001 ルートシューター
タルコフのようなゲームジャンルを『脱出シューター』と言ったりします。
ルートシューターもジャンル名のひとつで、ルート(Loot)しながら自身を強化しつつゲームを進めていくタイプのゲームになります。ルーターシューターともいいます。
本作品は、ゴミをルート→CPに換金→ガチャを引く→装備を整えて上を目指す、という流れになります。
それだけではなく、各国の思惑や秘密研究、塔や上階へいざなうシステムの謎、上で待ち受けるもの等、物語の中に散りばめられた謎が、少しずつ明らかになっていきます。
その過程を楽しんでいただけたら幸いです。
アリゾナ州にある秘密研究所。
「レスター所長。case37βで、空間隔離が確認されました。遅延は1.21秒です」
「ようやく成功例が出たか。すぐに検証――同条件で再現性の確認を……」
「はい、心得てます」
研究所の夜は更けていく。
〇
ここは薄暮の塔1Fにある廃墟の中。
「ミュータントめ、早くどっか行ってくれよ……頼むから」
取手翼翔は、瓦礫の裏に背を預け、そうぼやいた。
「ここへ続く道はなかったし、その可能性はあったけどさ……こんだけいるとは思わないだろ」
不思議なことに、塔1Fから上はフィールドの様相が時間とともに変わっていく。
道が分かれたり、丘が消えたり、湖ができたり、今回のように廃墟が現れたりする。入るたびに景色が違うのだ。
今回、道のない場所に廃墟を見つけた翼翔は、ラッキーとつぶやいたあと、いそいそと中に入っていった。
構造物まで道がない場合、まだだれにも荒らされていないことの証明になっているからだ。当然、多くのゴミが期待できる。
少し探しただけで、割れた鏡、欠けた花瓶、汚れた包帯、片方だけのサンダル、古びたモーター、錆びた銃弾、汚れた工具などが見つかった。
「いやいや、もっといいゴミがあるでしょ」
そうひとりごちた翼翔は、『鑑定』で価値の高いゴミだけ選別し、カバンがパンパンになるまで詰め込んだ。
「ざっくり2500CPか……十連ガチャを引いてもまだ余るじゃんか。これは過去イチ儲かったかも」
ニヤけた頬をさすり、さあ帰ろうとしたところで、この廃墟と一緒に湧いたであろうミュータントが戻ってきたのである。
すぐに身を隠した翼翔だったが、ミュータントが十数体もいることに絶望した。
塔1Fのミュータントは、人の形をしているが人ではない。
毛が一本も生えてないツルツルの身体、血走った目、太く浮き出た血管、膨れ上がった筋肉、背中にある紫色の瘤。
それらがミュータントの特徴だ。
そしてミュータントは、翼翔のような『ルーター』を見つけると、躊躇なく襲ってくる。
交渉や懐柔の余地はまったくない。ミュータントと出会ったならば、戦うか逃げるかだ。
幸い鼻の利くタイプはいないらしく、翼翔はまだ気づかれてはいない。
だがいずれ見つかってしまう。
パンパンに膨れたカバンを諦めて、全力で走れば逃げ切れるだろう。
だが、そんなことをすればカバンを失うし、今日の稼ぎがパーになる。
「……やるしかないか」
翼翔は足元にある瓦礫をゆっくり拾い、なるべく遠くに放り投げた。
ゴン! ガラガラ……
ミュータントの注意が逸れた一瞬の隙に、翼翔はカバンを抱えて廃墟から飛び出した。
やはりカバンを捨てたくなかったのである。
「だぁあああああ……」
全力疾走しているつもりだが、重量のあるカバンが足を引っ張っていた。
背後からミュータントのうなり声が聞こえる。
追いかけてきている。そう感じた翼翔は、懐から以前ガチャで出た掌銃を取り出し、背後を見ずに撃った。
狙いを定める余裕はない。そもそも翼翔の技量では、走りながら狙って撃っても当たらない。
全弾撃ち尽くしている間に、ミュータントの足が鈍れば儲けものという使い方だ。
「チクショー……どうしてこうなったんだよぉおおお!」
翼翔の絶叫が、塔1Fに虚しくこだました。
◯
時は遡る。
取手翼翔には、高校に進学してからずっとつるんでいる仲の良いメンバーがいた。
放課後、男女合わせて六、七人で遊びに行くことが多かった。
その中に、翼翔が気になっている女性がいた。
今風の装いと化粧がよく似合う簑崎結菜という女性である。
高校三年になった五月のある日、翼翔は彼女に告白した。人生で初めての告白である。
「――ごめん。勘違いさせちゃった? わたし、彼氏いるからさ」
あっさりフラれた。このとき結菜は、すでに別のメンバーと付き合っていたのだ。
それだけなら良かったが、この告白が彼女→彼氏→他のメンバーへと伝わり、いつの間にか、翼翔が陰で『勘違いクン』と呼ばれるようになっていた。
それを知った翼翔は大いに落ち込み、黙ってそのグループチャットから抜けた。
すでに結菜とは、教室で目も合わせなくなっていた。
あれだけ仲の良かった他のメンバーのことも信じられなくなり、避けるようになったのである。
幸い、結菜以外のメンバーとはクラスも違っていたため、校内で出くわすこともなかった。
高校最後の夏休みを翼翔はボッチで――家と予備校の往復のみで過ごした。
学校がはじまった九月上旬のこと、翼翔が教室で授業を受けていると……。
「……うっ、うぅわぁああ!?」
教室の床、翼翔の足元に渦ができていた。
◯
十年前、世界のあちこちで奇妙な現象がおきた。
足元に渦があると主張する人が現れたのだ。
他の人には渦が見えず、写真や映像にも残すことができないことから、それは幻覚や妄想のたぐいと思われた。
だが、足元の渦に飛び込んだ者は、その場から忽然と消えたのである。
みなが見ている前で、人が消えた。
周囲を探すが、どこにもいない。隠れる場所だってない。一体どこへ消えたというのか。
しばらくしてその者が戻ってくると、自分は地球とは別の世界へ行っていたと言い出した。
渦の先には多種多様な種族がいて、それらが暮らす町があり、巨大な柱とそれに巻き付くような階段があったというのである。
別の世界が渦の先に広がっている? そんなバカな話があるものか。
渦は本人以外には見えないのだから、誰もその世界へ行くことができない。つまり嘘をついてもバレることはない。
だが実際に渦に飛び込んで、その場から消えたことはどう説明すればいい?
ならば渦の先に別の世界があってもおかしくない。根拠なく疑っても意味がないのだから。
当時、渦が見えた者は、世界全体で十人ほどと考えられていた。
世界人口は八十億人以上。その中でたったの十人である。あまりに少なすぎた。
その後、渦が見える者が続々と発見され、年月が経つにつれてその増え方も落ち着いてきた。
同時に、渦の先にある世界のことが段々と分かってきた。
カメラを持ち込んだ者から、写真や映像がもたらされたからである。
渦が見える者が持ち込んだカメラの映像から、その先にある世界についての検証がはじまったのは、自然の流れと言えよう。
そしていま……。
◯
渦が見えるようになってすぐ、取手翼翔は、異界管理センター東京本局へ向かった。
ここは文部科学省異界対策局が、民間に向けて解放している施設である。
入口近くに受付があり、容姿端麗な女性が二人、座っていた。
「すみません。先ほど電話した取手ですけど、渦が見えた件で……」
「はい、取手様でございますね、承っております。いま担当の者を呼びますので、少々お待ちください」
エントランスで待つこと数分。穏やかな表情をした中年男性がやってきた。
「取手翼翔様ですね、当センターに足をお運びいただき、ありがとうございます。お電話でも確認させていただきましたが、渦が見えたことは、周囲に話しておられませんでしょうか」
「はい。学校でも習いますし、だれにも話していません」
教室で奇声を上げた翼翔は、その場を笑ってごまかしていた。
「それは良かったです。昨今では、情報はすぐにSNSで拡散され、これまでの投稿などから本人が特定されてしまいます」
「ネット上で公開された情報って、二度と消えませんしね」
たとえ本人にその気がなくとも、些細な断片をつなぎ合わせて、学校、氏名、顔などが特定されてしまうのだ。
「そうなのです。……では詳しい話をしますので、三階へ参りましょう」
エレベーターに乗り、翼翔と職員の男性は三階にある会議室に入った。
「それでは簡単なテストを行います。こちらのタブレットに、いまからエメス語と日本語の単語が交互に表示されます。渦が見えた取手様はすでにエメス語を読むことができると思います」
「つまり日本語が表示される前に、俺がエメス語を読めばいいんですか?」
「そうです。単語は六秒ごとに切り替わりますので、その間に回答をお願いします」
「分かりました」
画面に表示された言葉は、翼翔にとって未知の言語だったが、たしかに読むことができた。
「……はい、検査はこれで終了です。取手様は、日本で七人目の異界探索者、つまりルーターになられました。まことにおめでとうございます」
「ありがとうございます。日本で七人目ですか……少ないですね」
「世界全体では三十五人目です。ルーターはアメリカで三人、フランス、インドで二人、あとは一人の国が二十一ヵ国あるだけですよ。各国が公開している情報を信じればですが」
ルーターの存在を公開していない国があると言いたいらしい。
「最近は世界全体でも毎年一人か二人くらいしか見つからないって聞きますけど、そう考えると、日本だけ突出して多いですね」
「ええ、ですから国民も政府も、ルーターには大いに期待しています。そのための援助も惜しみません」
「援助って、もしかして……教科書に載っているアレですか?」
「はい。最初のルーティング(ゴミ拾い)に困らないよう、取手様にも初心者セットを差し上げます」
職員はそう言って、笑顔を見せた。
◯
渦が見える者は、なぜか異界で使われているエメス語が理解できる。一人の例外もなくである。
それは十年前、別の世界を映した動画から明らかになった。
一般人は動画を見ても、何を話しているのか、ちっとも理解できなかった。
だがその世界へ行ける者は例外なく、そこで使われている言語を聞き取り、現地の人と自由に話すことができたのである。
◯
「取手様、こちらが初心者セットの中身になります。1000CPコインが三枚。服一式、レーション、水筒、ナイフが入ったカバンです」
CPは異界で使われている貨幣の単位で、クレジットパワーの略である。ルーターがそう発音すれば、エメス語でちゃんと相手に伝わる。
もらったカバンは肩にかけるタイプだが、それなりの大きさがあった。
「この初心者セットはすべて、塔1Fへ持ち込めるんですよね」
「はい、引っかかりません。これを身につければ、塔1Fですぐにでもルーティング(ゴミ拾い)が可能です」
翼翔は水筒を手に持って振ってみた。中身は空だった。
「確認ですけど、町がある層がグラウンドフロア(0F)で、階段を上がると1Fになるんですよね」
「はい。日本人には馴染みにくい数え方かもしれませんが、そう理解してください」
すべてのルーターが塔の最下層を0Fと呼んでいるため、それに従った感じだ。
5の倍数に町があるため、最下層を0Fとしたのだろう。
それ以外の階、たとえば1Fから4Fまではどうなっているかと言えば……。
「1Fはミュータントが出るんですよね。最初からミュータントって、難易度高くないですか?」
「どうでしょう。それをうまく避けてルーティングしていただければ、一攫千金も夢ではありません。それと、キューブだけは強制買い取りとなりますので、ご理解ください」
「キューブは強制買い取り、大丈夫です」
このあたりは、一般常識として学校でも習う。ゆえに翼翔もある程度は知っていたが、まさか自分が当事者になるとは思わなかったため、真面目に学習したことはない。
「それ以外は何の強制もしませんので、ご自由に異界で過ごしてください」
「自由に……そうですね、とりあえず無理のない範囲でやってみようと思います」
「それでいいと思います。本日、七人目のルーターが現れたことは上へ報告します。時期を見て発表しますが、取手様の情報は非公開といたします。変な勧誘や企業からの依頼は直接来ないと思いますので、安心してください。その代わり、異界で得られたアイテムや、依頼が出ているものについては、積極的に当センターに持ち込んでいただけると助かります」
「依頼のアイテムは高値で引き取ってもらえるんですよね……そういえば、何か異界で気をつけることってありますか」
「必ず保険をかけてください。他のルーターのことは気になると思いますが、基本は襲ってきませんので、心配はいらないと思います。ただ、死の危険は常に付きまといます」
「そのためにも、まずは保険ですね。真っ先にかけます」
翼翔がそう言うと、職員は「それでいいと思います。では、よろしくお願いします」とゆっくり頭を下げた。
ルーターには、日本中の期待が集まる。
そのことを思い出した翼翔は、貰った初心者セットがやけに重く感じた。
※塔の中で死んでも保険で生き返るので、基本ドンシュー民です。重度な犯罪は、町の中で指名手配されます。




