004 傷薬の買い取り
Room(2名):ユナ × イツキ
【ユナ】:勘違いクンの奇行、また始まった
【イツキ】:?
【ユナ】:急に立ち上がって震えてた。ヤバイ
【イツキ】:寒かったんだろ
【ユナ】:ウケる
【イツキ】:それよりさ、今日何したい?
【ユナ】:カラオケ
【イツキ】:りょ
簑崎結菜はスマートフォンの画面を見ながらニヤリと笑った。
今日も樹とデートだ。
以前、取手翼翔から告白されたことを樹に話した。
樹もみんなが知っていると思って、グループの中で話題にした。
そのときの反応は様々だったけど、そのことで樹と付き合っていることがみんなにバレた。
結菜としてはどっちでもよかったが、樹はあまり知られたくなかったようだ。
その理由はあとで分かった。
これまで仲の良かったメンバーの集まりが悪くなったのである。
たしかに結菜の中での優先順位が変わったし、周囲も遠慮するようになった。
樹いわく、これはオックスフォード大学のなんとか教授が発表した心理学的な事実らしい。
結菜はその話を聞いて、たしかにと思った。
結菜は樹とのデートの時間が増えて喜んだが、逆に樹は若干不機嫌になった。
前のメンバーで会うことがほとんどなくなったからである。
いつの間にか勘違いクンもグループチャットから抜けていた。
いま、あれだけ仲の良かったグループが、空中分解しかけている。
クラスはバラバラだし、これだけ会う機会が減ると、共通の話題がなくなってしまう。
新しい共通の話題がなければ、チャットだって表面的なものになってしまう。
しばらく不機嫌になっていた樹だが、結菜とのデートを重ねるうちに普段の様子を取り戻すようになった。
今日の放課後も、二人でカラオケデートが決まった。
【イツキ】:そういや今朝のニュース見た?
【ユナ】:朝は身だしなみに全力集中。何かあったん?
【イツキ】:日本で七人目のルーターが誕生したらしい
【ユナ】:へえ、それで?
【イツキ】:いや、それだけ
樹は本当にそれだけ言いたかったらしい。
その後の会話はなかった。
結菜は考える。この現代社会において、勝ち組の最たるものがルーターだ。
芸能人、スポーツ選手、大富豪など、勝ち組と思われる職種は多いが、異界に赴けるルーターはその最たるものだろう。
ルーターの保有数が国力に直結するとまで言われていたりする。それだけ存在が希少かつ貴重なのだ。
たしかに異界からもたらされるアイテムは、常識では測れない物が多い。
一番有名なのが、各種ポーションだ。
瞬時に怪我を治したり、病気を消し去ったり、若返ったりする。
死んでも生き返るポーションもあるのではと、まことしやかに囁かれている。
というのも、塔の中で保険さえかけておけば、死んでも生き返ることが可能なのだから、そういうポーションだってあるだろうという推測だ。
以前、死者蘇生のポーションは政府が秘匿していると噂が流れることがある。
あまりに眉唾な話であるため、結菜は信じてはいないが、それでルーターの価値が下がるわけではない。
「こことは違う世界へ自由に行けるんだよね。きっと楽しいだろうな……勝ち組の中の勝ち組になるって、どんな気分なんだろう」
目の前にトンっと若返りのポーションを置かれたら、それだけでときめいてしまう。
近くにいたら絶対玉の輿狙うのにと、結菜は呟いた。
◯
放課後、取手翼翔は異界管理センターに電話を入れてから向かった。
エントランスに昨日の職員がいた。翼翔を待っていたようだ。
「取手様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
エレベーターを使い、昨日と同じ三階へ行く。今日は小さな会議室に通された。
「本日は傷薬をお売りいただけるとのこと、まことにありがとうございます。初回ですので、こちらの用紙に、振込口座をご記入ください。今後、アイテムをお売りいただける場合、代金はすべてその口座に振り込みいたします」
「あっ、はい。分かりました」
翼翔がスマートフォンを見ながら、自分の口座番号を書いていると、若い女性が会議室に入ってきた。
「それとですね、今後、彼女が取手様の専属担当となります」
「専属……ですか?」
「はい。取手様の専属を仰せつかりました曽根咲夜と申します。連絡や相談、アイテムの買い取りなどは、私が担当いたします」
「そうですか……よろしくお願いします」
翼翔がそう言うと、咲夜は「こちらこそよろしくお願いします」と、上品な笑みを浮かべた。
そこでようやく翼翔は、彼女の優れた容姿に気づいた。
肌理の細かな肌や、アーモンド型の大きな瞳、運動が得意なのか背筋がピンと伸びているし、スタイルも良かった。
歳も翼翔とそう変わらないように見える。
外見だけなら、二十歳前後。だが、それはおかしい。
国家公務員であるならば、大学は出ているはずだ。だとすると美魔女?
翼翔がそんなことを考えていると、彼女は名刺を差し出した。
『異界管理センター 事業部一課』という肩書きが目に入った。
専属担当という肩書きではなかった。
「次回から買取を希望される場合は、すべて私に仰ってください。車でご自宅まで取りに伺います」
「えっ? わざわざ家まで来るんですか?」
「はい。あまり頻繁に当センターに足を運ばれますと、素性が露見する危険がありますので」
「ああ……そうですね。身バレ防止ですか」
たしかにそうだ。ここを張っている週刊誌の記者だっているかもしれない。
センテンス・スプリ……げふんげふん。
書類を書き終わった翼翔は、カバンから傷薬を取り出す。
「それじゃ、これの買い取りをお願いします」
「傷薬ですね。たしかに承りました。物が確認され次第、口座にお振込みいたします」
「お願いします。ちなみにルーターズサイトには二十五万円ってありましたけど……」
「はい、その値段で買い取りいたします。これは傷薬の中では最低品質のものですが、効果は期待できます。包丁で指を切ってもすぐに治りますし、刀傷でも半日もすればほぼ完治します。ご高齢で手術の難しい方、手術後、すぐに仕事に復帰したい方などに重宝されます」
「なるほど、そういう使い方があるのですね」
「病院の需要が高いですが、富豪の方の元に行くことも多いです……」
「あ~、まあ、そうですよね。……需要と供給」
二十五万円はセンターでの買い取り価格であり、実際はその何倍かで取り引きされるのだろう。金はあるところにはあるのだから。
一瞬だけ中間マージンを通さないで自分で取り引きしてみたい気持ちも芽生えたが、それにまつわる面倒事を思い出して、翼翔はその考えを放棄した。
「ちなみにキューブは、最低品質のコモン品でも100万円で買い取りしております」
「知ってます。アンコモンが300万円でしたっけ。凄いですよね」
「それだけ世界で求められているということです。地球上の熱的死圏は完全に無くなっておりませんし、これからも増えることも考えられます。そのために、各国は一個でも多くのキューブを必要としています」
「分かりました。もしガチャからキューブが出たら、すぐに持っていきます」
「これは、全世界の願いでもあります。よろしくお願いいたします」
咲夜は深々と頭を下げた。
こうして翼翔は、二人に見送られながら管理センターをあとにした。
◯
「行きましたね」
「ええ。それでは、今後は私が引き継ぎます」
曽根咲夜がそう言うと、男性職員は「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「一応、わたしの連絡先を渡しておきます。刷りたての名刺です」
男性職員は、名刺に書かれている携帯電話の番号に目を走らせた。
「こちらに連絡すればよろしいですか」
「そうですね。名刺は他に配る予定がありませんので、この番号を知っているのは局長と取手様、そしてあなただけになります」
「それは光栄ですね」
男性職員は如才ない。
相手は若く見えるが、文部科学省のエリート官僚なのだ。翼翔の専属となるため、本日付で異動したに過ぎない。
咲夜はフフッと笑ったあと、「あとは委細任せてください」と言い残し、管理センターを出ていった。
これから文部科学省に帰るのである。
翼翔がルーターと認定された昨日、文科省はすぐに動いた。
男性のルーターには女性の専属をつける。
専属候補はすでに複数いたが、いかんせん、翼翔の年齢が若すぎた。
十八歳ルーターの専属には、なるべく歳の近い女性がよい。
だれがいないだろうかと探したところで、白羽の矢が立ったのが咲夜であった。
彼女は東京大学在学中に国家公務員総合職試験(キャリア官僚試験)を受験し、見事合格した才媛である。
大学を首席で卒業したあとは、文科省で係員をしている。
将来を嘱望されたエリートであったが、咲夜は専属への打診にすぐさま頷いた。
相手が十八歳と聞き、すぐ「若く見える化粧」を覚えて実践するあたり、生来の優秀さが垣間見える。
「良かったわ……悪い印象は持たれていないみたい」
車を運転しながら、咲夜は先ほどの邂逅を思い出す。
二十四歳の咲夜にとって、十八歳の翼翔はジェネレーションギャップを感じるか、ギリギリの年齢差であった。
おそらく共通の話題は少ない。幼少時に夢中になったものや、青春時代にハマったものは微妙にズレている。
そのため、できるだけ外見を若く見せて、親近感を持たせるように頑張ったのである。
咲夜に打診が来たということは、性格も考慮されたはずであり、ルーターである翼翔と良好な関係を築いてほしいという願いも込められている。
「異界での過ごし方をレクチャーすると言って、お家までおしかけてみようかしら」
唇に人差し指をあてて思案し、咲夜はフッと微笑んだ。さすがにそれは局長が反対するだろう。
「でも他国の干渉が激しくなるだろうし……しっかり守らないとね」
翼翔には説明しなかったデメリット。
それは、ルーターを持たない諸外国が本気で確保に動いていることだった。
咲夜は「私がしっかりしなきゃ!」とアクセルを踏み込むと、エンジンが唸りをあげた。




