視』などを所持しているルーターは多い。
人気なのは、怪我を治す『治療』や病気を治す『快癒』だ。排出率が高いのか、各町にそれを持っているルーターは必ずいる。
また、所持しているルーターは少ないが、力が強くなる『怪力』、足が早くなる『俊足』なども非戦闘系のギフトに分類される。
だが、地球にルーターが誕生してから十年、これまでルーターが集めた情報の中に『鑑定』のギフトは存在しなかった。
「どうしたんです、翼翔さん。怪訝な顔をしていますけど」
「なあ、エールル。……『鑑定』ってギフト、聞いたことあるか?」
「わたしたちの世界が塔に来られるようになって百年近く経ちますが……ちょっと聞いたことないですね」
エールルは首を横に振った。どうやら彼女も知らないらしい。
「ガチャから出た珠って、基本覗けば名前が分かるんだよ。なのに鑑定……必要なのか?」
「さあ……たしかに意味あるんですかね」
二人揃って、首を傾げた。
というわけでようやくギフト『鑑定』を翼翔は手に入れました。




