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002 初ルーティング

  Room(2名):ユナ × イツキ

【ユナ】:授業中、勘違いクンが奇声を上げた

【イツキ】:なにそれ

【ユナ】:寝ぼけたって言ってたけどウケる

【イツキ】:夜、バイトとかしてるんじゃね?

【ユナ】:ビンボーだし、ありそう

【イツキ】:な



 簑崎(みのさき)結菜(ゆな)は昼休み、クラスの友達と会話しながら、彼氏である法輪(ほうりん)樹(いつき)とDMでチャットをしていた。

 樹を彼氏に選んで良かったと、結菜はいまでも思っている。


 仲の良いグループができてから、結菜はすぐ彼氏候補を二人に絞った。

 親が一流企業のエリート社員である樹と、同じく親が開業医の多尾(たび)芳一(よしかず)だ。


 二人とも顔はそこそこ整っていて、話した感じ、自分との相性も良いと思った。

 樹を選んだのは、芳一の頭脳(オツム)が並より下だったからだ。


 コネで父親と同じ会社に入れる樹と比べて、芳一は医者になれるか未知数だった。

(それに多尾(たび)って苗字がねぇ……蓑(みの)から足袋(たび)じゃ、江戸時代かよって感じ)


 クラスメイトの問いかけに適当に答えながら、結菜は横目で取手(とって)翼翔(つばさ)を見た。

 翼翔はじっと床を見つめたと思ったら、キョロキョロと周囲を見回して落ち着かない。


(情緒不安定? 家で問題でもおきたかしら?)

 そう考えた結菜だったが、翼翔がマンション暮らしで、両親が共稼ぎと分かってから興味を無くしたため、彼のことはほとんど知らなかった。


 一人っ子のはずだから、兄弟間のトラブルではないだろう。

 そして昼休みが終わる頃にはもう、目の前のクラスメイトの会話同様、翼翔の挙動不審もすべて忘れてしまった。


          ◯


 渦の先にある異界へ行ける者を総じて『ルーター』と呼ぶ。

 和名は異界探索者(いかいたんさくしゃ)だが、そう呼ぶ者は少ない。


 ルーターは上階から持ち帰ったゴミをワークベンチに投入することでCP(シーピー)を得る。

 CPは町で貨幣として使えるだけでなく、ワークベンチでガチャを引くことができる。


 CPでガチャを引く――むしろこちらが本命である。

 このワークベンチに備え付けられているガチャシステムから、各国政府が欲してやまないアイテムが供出されるのである。


 取手(とって)翼翔(つばさ)がルーターとなったその日の夜、両親にそのことを告げた。


「大変なこともあるだろうが、頑張りなさい」と父。

「あなたがやりたいならやりなさい。でも無理しなくていいのよ」と母。


 両親は心配しつつも、翼翔のことを応援してくれた。

「せっかくルーターになったし、無理のない範囲でやるつもり。けどしばらくは、このことを黙っててほしいんだ」


 翼翔は、個人が特定された場合のデメリットを話した。

 それが嫌で、異界から帰ってこないルーターも少なからずいると告げると、両親はさもありなんと頷いてくれた。


「上階に行く前に、必ず保険に入るんだぞ」

「分かってる。俺だって死にたくないし、未保険で上には行かないよ」


 塔では、ワークベンチから保険に入ることができる。

 1000CPとそれなりの値段がするが、塔内のどこで死んでも町の広場で生き返ることができる。


 生き返ったあとは保険未加入状態となるため、あらためて1000CP支払って再加入する必要がある。

 これを聞くと、命の危険がない安全な探索だと思うかもしれないが、死んだ場合、装備や荷物の一切をその場に落とす。


 最初に作成する個人キーと服だけは身につけたままだが、装備品と探索中に得たものを失うのは痛い。

 保険だって安くはない。無謀な挑戦を何度も続ければ、ジリ貧になってしまう。


 落とした荷物は120分間だけその場に存在するが、塔の上階は再入場制限の関係で、自分で取りに行くことができない。

 つまり、死んだら全ロストする覚悟が必要である。


「最初は安全な場所でルーティング(ゴミ拾い)するだけだから」

 そう言って翼翔は、両親を安心させるのだった。


 何はともあれ、保護者の許可を得た翼翔は、大手を振って異界へ赴くことができるようになった。


          ◯


 翌日の放課後。

 翼翔はまっすぐ家に帰り、昨日貰った初心者セットを身に着けた。


 拾ったゴミか、ガチャで出たもの以外、それがどれほど小さなものでも、塔1Fの入口で弾かれる。

 この制限が塔攻略を難しくしている要因であり、地球産の高性能な武器が意味をなさない理由である。


 翼翔が貰った初心者セットの中身は、すべてガチャ製品であるため、実は高価なのだ。

「準備完了! じゃ、どこの町に出るか、確かめに行くか」


 壁にかかった時計で時刻を確認する。針は午後四時ちょうどを差していた。

 翼翔は軽く念じて渦を出現させると、迷いなくそこへ飛び込んだ。


          ◯


「ちゃんと広場に出たな。そしてあれが塔1Fへ伸びる階段と、それを支える柱……うん、写真で見た通りだな。ワークベンチは塔の足元に……あった」

 翼翔は、迷わずワークベンチに向かった。


 ルーターとワークベンチは、切っても切れない関係にある。

 塔内でのほぼすべての作業が、このワークベンチで行えるのだ。


 ワークベンチは、パネルと作業台が合体した形状をしている。

 パネルは深緑色の背景に、白のラインと白文字という古臭い雰囲気を醸し出しているが、かなりのオーパーツである。


 パネルには数多くのボタンが表示されていて、横にスクロールすれば残りのボタンも出てくる。

「まずは個人キーを作らないとな」


 翼翔は1000CPコインを投入口に入れ、『個人キー』と書かれているボタンを押した。

 すぐに名刺大のカードが、排出口から出てきた。


 これもまたオーパーツである。なにしろ、翼翔しか持てないし使えないのだ。

 そしてワークベンチの平台に置けば、様々な作業が可能となる。


「これで塔1Fに入れるんだよな……っと、保険もかけなきゃ」


 個人キーをワークベンチに置いてから1000CPコインを投入する。

 パネルにある『身体保険』を押すと、個人キーに『保』というマークが付いた。


 ちなみに『身体保険』ボタンの隣には、『物品保険』というのがある。

 これは武器、防具、アクセサリー、カバンなどにかける保険だ。


 ただし、ガチャでいうレア度の高いものしかかけることができず、いまの翼翔の持ち物には一切物品保険をかけられない。


「お姉さん、ここはなんて言う町?」

 翼翔は近くにいた蛇顔の女性(?)に話しかけた。


「あら、別の町から来たのかしら?」

「いいや、ニューフェイスなんだ」


「ここはレプセの町よ。新規さんにしては手慣れている感じだけど?」

「情報の価値は命と同じくらい重いからね。予習が大切なんだ。そっか、レプセの町か。ありがとう、お姉さん」


「どういたしまして。よいルーティング(ゴミ拾い)を」

「お姉さんこそ、よりルーティングを」


 蛇顔の女性の声は、擦過音に加えて空気が漏れるシューシューという音で若干聞き取りづらかったが、知りたいことは知れた。

「レプセの町か、俺の記憶にないな。家に戻ったらどの辺か調べてみるか。エルブの町とどれだけ離れているかだけは調べておかないとな」


 この10年で、塔0Fにあるすべての町――121ある町の名前が判明している。

 翼翔が記憶している名前ではなかったため、有名どころの地球人は、だれもこの町を使っていないことが分かった。


 そして学校で習うことの一つ。

 塔0Fの中心付近にエルブの町がある。そこに日本人ルーターが利用する町があり、もし塔内でトラブルがおきて、もとの世界に帰れない場合は、この町を目指すことになっている。


 そのためエルブの町の名前と場所だけは、日本人ルーターならば、必ず覚えるべき内容だった。


「地球に戻ったら十二時間の制限があるし、まずはルーティングでCP稼ぎするか」

 翼翔は螺旋状に伸びる1Fへ続く階段を見上げた。


 階段横に巨大な近未来的な看板が設置してある。

 この町の管理組合が置いたものだ。指名手配犯として、十二枚の顔写真が貼ってある。


「あれが塔の中で殺人したルーターね」

 保険さえかけてあれば、塔内のどこで死んでも、町の広場で復活する。


 この町の至るところ、見えない場所にカメラが設置されていて、すでに翼翔の顔写真も記録されていることだろう。

 このシステムと保険があるおかげで、犯人はモロ分かりとなる。


 また、嘘を見抜くギフトを持っている人がそれなりにいるため、言い逃れもできない。

 つまりあのルーターたちは、それを分かっていて尚、塔内で殺人を犯したわけだ。


 町の広場に現れた瞬間、顔認証システムが作動するため、殺人ルーターはすぐに他のルーターに駆られる運命にある(レスキル含む)ため、もうここにはやってこないだろう。

 翼翔は「くわばらくわばら」と呟きながら、階段を上がった。


          ◯


「ここが塔1Fか……ただの荒れ地だな」

 初めて上階に足を踏み入れた翼翔だったが、別段感動することはなかった。


 岩と砂ばかりの景色に、感動もクソもないというのが正直なところである。

 背後の入口――三メートル四方の『黒い壁』を振り返る。


 個人キーを持った者だけが通り抜けられるその壁は、帰る際の目印となる。

「よし、探索だ……道に沿って進めばある程度安全なんだっけか……じゃあ、この道を進もう」


 黒い壁から六本の道ができていた。

 この道を辿れば、少なくとも何かしらの構造物にたどり着ける。


 翼翔が二十分ほどのんびりと道の上を歩くと、岩陰に一軒の廃屋を見つけた。二股に別れた道の一本がそこに続いている。

「おっ、あそこならミュータントはいないだろうし、俺の初ルーティングには丁度いいな」


 構造物まで道が通っていなければ、まだだれも一(・)往(・)復(・)していないことを意味する。

 それは未発見、未探索の構造物となる。そしてほとんどの場合、危険な場所といえる。


 なぜならミュータントは、構造物と一緒に出現するのだから。

 一度でもルーターが足を運んだ構造物には道ができ、何度もそこを使えば道が太くなる。


 そのような構造物は、価値の高いゴミこそないものの、ミュータントは駆除されていることが多い。

 ミュータント程度、まったく苦にしないルーターもいるのだ。


「ドアが小さいな。小人族の住居かな」


 この十年、世界各国で異界にいる種族のデータベースを取ろうとしたが、あまりに種類が多すぎて諦めたという。

 いまでは人間に近いか遠いか、大きいか小さいか、好戦的かそうでないかくらいの大雑把な分類のみが存在している。


 地球人と外見があまり変わらない種族で、身体が大きいのを巨人族、小さいのを小人族としている。

 他の種族の分け方――外見が人間からかけ離れた種族の分類も存在するが、意外と浸透していない。


 たとえば顔に蜘蛛の相を持つ者、上半身は人で下半身が蜘蛛の者、蜘蛛に人の顔がついている者、見た目はほぼ蜘蛛の者に対して、どう線を引いて、どのように分別すればいいか分からないのである。


 数百どころか、数千種、もしくは数万に届く種族を分類し、データベース化することは不可能であった。

「……やっぱり何人かのルーターがここに来ているな。価値の低そうなものしかないや」


 翼翔が見つけたのは、ホコリまみれの文具、欠けた食器、空の缶詰、ふやけてブヨブヨになった本、黒ずんでカビの生えた木の置物などだ。

 どれも価値が低いか、重くてかさばるものばかりである。


 ルーターが一度の探索で、すべてのゴミを持ち帰ることはできない。

 ほとんどの場合、価値が高そうなものを持てるだけ持ち帰るのである。


 そして一旦黒い壁を使って0Fへ戻った場合、再び黒い壁を潜れるようになるには、12時間の待機時間が必要になっている。

 しかも1Fが駄目なら2Fということもできない。


 構造物まで誰かが一往復すれば道ができてしまう仕様と、この待機時間があることで、一人のルーターが同じ構造物を何往復もできない仕組みになっている。


 それゆえにルーターは、なるべく価値の高そうなものを厳選して持ち帰るのである。

 二人目も同様である。高く売れそうなものを選んで持ち帰る。


 これが繰り返され、最終的に構造物はルーティング(ゴミ拾い)する価値を失い、フィールドから消え去る。


「よし、ここはこれくらいだな……」

 めぼしいものはもう残っていなかったが、カバンは半分ほどしか埋まっていない。ここで戻るのはもったいない。


 翼翔は廃屋を出る。だがまだ帰らない。

 しばらく道を進むと、砦のような建物が見えた。


「おっ、デカい砦だな。これは当たりだろ……って、アレはっ」

 巨大建造物にテンションが上がった翼翔だが、塔の窓に動く存在を見つけた。ミュータントである。


「あそこはまだミュータントが駆逐されていないのかぁ……いるのが一体だとしても、いまの俺には排除は無理だな」

 一応、最低品質のナイフは腰に差してある。だがそれを振り回してミュータントを排除できるとは思えない。


「まだ初回だし、無理してもいいことはないか。けど見てろよ、すぐにあのくらい余裕で攻略してやるからな!」

 それは負け惜しみではない。翼翔のルーターとしての決意である。


 翼翔は砦に中指を立てたあと、来た道を戻ることにした。



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